第4話 病と婚姻、そして盲目の恋

 既に姫様の二番目の兄も病床びょうしょうにあった。呼吸が苦しくなる肺の病のせいで国民が次々と倒れた。国土には重苦しい影が立ち込め、長兄の戴冠式もひっそりと行われた。幸いにして新たな王は賢く、自ら倹約して療養所を次々と建てた。


 そんな中、姫様に隣国の王子との縁談話が持ち上がった。


「繁栄している隣国との結びつきを強め、国を救う一助にしたい。

 王子は優しい人柄だと聞いている。安心して嫁ぎなさい」


 王の口調は穏やかで、しかし有無を言わせない響きがあった。

 姫様は震える小さな声で「はい」と言い、自室に戻ると私にしがみついてきた。


「私が愛しているのはアンドリューだけなのに……エミリ、どうにかならないのかしら」

 大きな瞳から宝石のように綺麗な涙がこぼれる。

「申し訳ございません、そればかりは」と言いつつ、「どちらにせよ生活は保障されているのに贅沢なこと」と思っていた。

 ただ、さすっている背中は華奢きゃしゃだ。いつも元気な弟たちよりも頼りない。思わず口が動いていた。


「最後に想いを伝えてはいかがでしょう」

「……想いを?」

 姫様は私の顔を見上げた。まつ毛が濡れている。

「ええ、隣国に嫁ぐ前に、こっそりと」

 私は指先で涙をそっとぬぐう。


「それで区切りをつけるのです。姫様は彼にまだ気持ちを伝えていないでしょう?」

「……そうね」

 ようやく姫様の涙が止まった。

 私はこの後の縫い物のことを考えていた。姫様の婚礼のドレス、刺繍の柄をどうしようと。


 美しい髪を一撫でして、身体を離す。

「明日にでも彼を呼び出しましょう。もうお休みなさいませ」

「わかったわ……ありがとう、エミリ」


 扉を閉めるとき、窓の外を姫様は見つめていた。背中は先刻より落ちついたように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る