第4話 儀式
翌朝、土曜日。
今日は小学校がお休みなので、子どもたちも慌てる必要は無く、ゆっくりと味わっている。真琴は平日と変わらず「まこ庵」があるので、土日の朝の洗い物は
そして終わりごろ、真琴と雅玖は頷き合う。
「皆、少し良いですか?」
雅玖が穏やかに言うと、食べ終えていた男の子3人と
「実は、真琴さんと私の子を迎えようと思っているのです」
子どもたちは一瞬ぽかんとし、すぐに「わぁっ」と沸いた。
しかし、弐那の顔が不安げに揺れていた。真琴はどうしたのかと「弐那?」と声を掛けた。
「どうしたん? もしかして、反対やて思ってる?」
すると弐那はぶるぶると首を横に振る。だが泣きそうな表情は変わらない。可愛らしい顔をくしゃりと歪めている。
「でも、でも、あたしらは、ママさまとお父ちゃんのほんまの子や無いから……。ママさまたちの赤ちゃんが産まれたら、あたしらいらん子になってまう……」
なんてことを言うのだ。真琴は思わず声を荒げてしまった。
「そんなわけ無いやん!」
弐那がびくりと肩を震わす。壱斗たち他の子どもたちも唖然としていた。
「ごめん、弐那」
真琴は慌てて弐那の元に駆け寄ると、その震える小さな身体を抱き寄せた。
「怒鳴ってしもてごめんやで。そんなわけあらへんよ。雅玖との子どもが産まれたとしても、あんたらは私らの大事な子らや。あんたらには、産まれる子のお姉ちゃんとお兄ちゃんになって欲しいんよ」
顔を上げた弐那は、顔を真っ赤にして目を
「ごめんな、弐那」
「ううん、あたし、あたしら、赤ちゃんのお姉ちゃんとお兄ちゃんになってええの?」
「当たり前やん。弐那たちやったら、絶対にええお兄ちゃんとお姉ちゃんになれる」
「うん。あたし、がんばる」
「うん。ありがとうね」
壱斗と四音、景五がほっとした様に表情を緩め、雅玖も安堵したのか小さく息を吐いた。そこで三鶴が少し呆れた様に言う。
「弐那はほんま心配性なんやから。お母さまとお父ちゃんがそんなことで私らを邪険にするはず無いやん」
「……うん」
弐那も安心した様に、真琴の腕の中に身体を預けていた。真琴はそんな弐那の頭を撫でてやった。するとそれが心地よかったのか、真琴の胸元に頬を擦り付ける。
可愛いなぁ。雅玖との子どもが産まれても、この子たちを大事にする。血の繋がりなんて関係無い。この子たちも、産まれてくるであろう子も
赤ちゃんのころは手が掛かるだろうから、どうしても産まれる子に構う時間は増えるかも知れない。だがこの子たちが寂しい思いをしない様に。真琴は肝に銘じるのだった。
真琴と雅玖の子作りの日は、「まこ庵」の定休日となった。
子どもたちに子を
しかし雅玖はそれに気付いているのかいないのか、こんなことまで言いだした。
「李里は私のお世話係だったあやかしです。ですので、ぜひ子を宿す時に立ち会って欲しいのです」
そりゃ何の罰ゲームやねん。真琴は心中で突っ込み、李里さんは悲しそうな顔で「はい……」と、頷くと言うより
真琴は李里さんに掛ける言葉が見つからなかった。謝るのも変だし、今真琴が何を言っても火に油を注ぐだけだ。とりあえず、今日これからお仕事になるのだろうか、そんな心配をしてしまう。
しかし
そして、当日が訪れる。子どもたちも立ち会いたがったのだが、学校があるので渋々といった表情で登校して行った。それを見送り、雅玖は言う。
「真琴さん、本当に良いのですね?」
「うん。大丈夫」
真琴が力強く頷くと、雅玖は嬉しそうに目を細める。ふたりは家を出て、あやかしの結婚相談所に向かった。かくりよと繋がっているそこが、いちばん妖力が高まるそうなのだ。
雅玖が相談所の扉を開けると、中はまだ営業時間外なのか誰もいなかった。だが灯りは付けられていたので明るい。
雅玖に続いて
