第7話 6つめの宝物

 移動は陣痛と陣痛の間。真琴まことは出産後数日は産まれてくる子とともに結婚相談所のお世話になるので、子どもたちが真琴に付いていてくれている間に雅玖がくがボストンバッグに準備をしてくれた。


 必要なもののリストはお医者さんにもらっていたのだが、まだ予定日まで間があったので、荷造りをしていなかったのだ。


 幸い痛みはまだそこまで酷く無い。これから増して行くのだろう。その時のことを思うと少し怖いが、雅玖が付いていてくれるし、子どもたちもいる。さすがに子どもたちの立ち会いは難しいだろうが、雅玖は望んでくれているので心強い。


 陣痛が頂点に達すると余裕が無くなり、立ち会ってくれる人に悪態を投げ付ける可能性が高いと聞いた。真琴は雅玖を傷付けたりしたく無かったのだが。


「真琴さんの罵詈雑言ばりぞうごんならどんとこいですよ」


 そうにこやかに言われてしまい、ああ、そう言えば雅玖にはその気があったなと思い出したりしたのだ。


 そんなことで安心するのもおかしいと思うのだが、これからどうなるか分からない。ありがたく甘えさせてもらおう。




 結婚相談所に着くと、元旦だからか営業しておらず、電気は付いているものの静かだった。だが奥にはたくさんの人の気配があって、雅玖が「来ましたよ」と声を掛けると、わらわらと出て来てくれた。


「ようこそいらっしゃいました」


「とうとうですね! ささ、こちらへ。男性は雅玖さま以外立ち入り禁止やで。子どもたちも外で待っとってね」


 真琴は雅玖に支えられ、あやかしたちに案内される。見知った部屋を通り、奥へ奥へと進んで行く。そして到着した部屋はやはり和室で、真ん中に布団が敷かれていた。


「陣痛が落ち着いているときで大丈夫ですから、こちらに着替えて横になってくださいね」


 渡されたのは淡い紫色の浴衣だった。


「先生、すぐに来ますからね!」


 真琴が支度を終えて横たわると、ふすまがぼすぼすとノックされ、お医者さんが入って来た。ふっくらした中年の女医さんで、ずっと真琴の診察などをしてくれていたあやかしだ。


「真琴さま、お待たせしました。さっそく見せていただきますね」


 先生は両の手のひらを真琴のお腹にかざして、カードを混ぜる様な手つきをする。


「はい。順調ですね。辛いのが長引くのは大変ですから、もう産んでしまいましょうね」


 さらりと笑顔でそう言われ、真琴は驚いて「へ?」と間抜けな声を上げる。


「もう、産む?」


 陣痛が始まってから産まれるまで数時間、場合によっては数日掛かると聞いている。これから徐々に子どもを産める身体に整って行くと聞いたのだが。


「はい。陣痛をさらにうながして、子宮口も開いてね。痛みもね、あまり来ない様にしましょうね」


 想像を絶する痛みを予想していたので、真琴はまた「へ?」と声を出してしまう。


「私はあやかしですからね、そのあたり妖力で色々できますから。あびこ観音さまのご加護もありますから」


 妖力なんでもありか。でも少しでも負担が少なく産むことができるのならありがたいのかも知れない。


「では、また少し痛くなりますよ」


 先生の身体が光り始める。それが収まると、そこにいたのは白狐だった。尻尾に少し茶色が混ざっているのが、雅玖との違いだろうか。


「この方が妖力が強く伝わりますので」


 雅玖が子を宿す時にも本来の姿になっていた。そういうことだったのか。


 先生の白い手が真琴のお腹に触れる。すると徐々に痛みが増して来た。真琴はつい「っつ」と顔をしかめてしまう。


「真琴さん」


 雅玖が真琴の左手を両手で握ってくれている。


「大丈夫ですよ」


 雅玖の優しい声が降って来る。大丈夫、大丈夫。真琴は自分にそう言い聞かせながら痛みに耐えた。真琴は妖力のお陰でこの程度で済んでいるが、きっと一般の妊婦さんはとんでも無い痛みに耐えるのだろう。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」


