第8話 ハッピーバースディ
子育て!
「産まれて約1年は妖力が安定しなくて、人間さまの姿になることができないのです。なので、1歳前後になるまではこの相談所で育てなければならないのです。万が一他の人間さまに見られてしまっては大変ですから。ですが、夜にあやかしたちが「まこ庵」に来る時間には連れて来てもらえますから」
「え、ほな昼間は、六槻ここにおらんの?」
「はい。残念ですが」
感覚的な問題だろうと言われたらその通りかも知れないが、やはりできる限り側にいて欲しいと思ってしまうのだ。これも母親の心理だろうか。
心が不安に染められる。相談所のあやかしたちは信用している。雅玖はあやかしの中で、特にここを拠点にしている大阪のあやかしの中では高位のあやかしなので、きっとその雅玖の子である六槻も大切に育ててくれる。分かってはいるのだが。
「……夜には、うちに帰って来るんやんな?」
「はい。夜の「まこ庵」は妖力で隠されている状態なので、
そう言われてしまえば、わがままを言うわけにはいかない。真琴は渋々ながらも「分かった」と頷いた。
「本当にすいません。真琴さんは母親なのですから、六槻の側に少しでもいたいでしょうに」
「そんなん、雅玖も一緒やろう? 父親なんやから」
「もちろんそうです。ですが六槻を守るという意味合いもあるのです」
「うん、分かってる。夜だけでも一緒におれるんやったら、大丈夫」
「ありがとうございます」
雅玖は安堵した様に表情を緩めた。一緒にいられるのは短い時間なのかも知れないが、その間に愛情をたっぷり注いであげよう。相談所という保育園に預けていると思えば良い。普通の保育園よりはよほど長い時間ではあるのだが。
お正月休みが終わり、真琴の産休ももうすぐ終わりである。その間、真琴と雅玖は毎日結婚相談所に六槻に会いに行っていた。子どもたちは学校が終わり次第駆け付ける。
毎日見ても、飽きない。それはそうだ。自分の子どもなのだから。本来の姿だからなのか、泣いても人間の赤子の様な大きな声では無く、余裕を持ってあやしたりミルクをあげることができた。
雅玖も子どもたちも六槻を抱きたがり、皆で交代で抱っこして可愛がった。
なので六槻と離れて家に帰らなければならない時は、寂しさと不安が入り混じった。六槻はちゃんと真琴と雅玖を親だと感じていてくれているのだろうか。5人の子どもたちを兄姉だと分かってくれているのだろうか。
六槻は1歳になるまで、「まこ庵」の夜が再開しても、結婚相談所にいる時間の方が圧倒的に長いのだ。1年後、六槻を家に迎え入れる時、真琴たちに馴染んでくれるだろうか。
……いや、それこそ真琴たち親兄姉の踏ん張りどころだ。それまでいたところと違う環境に慣れてもらえる様に、力を尽くさねばならないのだ。
とにかく今は1年後を待ちつつ、六槻と会える貴重な時間を精一杯大事にしようと思うのだった。
2月1日、「まこ庵」再開の日である。真琴の
そして夜。子どもたちが降りて来て、あやかしたちも訪れる。そのうちの1体、若い女性のあやかしが六槻を抱いて来てくれた。
「真琴さま、六槻さまをお連れしました」
この女性のあやかしは名を
「ありがとうございます」
六槻の寝床は、ゆりかごを用意した。夜で普段使われないテーブルに置き、雁乃さんから六槻を受け取った真琴は、まずはたっぷりと抱き締め、そっとゆりかごに寝かせた。
真琴は
子どもたちに会いに来ているあやかしたちも、そんな子どもたちの気持ちを尊重して、一緒にお世話などをしてくれていた。
そして「まこ庵」休日の日には、家族揃って六槻に会いに行っていた。
そんな六槻に変化が出だしたのは、産まれて半年ほどが経ったころだった。それまでは全身白狐の姿だったのだが、顔や身体が人間の様なものになり、耳と尻尾がぴょこんと生えている容姿になっていたのだ。
