第4話 side:英人②

 あれは忘れもしない、大学受験を控えた高3の秋。同じ中学、同じ高校でなんとなく行き帰りが一緒で、その日も軽口を叩いて家の前で別れた。そのまま遥は隣の家に入っていき、俺は玄関のドアを開け――。

 そこでいつもと違う光景に出くわした。


「うおっ!」

 目の前に桜がいた。奥から走ってきたらしい。

「ねぇ、今の誰!?」

「はぁ? 遥だけど。」

「うそっ」

 外に走り出た桜は、遥の家の方を見て固まっている。目の端で遥の整った横顔が一瞬見え、すぐドアが閉まった。状況を見るに、帰宅する俺たちの姿を2階から見ていたらしい。


 そういえば中高一貫、全寮制の桜は遥と顔を合わせる機会が滅多になかったっけ。たまに帰ってきても今度は遥が強豪バレー部の朝練夜練土日練、おまけに自主練をしてた上、退部してからは塾に通いだして……さっきのが久々の(一方的な)再会だったのだろう。

 どおりであんなに驚いてたわけだ、と俺は1人納得した。

 そして、振り返った桜は……顔が真っ赤になっていた。なんだか動きもモジモジしていて俺は面食らう。


「どうした」

「……遥さん、あんなに背が高かったっけ」

「高校で身長20cm伸びたって言ってたなぁ」

「へぇ……」

 妹はそれから不自然に黙り込んで何か考えているようだった。



 その日の夜は普段通り家族で食卓を囲んだ。

「――じゃあ遥さんと英兄、同じ大学志望なんだ」

 桜の目が心なしかキラリ、と光った気がした。

「そうなのよー。お母さんとしては英ちゃんの一人暮らしが心配だから、いっそ一緒に住んでくれればいいのにって思ってるんだけど」

「俺はよくてもアイツが嫌だろ」

「まあ受かってからの話だからな。英人、勉強がんばれよ」

「うぃー」

 

 そんなこんなで風呂に入り……自室に戻ると違和感があった。俺は急いでクローゼット内の箱を開ける。

 

 箱は空っぽだった。


「嘘だろ?!」

 俺は慌てて中のものを探し始める。

 その時、カチャ……と音がして桜が入ってきた。


「勝手に入ってくんなよ」

「ねぇ英兄ひでにい、お願いがあるんだけど」

「なんだよ今忙しいんだけど」

 引き続き捜索に戻ろうとした俺の目の前が突然さえぎられる。

「なっ! お前……」


 慌てて手を伸ばす。は、簡単に俺の視界から姿を消し――振り向くと桜がまるで扇のように広げていた。

 そのままにっこりと微笑む。可愛いけど、どこか裏がありそうな笑みだ。


 そして、その予感は当たる。


「英兄。こういう趣味だって友達にバラされたくなければ、私のお願い聞いてくれない?」


 俺が探していて、今は桜の手の内にあるそれは……漫画だった。

 それも、いわゆる女子と女子の恋愛もの、つまりは百合漫画だ。


 俺が百合漫画をこよなく愛する、言ってみれば百合男子だと、バレた瞬間だった。

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