詩人になりたかった勇者の遺書
higasayama
拝啓。貴方へ。
私は詩が好きだ。
風にゆく雲の流れを清流に喩えたり、いつしか消えた星の光を、線香花火の儚さに見立てるのが好きだ。
けれど、私は生まれつき勇者だった。
魔物退治と言えば聞こえはいいが、要するに生き物を殺す仕事だ。
ゴブリンを殺すなら首を刎ねなければならない。
ドラゴンを殺すなら翼をもがなければならない。
魔王を殺すなら心臓を焼かなければならない。
私は、街を襲う魔物の命を片端から奪った。
それでも、私は詩が好きだった。
詩人になりたかった。
文を書きたかった。
私を知ってほしかった。
魔物退治の冒険譚より、はるかに壮大で、感動的で、叙情的な物語があることを、皆に知ってほしかった。
自然が美しく、鳥の声が賑やかで、犬や猫が裏路地へ消えていった、その行き先への興味を、皆に思い出してほしかった。
私の手はインクに汚れる喜びを知らないまま、血に染まってしまった。レトリックより先に戦い方を学び、魔物に騙されないために心も殺した。
殺した心を弔うことを忘れていた。
遺棄された心には蟲が蔓延った。
腐り、裂け目から寄生虫が潜り込んだ。
汚れた。
汚れた。
汚れた。
殺した魔物達は、 最後まで私を見つめていた。私の眼は、魔物のそれと何が違ったのだろう。剣を握った私の手は、人間を切り裂いたドラゴンの爪と、何が違ったのだろう。
魔物を殺さなかった貴方は、私は魔物とは違うと断言できるだろう。魔物を殺さなかった貴方は、私は罪を犯していないと断言できるだろう。魔物を殺さなかった貴方は、無罪の人生が誇らしくてしかたないだろう。
魔物は敵だ。
人間は被害者だ。
魔物は殺すべきだ。
人間は守られるべきだ。
魔物は必要ない。
人間は必要。
貴方は、勇者ではないから、それが言えた。
私は勇者だったから、それが言えなかった。
私は詩人になりたかった。
私は詩人になりたかった。
私は詩人になりたかった。
勇者にとっての剣は、演奏家にとってのフルートであり、歌手にとっての喉であり、老人にとっての知識であり、油彩画家にとっての筆であると、何度も何度も繰り返し繰り返し、頭が割れるほど聞かされてきた。
それは嘘だ。
私はフルートを折られた演奏家であり、喉を潰された歌手であり、無知な老人であり、筆を失くした画家だった。それほど、私にとっての詩はかけがえのないものだった。
手折られた向日葵。
飛び込む水を失った蛙。
参拝者のいない祠。
殺されない罪人。
私は、この世界に私を罰する者がいないことに、疲れ果ててしまった。溜め息を吐くには、随分と肺が萎んだ。何度も傷つき、回復させられ、失い、移植され、最早誰のものともつかない私の肉体も、もう何かを諦めている。
無数の徽章も呆れ返っているようだ。
称賛も感謝も声援も、私を通り過ぎてどこかを目指していった。
意地も挫けた。
根気も尽きた。
どこかで腐った心は、先に土に還った。
私も土に還ろう。
××××年×月×日
これを読む貴方が詩人でありますように。
詩人になりたかった勇者の遺書 higasayama @higasayama
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