第3話 side:英人①

 俺が遥にお願いして、約束の土曜日。

 桜がうちに来た。


「は、遥さんは……!?」

「さっき『桜ちゃんにお菓子でも買ってくる』って出てったよ――おい髪ボサボサだぞ」

「駅から……走って……きたから」

 息が荒い妹の様子を見て、俺は鏡を貸してやった。手早く髪型を整える桜。ポーズをとるので「可愛い可愛い」と言うと「適当言って!」と怒られた。


「2人とももうお昼食べたの?」

「俺はまだ。遥はわかんねー。休みの日2人とも朝遅いし、休日は基本それぞれで食うことにしてるから」

「じゃあ私なんか作る……遥さん最近なにかハマってる?」

「こないだドラマ見ながら『お母さんの肉じゃが食べたい』ってぼやいてた」

「肉じゃが……」ブツブツ言いながら冷蔵庫を開ける。材料は一通り昨日買っておいた。遥からは変な目で見られたっけ。

「どうしたのこんなにたくさん」と聞かれて「いいのいいの」とかわした。金は使ったけど

「俺なんか手伝おうか?」

「いい。全部自分で作りたいの」

「へいへい」

 お言葉通り、俺はケータイをいじりはじめた。

 

 しばらくして、玄関から物音が聞こえた。「ただいまー!」と声が聞こえ、俺は立ち上がり、キッチンが見やすいよう移動する。


「桜ちゃん、もう来てたんだ。えっなに作ってるの? いいにおいするんだけど!」

 ハキハキした声、ショートカットに赤い伊達メガネ、170cmを超えるスラッとしたスタイル。ドアを開けて入ってきた遥はパッと見おしゃれなモデルだ。


 高校では男子みたいなベリーショートヘアでバレーに明け暮れていた遥は退部と共におしゃれに気を使うようになった。

 最初のうちは「これどう?」と聞いてきたけどそのうち自分で判断するようになった。

 華があり、明るい性格で男女問わず知り合いが多い。かといってモテるというわけではなく、皆「今日も綺麗だなぁ」と鑑賞しているといった感じだ。



「あ、あの肉じゃがをぉ……作ってますぅ」

 桜の声は後半消え入りそうになる。遥が身をかがめて手元をのぞきこんでるから距離が近い。ドキドキしているのが手に取るようにわかる。


「肉じゃが! マジで? えーすごい嬉しいんだけど。食べたかったんだよね」

「おいしくできればいいんですけど……」

「大丈夫! 桜ちゃん料理上手だから!

 お菓子買ってきたから後で皆で食べよ!」

 そして白い歯を見せての笑顔。完璧。背後に少女マンガよろしく白いバラ背負っても違和感ない。


「……はいっ!」

 桜の表情がぱぁっ! と明るくなる。うん可愛い。こちらは赤い薔薇……いやピンクのガーベラとかが合いそうかな。かすみ草も合わせたい。背後に点描を撒き散らしたい。

 鍋の中を嬉しそうに見つめる遥。はい綺麗。なにより2人の関係性が良い。


 俺の表情筋がゆるむ。もっと言うと、ニヤニヤしてしまう。


 うん、なんていうか、尊いよね。

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