第2話 ハレの日

 人生には、現実が予想とガラリと違う顔を見せたり、目からウロコがぼとぼと落ちたり、つまりいつもの日常とは違う日がある。

 何年か経っても思い出すような。

 急に日記をつけたくなるような。


 僕にとって、この37歳の正月がそんな感じだった。



 ぼうっとする頭で、僕は朝食を食べ、支度をする。


「帰ってきなさい」と母がうるさいのはいつものことで、ここ数年は仕事が忙しい、と断っていた。

 電車で2時間半の距離は、いつでも行けるようでいて、実際行くとなるとひどくおっくうだ。帰ったら帰ったで「仕事はどうなの」「いつ結婚するの」と言われるのは目に見えている。


 田舎から出たくて、必死に勉強して、親も説得して奨学金と言う名の借金までして都会に出てきたのに、大人になれば「正月は帰省するよね?」と世間は訴えてきて、自分も「今年は帰ろうかな」と態度が軟化してくる。それが今年だった。


 既に10代の頃のような熱さを僕は持たない。

 あの頃僕がバカにしていた「大人になったらわかるよ」としたり顔で言う大人に、僕もなりつつある。

 

 そんなことをつらつら考えてしまうのは、スマホの充電をし忘れていて、普段なら暇つぶしに見ている画面を惰性で開いては「そうだったバッテリー切れそうなんだった」とまたオフにして、を繰り返しているからだった。

 そんな間の抜けた大人になるとも思っていなかった。


 バスの中も電車の中も街中も、人が多く、皆「正月」というイベントに浮かれていた。

 行き交う人々を目の端で観察しながらキャリーケースを引っ張り、移動する。


 せめて何か楽しみを見つけようと、駅で弁当を選んだ。正月だし奮発するか、と寿司や牛肉入りの弁当を見るが、「クリスマスだから奮発するか」「年末だから奮発するか」と散財したことを思い出した。

 結局、出張のたびに食べている幕の内弁当にした。おかずが一品変わり、値段が50円上がっていた。物価高騰の波がここにも。世知辛い。


 何か忘れている気がして地下街の壁に寄りかかると、「お土産にオススメ!」と書かれた店のポップが目に入った。

 「手土産もいるか」と思い出し、駅弁を縦にしないように気をつけながら土産物を見た。先に土産物を買っとけばよかった。和風か洋風か決めきれず、せんべいの詰め合わせとバウムクーヘンを買った。

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