 真琴の息が荒くなる。雅玖がまた「大丈夫ですからね」と手を強く握ってくれた。


「よーしよしよし。そろそろ行けそうですね。真琴さまの下にシート敷いて、お湯たっぷり用意して。産湯うぶゆ用のたらいもね」


 指示を出されたあやかしがてきぱきとうごく。真琴の腰から下にブルーのシートが敷かれ、ひんやりとした感覚があった。


「はい、では触れますよ。真琴さま、もうすぐですからね!」


 また先生の身体が光る。人間の姿になった先生は、真琴に布団を被せ、両足を立たせた。


 そして、真琴にとってのピークの痛みが来た後。




「かわ、いい……」


 産まれたのは、雅玖にそっくりの真っ白なきつねだった。小さな小さな狐ちゃん。産湯で汚れを落とされた赤ちゃん狐は、「きゅう、きゅう」と泣きながら真琴の腕の中でまどろんでいる。


 体感としては激痛からあっという間だった。それもあやかしの妖力のお陰なのだろう。


「可愛いですねぇ」


 雅玖もとろける様な表情で、赤ちゃん白狐を眺めている。雅玖が指で小さな頬を軽くつつくと、垂れていた耳がぴくりと震えた。


 人間である自分の中から、けものの容姿の子が産まれたのは不思議ではある。だがこの子は紛れも無く真琴が産んだ、雅玖との子だ。雅玖の本来の姿を見ているからこそ、そうなのだと確信できる。


 産後の後始末も手際良く終えてもらい、真琴は布団の上で上半身を起こしながら赤ちゃんを抱っこしていた。陣痛が始まってから短い時間、そしてそう酷くは無かった痛みのお陰で、身体はそこまで辛く無かった。


 産後の母体はぼろぼろになるとあちらこちらで見ていたので、これは本当に幸いなことだろう。


「あの、子どもらに、私らの5人の子どもらに会えますか?」


 先生に聞くと、「ええ」と微笑んでくれる。


よ会わせてあげたいですよね。すぐに呼びますね」


 先生が部屋を出て行き、間も無く別室で待っていてくれた子どもたちを連れて来てくれた。


「お母ちゃま」


 壱斗いちとが真琴を見てぽつりと漏らす。子どもたちは皆、興奮しているかの様に顔をほんのりと染めて目を輝かせていた。真琴はにっこりと笑みを浮かべた。


「壱斗、弐那にな三鶴みつる四音しおん景五けいご、産まれたで。女の子や。あんたらの妹やで。六槻むつきや。会ったげて」


 すると子どもたちが大喜びで真琴の元に駆け寄ってくる。近くにいた雅玖を弾き飛ばす勢いだ。


 六槻という名前は、雅玖とふたりで考えた。6番目の子だから、5人の子どもたちの様に漢数字の六を入れたい。先生の妖力診断でも性別が判らなかったので、男の子でも女の子でも付けられる名前を考えていたのだ。


「うわ、ちっちゃい! 六槻や!」


「六槻ちゃん、か、かわいいねぇ……!」


「へぇ、綺麗な子やね」


「六槻可愛い! すごいねぇ」


「……かわいい」


 子どもたちが口々に赤ちゃんをたたえてくれる。そして。


「お母さま、おめでとう」


 三鶴が優しく言ってくれて、真琴の涙腺るいせんがじわりと緩んでしまう。涙がゆっくりとこみ上げて来た。真琴はそれを隠すこと無く、そっと指で拭った。


「そうやん! お母ちゃまにおめでとうやん! おめでとう、お母ちゃま!」


「お、おめでと!」


「ママちゃまおめでとう!」


「おめで、とう」


 子どもたちが六槻の誕生を喜んでくれている。なんて素敵なことなのだろう。お兄ちゃんお姉ちゃんたちに祝福されて産まれて来た六槻は、きっと幸せになる。


「お正月、元旦に産まれた、真琴さまと雅玖さまのお子さまです。とっても縁起の良い、おめでたいお子さまですね!」


 先生が言ってくれて、ああ、そうだ、と真琴は誇らしい気持ちになる。雅玖と、そして子どもたちと、大事に大事に育てよう。六槻がお兄ちゃんお姉ちゃんたちの様に、良い子になってくれます様に。

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