第6話 夢を叶えて欲しいから
その日の晩ごはんは、
ただ子どもたちにはどうだろうと言う話になったのだが、
浅草駅はいくつかの路線があるが、原宿からだとどの駅に向かうにしても乗り換えが多い。
東京の交通網に慣れていないということもあるのだが、壱斗のことも心配だったので、思い切ってタクシーを使った。最初は落ち込んでいた壱斗だったが、時間が経つにつれ、少しずつ落ち着いて来た様だ。
そうしてどぜう鍋のお店で雅玖と子どもたち、李里さんと合流する。座敷席を予約していたので、8人でテーブルを囲んだ。和の風情のある明るい店内である。
「壱斗、どうでしたか?」
雅玖が聞くと、壱斗は肩を落として「あかんかった」と呟いた。三鶴などは「やっぱりね」と冷めた様子なのだが。
「そうでしたか。でも大丈夫です。まだまだ壱斗は若いのですから、これからいくらでもチャンスはあります」
雅玖は優しく壱斗を慰める。壱斗は少し泣きそうな顔をしながらも「うん」と頷いた。
「なんかな、悪い人ばっかりに声掛けられた。でも、そのたびにお母ちゃまが守ってくれた。あんな、お父ちゃんあんな、お母ちゃまかっこよかったんやで!」
壱斗の沈んでいた声がだんだんと興奮を帯びてくる。拳を握り締めて、雅玖に力説した。
「そうですか。
「うん! お母ちゃま、ヒーローみたいやった! すごかってん!」
「そうなんですか?」
「そやで! オレになんかあったらお前をぎったぎたに潰すって、びしって言うたんやで! めっちゃかっこよかったー!」
「そうなんですか。凄いですね」
「い、壱斗、もうそれぐらいで」
持ち上げに持ち上げられ、真琴はいたたまれなくなってうずくまってしまう。しかも大分誇張されている。すると座敷席なのを良いことに、弐那と四音が「わぁ」と真琴を取り囲んだ。
「すごいやんママちゃま! 僕もママちゃまのかっこええのん見たかった!」
「弐那も! 見たかった! あっ、あたしもっ!」
景五も高ぶった様子で、胸元で拳を握っている。
「あら、お母さまがかっこええんはいつものことやん」
三鶴はしれっとそんなことを言う。李里さんは真琴がもてはやされているのがおもしろく無いのか、ぶすっとした顔で明後日の方向を見ていた。雅玖には見られない様にしている様だ。もうここまでくると逆におもしろい。
「真琴さん、壱斗を守ってくださって、ありがとうございました」
「ううん、私も壱斗の親やもん。でも私だけでどうにかなって良かった」
「やっぱり真琴さんは凄い人ですね」
「んなことあれへんよ。いっぱいいっぱいやったわ」
真琴が苦笑すると、雅玖は「いいえ」と穏やかな表情でゆっくりと首を振る。
「真琴さんは肝が座っていますからね。いざと言う時には凄い力を発揮されます。本当に素晴らしいです。私などは人間さまの世界では世間知らずですから、私が行っていればどうなっていたことか。結果的に真琴さんに行っていただいて良かったです」
肝が座っているとは思わないが、相手が
「うん! お母ちゃま、ほんまにすごかったんやから!」
「壱斗、ほんま、もうそれぐらいで」
「ふふ、壱斗、あまり言うと、真琴さんが困ってしまいますよ。さぁ、せっかく来たのですから、どぜう鍋を楽しみましょう。そろそろ運ばれて来ると思いますよ。さ、皆、自分の席に座りましょうね」
「はーい」
子どもたちは元気に返事をして、それぞれの席に戻って行った。真琴はほっとして息を吐く。褒められるのが嬉しく無いわけでは無いが、過ぎると居心地が悪くなってしまう。
真琴の父はともかく、母はあまり真琴を褒めることをしなかったので、慣れていないのだろう。とにかく真琴のすることは母の理想から外れていたので、きっとその度に落胆させてしまっていた。
申し訳無いという気持ちが無かったわけでは無かったが、真琴も親の言いなりになる様な性格では無かったのだ。
血は繋がっていないが、今や真琴も親である。そうなった今でも、母の気持ちが分からない。薄情なのだろうか。だが真琴は子どもたちの夢を応援したいし、叶って欲しいと思っている。
これから本人たちがどれだけ苦労をしようが、それは子どもたちの財産だ。手助けはいくらでもするが、結局は子どもたちの責任なのだ。
まだ幼い子どもたちに責任を課すことの是非はあると思う。でも子どもたちは幼いながらも具体的に将来を
血が繋がっていない子どもだから、そんな綺麗事が言えるのだ。
そんな意見もあるかも知れない。だが未来に向かって目を輝かせている子どもたちを否定することなんて、真琴にはできない。子どもたちは個人なのだ。親の所有物では無いのだから。
たくさん褒めて、良いところを伸ばしてあげたい。それも親の役目だと思うのだ。
やがて運ばれて来たどぜう鍋を
どじょうは淡水魚だ。生息池や川の水質によっては泥をかんでいたり臭みなどがあるだろう。だがしっかりと真水で循環させたりしているのか、そういったものは一切無かった。
さらに調理工程でも臭み抜きの工夫がされているそうで、ふっくらとしたどじょうをふんだんに味わうことができた。
関西は薄口醤油文化、関東は濃口醤油文化なんてことも言われ、東京は味が濃いなんてことも聞く。確かに最初口にしたときには、普段食べているものより味が強いと思ったが、淡白などじょうにはこれぐらいの方が良いのかも知れない。お酒もごはんも進む味付けだった。
大人たちはお酒とともに、子どもたちはごはんをもりもりと、その美味を享受したのだった。
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