第4話
週明け。
午後イチの取引先に行くためエントランスに向かう角を曲がったら、勢いよく走ってきた誰かとぶつかった。バッグから散乱する書類、筆記用具、タブレット。
「あっごめんなさい!」
ぶつかった相手は真由香ちゃんだった。すぐ拾ってくれる。「いいよ、大丈夫」と言いながら白い太ももに目をやる。
「これで全部かな……あっそっちにも」
彼女が指さす背後を見るとケータイが転がっていた。拾う。
「ありがとう」
「いえこっちこそ、ぶつかってすみませんでした!」
彼女は両手でバッグを渡してくれた。
取引先に書類を届け、社用車を戻すと目の前を真由香ちゃんが通りかかった。
「どうしたの」
「早退しようと思って、帰るとこです」
顔色が悪い。
「駐車場まで送ろうか?」
真由香ちゃんは首を傾げて少し考える。
「うーん、ちょっと離れた駐車場なんで悪いです」
「いいよ、少し時間あるし」
真由香ちゃんは結局社用車に乗った。言われるまま右、左とハンドルを切る。
「けっこう遠くに停めてるんだね」
「歩くけど安いところがあるんですよ。あ、そこ右です。ありがとうございます。そこのコインパーキングなんでここでいいです」
「あ、ねぇ」
俺は車を路駐して、歩き出した彼女に駆け寄った。軽く触れた指先がひんやりと冷たい。
この暑いのに。
「空調直ったの?」
「まだです」
「俺、ちょっと見てあげようか。案外直せるかもよ?」
「ホントですか!」
彼女の顔がぱぁっ、と明るくなる。可愛い。
本当に直せると思ってたわけじゃない。しばらく汗だくで修理するそぶりを見てもらえれば、彼女からの好感度はさらに上がるだろう。どこか涼しい場所で食事、うまくいけば今日中にホテルに連れ込めるかも。会社は後で直帰申請でもしとけばいい。
「あの車なんですけど」
アスファルトが直射日光をまともに受けて暑い。コインパーキングの一番奥に軽自動車が停まっていた。
ありがちな水色の軽だが見覚えがある。どこで見たんだろう?
「私そこの自販機で何か飲み物買ってきます」
気が利く子だ。
鍵を渡された時に、いつもと違う香水の匂いがした。真由香ちゃん趣味変わったのかな。甘いけどすっきりした香り。元カレの誰かが同じものをつけていた気がする。
車内は暗く、意外にも涼しかった。むしろ外より快適だ。本当に空調が壊れているんだろうか。いやどのみち日中の暑さでこの時期の車内は蒸し風呂の筈だ。
気味が悪くなってきた。
何度かエンジンをかけるが空調はうんともすんとも言わない。完全に壊れている。
そのうちエンジンもかからなくなった。とんだポンコツだ。
飲み物はまだだろうか。真由香ちゃんどこまで行ったんだろうと外を見てぎくりとした。
さっきまでと景色が違う。暗い空。今にも夕立が来そうだ。
右手にあのアンダーパスが見える。
美紀が死んだところだ。
お札をもらったところで渋い顔をされながら「とにかく事故現場には近づかないほうがいい」と言われた。さすがに気味が悪くて避けていたのに。
かすかに異臭がする。ドブの底をさらった時みたいな。
ドアが開かない。
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