第3話 久しぶりの実家
正月の特急は混んでいた。
「お腹すいたー」
「我慢しなさい、おばあちゃんち着いたらごはんだから」と前の座席の親子が話していて、なるべく音を立てずに弁当を食べるミッションが発生してしまった。気を使いながら食べる弁当は、味が薄い気がした。
隣の席の人は充電コードをつなげてスマホを楽しんでいる。うらやましかった。コードも買えばよかったか、しかし買えば高いし、弟にでも借りよう、とうだうだ考える。
弁当をこそこそ片付けて車窓から外を見る。おぼろげに記憶にあった窓からの景色が、懐かしさを帯びてくる。
僕の実家は田舎にある。
田んぼだらけで見通し良いことこの上ない。
よく田舎の度合いを「バスが〇時間に1本」なんて表現するが、そのバス停だって田舎のメインストリートにある。行き着くまでが遠い。
車がないと不便極まりない。
特急を乗り換え実家の最寄り駅についた僕は、バス停の時刻表を見てげんなりした。正月ダイヤで本数が減っている。次のバスは1時間半後らしい。
タクシー乗り場に目をやると、タバコをくわえた初老のドライバーがひょいと片手をあげた。
「あんたぁ、
どちらまで、帰省ですか、と差し障りのない会話からものの5分で、ドライバーは僕の個人情報をずるずる引き出した。すご腕である。
「健ちゃんち言えば、あんた足が速くて県の大会に出てすごかったねぇ」
「それは弟の健二の方ですね」
「そうね、ほいであんた、本を読みながら歩いてて用水路に落ちて、皆で大騒ぎして探したことがあったがね」
「あ、それは小学生の時の僕ですね」
「確かよかとこに就職しっせー、結婚して子供ができて奥さんは事故で亡くして……あら、でも今日は1人ね?」
「……そっちは弟ですね、僕は独身です」
タクシーを降りる頃にはげんなりしていた。
あの調子だと、弟と僕の情報が結局混ざったまま彼の記憶に残ってしまった気がする。両親を少し恨んだ。健一と健二って安直すぎる。
あと「
「……はぁ」
ため息をつく。
実家を見る。
相変わらず広いが、農家は農家だ。草と土のにおいがする。ひんやりとした空気は都会のそれより冷たい。
僕は息を吸い込み、一歩踏み出した。
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