第2話 中二、初出勤する②

「では、式部官殿、姫にトーマの来訪をお取次ぎ願えますかな」

 ジャジャビットが言う。

「しばし、お待ちを――」

 式部官と呼ばれた狐目の女官が、おばちゃんにしては案外に若々しい軽やかな身ごなしで奥へ消えた。

 ほかの二人は宮廷服のスカート部分をちょっとつまみあげ、片膝を折るお辞儀をすると、壁際へ退いた。


 式部官が戻ってきて、

「ご案内いたします。こちらへ」

 ジャジャビットが耳元でささやく。

「きっちり仕事をするのだぞ。よいな?」

 背中を押され、僕は持参した重い教科書を抱えなおし、奥の間へ進んだ。

 

 式部官が僕を先導する。

 控えと奥の間を隔てる扉が開かれる。

 と、微かに甘く爽やかな匂いが鼻先をくすぐってきた。

 ひょえっ!

 お、お、女の子の部屋……だ……!


 扉のすぐ内側に、二十歳くらいの地味な印象の女性が控えていた。王女の侍女なのだろう。

「クロエ、後は任せましたよ」

 式部官が、いかにも上司といった調子で命じる。

「かしこまりました」

 クロエと呼ばれた侍女ふうの女性は、声も地味だった。

 式部官は行ってしまった。


 えっと、どうするんだっけ?

 あっ、そうだった。深くお辞儀をして、その姿勢のまま、王女さまのご入室をお待ち申し上げないといけないんだ。

 頭を下げ、床に視線を落として、待つこと数十秒。


「お待たせして申し訳ございません。先生でいらっしゃいますわね?」


 え? 何? この甘く涼やかな響きは? カルピスⓇ完熟白桃味を炭酸水で濃いめに薄めたのが(濃いのか? 薄いのか?)喉を落ちていく感じ、みたいな声は?


 声が喉を落ちていくわきゃないだろ、と自分にツッコミを入れつつも、僕は思わずにはいられなかった。これは妹の声だ、って。年上の人ではなく、妹と思いたくなるような声だ、って。――僕に妹はいないけど。一人っ子だけど、僕は。


「お顔をお上げになってくださいませ」

 くださいませ、だって。上品かわいいって、いいなぁ。王女さまだものなぁ。どきどきしながら、僕は言われたとおりにした。

 すうっと、体重がどっかへぶっ飛んでいく。


 か・わ・い・い!

 まっくす・や・ば・い!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る