第5話 姫の決意、彼の狼狽
翌日、事件は起きた。
姫様の庭園に彼を連れてきた私は、すっかり油断していた。姫様が想いを伝えて、彼がはっきり拒絶して、落ち込む姫様を慰めるうちに婚姻の日が来るだろうと
だからその告白を聞いて仰天した。
「アンドリュー、愛しています。私と結婚してくれませんか。二人で身分も何もかも関係ない、新しい土地へ行きましょう」
彼も私も、しばらく固まった。
――今、姫様はなんと?
正気に戻ったのは彼が先だった。
「姫様、ご冗談はおやめになってください」と庭園の出口へと駆け出す。
「アンドリュー!」
私は追いかける姫様を後ろから捕まえた。
「姫様!」
「離してエミリ! アンドリュー、待って!」
「申し訳ございません、お気持ちに応えることはできません」と言い残し、彼は去った。
「あぁ……」と悲鳴にも似た声と共に、姫の身体から力が抜ける。
両肩をつかまえ、こちらを向かせた。
「ご自分でおっしゃったことがわかっているのですか! 想いを伝えるだけと言ったではありませんか、お立場をわきまえてください!」
手を振り払われた。
存外に強い力だった。
「いやよ! エミリが言ったんじゃないの、気持ちを伝えたらいいって」
「ですが」
まっすぐ、燃える視線が私を見据える。まっすぐだが愚かだ、と思い、私はなぜだか泣きそうになった。立場を考えず、しかし人生をかけるほどの恋をしている姫様と、家族のためとはいえ、愛よりお金で伴侶を選ぼうとしている私。
愚かなのはどちらだ。
姫様は続ける。
「一晩必死で考えたの。私はこの気持ちを秘密にしておくなんて嫌。一度きりの人生だもの。駆け落ちして、彼とどこか遠い国で暮らすわ」
「――病に苦しむ民を捨てて、ですか」
はっ、と姫様の勢いが止まる。心の弱いところを刺した感触があった。
眼差しが揺らぎ、ついには下を向く。
「そうは……そうは言っていないじゃない」
「いいえ、そう言っています」
「エミリの意地悪!」
姫様はドレスの裾をつまみ、自室へと戻っていく。きっとベッドで泣くのだろう。
私は深い溜息をついた。他の召使に姫様を慰めるよう伝え、父の元へと歩き出す。姫様の護衛を代えてもらうために、どう話そうか考えながら。
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