洞窟になっていた。上下左右はあまり広さを感じないが、長身の雅玖でも歩くには困らない高さ。しかし奥はどこまで続いているのか分からない。先が見えなかった。
地面や天井、壁は土がむき出しになっていて、ひんやりとしていた。そして地面には1畳分ほどの大きさの「ござ」の様なものが敷かれている。
「ここは?」
「あやかしの世界に繋がる洞窟です。ここがいちばん妖力が高まるのです。そしてあびこ観音さまのご加護も」
「へぇ……」
そう言われると、神秘的な何かを感じる様な気がしてしまう。あびこ観音の境内で感じる様な
「お待たせしました」
入り口から声をする。見ると、李里さんが立っていた。李里さんは普段この相談所で生活しているのだ。
「いえ、大丈夫ですよ」
雅玖の微笑みに、李里さんは頷いた。この数日の間に吹っ切れたのか、すっきりした様な顔になっていた。李里さんの中でどんな葛藤があったのかは真琴には分からない。だが自分の感情をきちんと整理してくれたのだろう。
そんな李里さんは、お仕事はきっちりとこなしてくれていた。傷心もあっただろうに、見事なプロ意識だと真琴は感心したものだった。
「李里さん、ありがとう」
いつもお仕事をきちんと務めてくれていること、そして今立ち会ってくれること。そんな感謝を込めて言うと、李里さんは苦笑を浮かべた。
「いえ」
雅玖がいるので、さすがに憎まれ口は出ない。それでもやはりまだ、複雑な思いがあるのかも知れない。だがもう悪いとは思わない。真琴は雅玖の妻として、雅玖の子を宿すのだ。
「では始めましょう。真琴さん、良いですか?」
「うん」
いよいよだ。真琴は少し緊張する。真琴の身体に妖力を送るということだが、それによってどうなるかは分からない。痛かったりするのだろうか。
「では真琴さん、その「むしろ」に仰向けで横になってください」
「むしろって、これ?」
真琴がござを示すと、雅玖は「はい」と頷いた。真琴は言われた通りむしろの上で横たわる。
李里さんは真琴の足元、傍らに立膝で跪く。まるで全てを覚悟しているかの様な面持ちに見えた。
すると、雅玖の全身が光り始める。真琴が目を見張ると白い光りに包まれて姿が見えなくなり、その光体は徐々に小さくなる。そして光が晴れたとき、そこにいたのは真っ白な狐だった。
混じりっけの無い滑らかな白い毛で全身が覆われ、普通の狐よりもふた回りほど大きい。ふるりと振った大きな尻尾はふわふわだった。
真琴は唖然とする。凛として、何という美しさなのか。神々しいと言っても良い。
「雅玖、なんか……?」
「はい。これが私の本来の姿です。真琴さんにお見せするのは初めてでしたね」
雅玖の金色の目が弓なりになる。ということは李里さんも。真琴が李里さんを見ると言わんとすることが分かったのか、「ふん」と鼻を鳴らされる。
「僕も確かに白狐ですけど、雅玖さまほどの美しい白狐は滅多にいません」
雅玖がいるからか言葉は丁寧だが、真琴に対する頑なさはなかなか消えない。それはきっとこれからも変わらないのだろう。
「真琴さん、お腹の上に乗っても良いですか?」
「あ、うん」
言うと、雅玖は真琴のお腹の上にうつ伏せの状態で横たわる。真琴と雅玖のお腹同士がくっついた。雅玖の本体はしなやかで柔らかくて、思わずペットの様に愛でたくなってしまう。
「では、妖力を送ります。少し熱く感じるかも知れませんが、我慢してもらえますか」
「分かった」
やけどするほどで無ければ大丈夫だろう。真琴は気を引き締めた。
「では、送ります」
……じんわりと、お腹が温かくなってくる。熱いとは思わなかった。温かくて、心地が良くて。なんて、気持ちが良い。まるで雅玖の温もりに包まれているかの様な。
真琴はつい、うつらうつらと眠気に襲われた。
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