第42話 堕ちた熾天使

 ここは天界の牢獄。窓一つ無い部屋には、無数の管に繋がれフジーコが横たわり、横には無表情の熾天使筆頭ラーミウが立っている。


「創造神ゼノ様の御慈悲だ。元第6のダンジョンマスター・フジーコに、クリエイト・ダンジョンの魔法を授ける」


 全く動くことのなかった植物状態のフジーコの体が僅かに動き、薄っすらと目が開く。劇的な変化ではあるが、ラーミウは淡々と話を続ける。


「熾天使代理として、タカオの廃ダンジョンを復活させよ」


 災厄にも、いろいろなものがある。地位に拘り、1つのダンジョンを任せられるまでに登り詰めた。しかし、熾天使から熾天使代理へと降格させられ、まだ残っている第6ダンジョンを没収された。

 さらには、ダンジョンの序列で、廃ダンジョンの再利用。下位のダンジョンを見下してきたフジーコにとっては屈辱でしかない。


 それを創造神ゼノからではなく、熾天使筆頭のラーミウから告げられた。


「私に地上に降りろと……」


「熾天使たるもの動かぬ体でも、それくらいは出来よう」


「ラーミウ様、お待ちを。もう少しだけ時間を」


「元熾天使代理になりたくはなかろう。結果次第では、熾天使に戻ることも出来る」


 熾天使だから、延命されているし守られてもいる。しかし、熾天使の職を解任されれば、そうはいかない。

 フジーコの甥である、ラーキはブラックアウトの災厄に耐えきれずに死んだ。財産は全て没収され、損害の補填に充てられている。


「其方だけに時間は作ってやれぬ。これはゼノ様からのご命令なのだ。ダンジョンの魔物は、妾が集めてやるから心配は要らぬ」


 そして、ラーミウの後ろから現れたのはエンジェル・ナイツ。


「タカオの廃ダンジョンに、ゴセキの山の魔物どもを集めて差し上げましょう」


「それは、ラーミウ様っ、お待ちを! もう少しだけ……」


 しかしフジーコの願いも虚しく、フジーコは地上へと強制転移させられてしまう。





 タカオは険しい岩峰が連なり、草木などの植物も一切ない。陽の光を遮るように常に深い霧が立ち込め、全貌は明らかになっておらず、それは未だにブラックアウトを起こした名残とも言われている。


 タカオの地へ強制転移させられたフジーコ。始まりのダンジョンは僅かに痕跡が残されていたが、タカオの地では微かな痕跡さえも見当たらない。しかし、ラーミウが転移させたのだから、フジーコの居る場所こそが、ダンジョンの跡地で間違いない。


 体に纏わりついてくる霧が気持ち悪い。だが、残留している魔力は濃く、フジーコの動かない体に少しだけ活力が戻る。今のフジーコに選択肢はなく、熾天使代理としてやり直す覚悟を決めるしかない。


「リボーン・ダ……」


 しかし、フジーコの呪文の詠唱は途中で止まり、声が出せなくなる。目の前で集まりだした霧。次第に1つの塊となり、それが人の姿に変わる。


「何者だ」


 辛うじて絞り出した言葉と反して、嫌な予感と不安が急速に膨らむ。創造神ゼノの逆鱗に触れ、処分された熾天使は多く、フジーコは幾度となくその光景を見てきた。そのゼノの怒りにも近い感覚。


「フジーコ様、忘れてしまいましたか?」


「その声は、ラーキ?死んだのではなかったのか?」


「クックックッッ、フジーコ様と同じ。そんな柔ではありませんよ」


「いや、偽物めが」


「何をおっしゃいますか?本物ですよ。散々悪巧みをしてきたではないですか?私達は一蓮托生」


 今度は、霧がフジーコに絡み付き、体の中へと侵入してくる。穴という穴から侵入し、防ぐことは出来ない。


「何だ、これは。ラーキ、答えろ」


 頭の中に浮かぶ、今までの数々の光景と、まだ見たことのない光景。


「やっと私をラーキと認めてくれましたね」


 延々と頭の中に駆け巡る映像に、覚悟を決めたはずのフジーコの顔から再び生気が失われてゆく。


「フジーコ様の待ち受ける未来は、死あるのみ。再びブラックアウトを起こすか、エンジェル・ナイツに殺される。私が、新しい方法を教えて差し上げましょう」


「堕天……しろと……」


「ダンジョンの力を手に入れるのです。神々を地上へと叩き落とし、フジーコ様が頂点に立つのです」


 フジーコの熾天使の象徴である3対6枚の純白の翼は、次第に黒く染まってゆく。


「アブソーブ・ダンジョン」

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