第3話 通じ合えたら
雅玖との子どもを儲けるかどうか。それにはやはり夫婦同士の愛情が必要だと
雅玖との時間が終わり、自室のベッドで横になった真琴はつらつらと考える。暗く静かな中、悩み事があるとそれが頭の中で前面に出てきてしまう。
さっき、雅玖は言ってくれた。
真琴が雅玖との子を望んでくれるなら、とても嬉しい。真琴と幸せになりたいと思っている。
それは、雅玖も真琴にそれなりの好意を持ってくれているということなのだろうか。だとしたら。
まだ結論は出せない。だが明日の朝も早い。早く寝なければと真琴は布団を被って目を閉じた。
結局、あれからあまり寝られた気はしなかった。目を閉じると余計に意識が冴えてしまい、気掛かりなことがますます頭を巡る。疲れもあってうつらうつらはしたものの、ぐっすりというわけにはいかなかった。
身体のだるさを抱えながら、朝ごはんの用意をする。今日は洋食だ。食パンを焼いてベーコンエッグを作る。お汁物はクラムチャウダー。朝なのであさりの缶詰とミックスベジタブルで手軽に作った。腹持ちが良くなる様に角切りにしたじゃがいもも使っている。
「ママちゃま、このクラムチャウダー美味しい。今度僕らにも作り方教えて!」
四音の目が輝いている。景五も真琴を見てこくこくと頷いている。真琴は笑みを浮かべた。
「ええよ。今度夜に一緒に作ろか。あやかしたちにも食べてもらおうな」
「うん!」
四音も景五も、包丁使いなどが大分上達してきた。今ではお肉もお野菜もたくさん切ってもらっている。ふたりが作ったお料理はあやかしたちにも好評で、ふたりは大満足の日々だ。
ふたりはまだ小さいので、まだ火の元を任すわけにはいかないが、これからも作りたいと思ったものを教えていけたらと思う。
お料理も好奇心のひとつだ。作りたいと思ったものを上手に作ることができたら、次はあれ、その次はこれ、と欲も出てくるのだ。
今はまだ真琴が教えながら作っていることもあり、ふたりとも上手に仕上げることができている。そのうちふたりだけで、もしくはそれぞれで作れる様になるだろう。その時が今から楽しみだ。
子どもたちを送り出し、朝ごはんの洗い物を終えた真琴は家事を始めていた雅玖を捕まえる。
「はい。どうしました?」
真琴はごくりと喉を鳴らす。昨夜眠ったり眠れなかったりしながら、考えていたことだ。
「卑怯なこと、聞いてええ?」
「何でしょうか」
雅玖は柔和な笑みを絶やさない。真琴は少し震える口を開いた。
「雅玖は私のこと、どう思ってる?」
雅玖の笑顔がひゅっと引いた。目を見開き、愕然としている様に見える。
「雅玖?」
その様子に真琴が驚くと、雅玖は「あ、すいません」と、少し寂しそうに微笑んだ。
「今さら聞かれるとは思ってもみませんでした。真琴さん」
「はい」
雅玖の優しい眼差しが真琴を見据えた。
「私はずっとあなたをお慕いしておりますよ。初めて会った時から、私はあなたのものですよ」
真琴は思わず雅玖に駆け寄り、タックルするかのごとく雅玖の胸元に飛び込んだ。
「真琴さん!?」
雅玖の声がうろたえている。真琴は構わず雅玖の身体に回す腕の力を強めた。
「雅玖、ありがとう。嬉しい」
心の底からそう思った。多幸感が身体中を駆け巡る。ああ、私もやっぱり雅玖が好きやったんや。真琴はあらためて自分の思いに向き合った。
恥ずかしくて顔を上げることができなかったが、初めての雅玖のぬくもりに安心する。夫婦になっておよそ1年半。ようやく思いが通じ会ったのだ。
「真琴さんも、私のことを思っていてくれるのですか……?」
雅玖の声も震えていた。真琴が大きく頷くと、雅玖の両手が真琴の背に伸びた。
「ありがとうございます」
暖かな腕に抱き締められて、真琴はまた幸せを噛み締めた。
その日も無事夜の「まこ庵」が終わり、真琴と雅玖はいつもの様にふたりの時間を作る。用意する飲み物も同じ。
だがいつもと違うのは、ふたりの距離感だった。いつもなら不用意に触れてしまったりしない様に距離があったのだが、もうその必要は無い。
とは言え、過度には近付かない。ふたりはようやく始まったばかり。ゆっくりと進んで行けば良いのだ。
なんてことを言いつつ、話は子どものことになる。真琴は雅玖との子どもなら、産んでも良いと思う様になっていた。
「そうですか。真琴さんがそう言ってくれるなら、私も嬉しいです。きっと可愛い子が産まれるでしょうね」
確かに雅玖の子なら、多少真琴の血が混ざっても見目麗しい子が産まれそうだ。
「実は真琴さん、あやかし同士は子作りをする時、母体となる女性の身体に、男のあやかしが妖力を送るのです。異種同士のあやかしだと、どちらかに負担が掛かってしまうので」
「そうなんや。ほな、もしかして私らもその方法で子ども作れるん?」
「はい。ただ、やはり産むときの痛み、苦しみはあります。そこは女性に、真琴さんに頑張っていただかなければならないのですが」
「大丈夫やと思う。その痛みを乗り越えてこそやろうし。あ、今は無痛分娩もあるんか。でもその前に、ちゃんと子どもらに言わんとね。もし反対されたら、やめよ」
「良いのですか?」
「うん。あの子らが大事やもん。ちゃんとあの子らに歓迎されて産まれて来て欲しい。あの子らにお兄ちゃんお姉ちゃんになって欲しい。せやから」
「そうですね」
雅玖は真琴の右手を取り、両手で優しく包み込んだ。
「きっと大丈夫です。明日は土曜日ですから、子どもたちに話してみましょう」
「うん」
真琴はもう片方の手を雅玖の手に重ね合わせ、そっと撫でた。
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