第8話 ささやき

 数日後、残業帰りの私はスーパーにいた。パスタソースを見ていると突然声をかけられた。


「桜井先生?」

「はい」

 学校みたいに反射的に答えて、振り返ると推しがいた。


「奇遇ですね」

 たっぷり十秒はフリーズしたと思う。

 スーパーの中に、推し。

 非現実的な光景に足元がぐらり、と揺れる感じがあった。


「なんでいるの?」

「バイト先が近いんですよ。先生は?」

「近所に住んでて」

「ホントですか? 

 なんか運命ですね!」


 ぱっ、と人懐っこい笑みが浮かぶ。

 まぶしくて直視できない。

 

「そんな、運命なんてこんな年上に言うもんじゃないわよ。

 もっと若くて可愛い子に言いなさい」

 つい冷たい口調で言った、その時。


「先生は今でも可愛いですよ」


 すぐそばで、千早君の声がした。

「な……」

 耳元でささやかれた、とわかった時には「それじゃ」と彼はもうレジに向かっていた。


 私は耳を押さえた。熱い。

 頭の中に「今でも可愛いですよ」という彼の声が残っていた。



 それからスーパーも帰り道も、通るたびに彼を思い出すようになった。


 私、彼のこと好きなんだろうか。

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