第43話 始まりのダンジョンの聖女

「先輩っ、あれって何すか?」


「俺に聞かれても、黒い霧なんて専門外だろ」


 タカオの岩峰の異変は、ヒケンの森からでも確認出来た。只でさえ白く立ち込める濃い霧は不気味さを感じさせていた。それが黒くなれば、不気味さから禍々しさに変わる。

 エンジェル・ナイツに追われてタカオの岩峰に逃げ込んだ魔物。そこには、キョードーの世界で2番目に滅びたダンジョンがある場所であり、そこで起こった変化ならば全てが関係しているとしか思えない。


 しかし、基本的に黒子天使の多くは、地下のダンジョン専門に活動している引きこもり集団になる。地上にいる黒子天使も、魔物のスカウトや諜報活動がメインで、どうやれば白い霧が黒くなるかなんて知る由もない。


「ザキさんなら知ってるんだろ」


 困った時のザキさん頼みで、話を振ってみるがザキーサは首を横に振る。


「興味がないことは、脳細胞の無駄使いにしかならん」


 魔法の術式から物理学や化学・芸術にまでと、幅広い分野に造詣が深いザキーサ。しかし、それはザキーサの好奇心から来るもので、関心のないことには全く興味を示さない。

 さらにインドア派らしく、タカオに居た時も外に出ることは滅多にない。ましてやブランシュの肩に乗る大きさなのだから、小さな隙間さえあればどこでも中に入れる。だから、外の世界に関する知識も少なければ、観天望気の知識すらない。


 しかし、真実は少しだけ違っている。常にブランシュの肩に止まっていようとするザキーサだが、唯一例外がある。


 それはブランシュが料理をしている時。


 料理をする者にとって不衛生はあってはならないことで、それはザキーサも例外でなく適用される。クリーンの生活魔法では許されず、ブランシュとローゼに徹底的に体を洗われそうになり、叫び声がダンジョン内に響き渡った。


 そう、ザキーサは水が苦手なのだ。だが、皆それを見て見ない振りをしている。下手にザキーサの弱点をからかえば命の保証はない。


「ザキさんが知らなくても、詳しいヤツは知っているんじゃないか?」


「うむっ、そうだの……。大昔と変わらず、この森に住んでおるならば、ハイエルフのマリアナ」


 広大なヒケンの森といっても、闇雲に探す必要はない。ヒケンの森の大半が、ダンジョンの領域下にあれば、俺たちの鑑定能力が通用し、鑑定能力を誤魔化すことは出来ない。

 そして、まだダンジョンの領域外となっている場所であれば、もう見当が付いている。


「迷いの森か」


「だが、中々会うことは難しいぞ。始まりのダンジョンの聖女じゃからの」


「始まりのダンジョンの聖女って……まだ生きてるのか?」


 ダンジョンが滅びたからといって、勇者や聖女も消滅するわけじゃない。ましてや、ハイエルフであるならば、永遠ともいえる寿命を持つ。ただ、生存競争の激しいキョードーの世界では、永遠を生き抜けないだけでしかない。


「死んだとは聞いておらんし、簡単に死ぬような玉ではないの」


 熾天使代理のブランシュには、聖女を任命する権限がない。もし、生きているならば、復活したダンジョンの聖女となる可能性がある。しかもカーリー達のような、扱いやすさで選ばれた都合の良い聖女でなく、ザキーサも力を認めるハイエルフ。


「マリク、聖女を探すぞ」


「いや、聖女っすか。今のままでも大丈夫っすよ」


 しかし、マリクは聖女の捜索には乗り気じゃない。それはカシューやシーマも同じで、聖女の印象は悪く、新しい聖女が誕生する度に黒子天使が苦労しているのは否定出来ない。


「熾天使サージが選んだ聖女だぞ。フジーコと一緒に考えるな。それに聖女がいれば、ブランシュの負担を減らせるんだ」


「何て言うんすかね、聖女って性格悪いじゃないっすか……」


「マリクの言う通りじゃ。聖女は性格が悪いと昔から決まっておる」


 そう言いながらザキーサがアイテムボックスから出してくるのは、熾天使サージと聖女マリアナの彫刻。美人姉妹のようにも見える2人の姿に、黒子天使の視線は釘付けになっている。


「サージの姉ぶるところが特に気に入らん。それに、少しばかり黒子天使の姿が見えるからといって、上手く手懐ける当たりが性悪よ」


 こうして、マリクを筆頭とする聖女捜索隊が結成される。

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