「うわぁ〜……、かわいい〜……!」
赤ちゃん白狐の姿も、それはもうとても可愛かったが、この狐耳状態の六槻の可愛さはとんでもなかった。
「ちょ、雅玖、写真写真!」
「はい!」
真琴はすっかりと興奮してしまい、見た途端六槻を抱き上げた。そして雅玖が何枚もコンパクトデジタルカメラで写真を撮る。
今やプライベート写真はスマートフォンで撮影するのが一般的になっているが、真琴や雅玖のスマートフォンで撮ったものが万が一他人に見られたり流出してしまえば大変だ。なのでその心配が無いデジタルカメラを購入し、大容量のSDカードを入れ、そこに撮り溜めていた。
子どもたちも大騒ぎになった。
「可愛い!」「めっちゃ可愛い!」
そう言いながら、我れ先にと抱きたがった。六槻はまだまだ小さいのに空気を読んでいるかの様に、おとなしく子どもたちの手から手へと渡っていた。
「あと約半年もすれば、完全に人間さまの姿に変化しますよ。そうなればお家に帰れますから、もうしばらくお待ちくださいね」
お世話をしてくれている雁乃さんの言葉に、真琴は「はい」と頷く。あと半年。そうしたら家族全員で暮らせる。それは真琴の大きな励みになった。
そして約半年後の朝、結婚相談所の雁乃さんから雅玖のスマートフォンに連絡があった。
『六槻さまの変化が確立しました。いつでもお迎えに来てください』
その日は、翌年の元旦だった。六槻のお誕生日だ。真琴はこっそり期待していた。六槻が産まれてちょうど1年の今日、お家で一緒に新年を迎えられたら、お誕生日をお祝いできたらと。
もしお家でが無理でも、一緒に過ごせたらと、大晦日に去年同様おせち料理を整えた。六槻はまだ食べられないだろうが、雰囲気だけでも味わって欲しいのだ。
そして、誕生日ケーキも用意するつもりだ。直前にデコレーションしようと、昨日スポンジケーキを焼き上げていた。こちらももちろん、まだ六槻は食べられないだろう。それでも六槻のお誕生日を皆で祝いたかった。
それが、本当に叶えられるなんて。しかもお家で。
六槻は生後8ヶ月ごろから歩き始めたので、きっとじっとはしていないだろう。言葉もまだまだたどたどしいが出始めていた。これまでは真琴たちが行けない時は雁乃さんにお任せするしか無かったが、これからはずっと一緒だ。本当の子育てが始まるのだ。
子どもたちに伝えると、皆喜んでくれた。皆が待ち望んでいたのだ。
急いで結婚相談所に迎えに行くと、三つ指をつく雁乃さんに付き添われ、しっかりとした足取りで立つ、完全に人間に変化した六槻が、玄関で真琴たちを迎えてくれた。
真琴は少しずつ体重が増えて来ている六槻を抱き上げる。六槻は真琴に抱き締められて「ふや」と可愛らしい声を上げた。
「六槻、一緒にお家に帰ろうな」
「あい!」
元気な六槻の返事に、真琴は崩れる頬の筋肉が止められない。
「あ〜可愛い。六槻、可愛いなぁ」
「くふ」
これが母性と言うのだろうか。六槻に対する愛情、なんでもしてあげたいという思いが溢れてしまっている。
「雁乃、これまで本当にありがとうございました」
雅玖が言い、真琴も「ありがとうございました」と頭を下げる。子どもたちもそれに倣った。雁乃さんは穏やかに笑みを浮かべる。
「いいえ、とんでもありません。真琴さまと雅玖さま、おふたりのお子さまの育成に関われて光栄でした。よければまた、ご家族で遊びに来てくださいね」
「はい」
一緒に帰って、さっそく新年のお祝いをしよう。ケーキも可愛くデコレーションして、お茶を淹れて六槻のお誕生日を盛大にお祝いしよう。
真琴は六槻を迎えたこれからの生活が、楽しみでならなかった。
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