第4話 今度こそはと
ラフォーレ
このラフォーレ原宿周辺もスカウトスポットなので、真琴と壱斗は少し建物の周辺を歩いてみることにした。建物に沿ってのんびりと歩く。やはり原宿はどこも人が多く、皆思い思いの格好をして、食べ歩きなどを楽しんでいる。
多くは10代20代の若者だと思うのだが、中には若いご夫婦が小さなお子さんを抱っこ紐や
大阪にも奇抜なファッションの若い子はいるが、やはり東京と大阪は違うのだなとしみじみ思う。大阪だと「おもろい」感じになるのが、東京だと「おしゃれ」なのである。その違いは根っこなのだろうなと思ったりする。大阪DNA恐るべし。
壱斗はやはり景色が珍しいらしく、すっかりと機嫌を直して忙しなく視線をうろつかせていた。好奇心も強いのだろう。気になるお店、主にブティックがあれば真琴の手を引っ張って店頭を見たりしていた。するとかすかに表情を曇らせて。
「お母ちゃま、オレ、お母ちゃまがくれたこの服大好きやけど、もしかしたらもっとめっちゃ派手な服の方がええんかな」
壱斗が不安げにそんなことを言うものだから。
「どうやろう。でもテレビとかに出てはる芸能人とかアイドルとかの人って、衣装や無かったらそんな派手や無くない? 自分の好きや無かったり、似合わへんのんとか無理に着る必要は無いと思うで。私、我ながらそのシャツ、壱斗のかっこよさを引き出してると思うけどなぁ」
真琴が言うと、壱斗は「そう?」とちょっと得意げになる。
「そうやで。好きな格好なんはもちろんやけど、自分が似合う服がええと思うわ。まぁ、壱斗は何着ても似合うと思うけどな」
「ほんま?」
「ほんま。壱斗やったらきらっきらのアイドルの衣装着ても、めっちゃかっこええと思うで。楽しみやわぁ」
「オレ、お母ちゃまにかっこええのん見て欲しい! 絶対トップアイドルになる!」
おお、目標がかなり上がった。だがそれぐらい高い
壱斗はアイドルになりたがっているが、なれたとして、そこはあくまで通過点、芸能界でいうと始まりなのだ。どれだけ芸能界で生き残って行けるか、どれだけファンを獲得できるか、どれだけ人気を維持できるか、それはまた大変なことなのだと思う。
適正だってあるだろうし、壱斗に向いているかどうかは分からない。真琴は芸能界に詳しくは無いが、テレビで見ているのはあくまで表の部分だということは分かる。裏でどれだけの努力、そして駆け引きが行われているのか。きっと想像以上に
それを思うと、芸能界入りを反対する親御さんの気持ちも分かる。例えばお子さんの夢がデザイナーなら、会社勤めさえできればほぼ安泰なわけだから、素直に応援もできるだろう。だが芸能人の場合、なれました、なのですぐに売れます食べれます、では無いのだ。
大阪にもいわゆる「売れない若手芸人」がごろごろいる。芸人さんを多く抱えている某事務所のサイトなどで所属タレントさんを見てみると、失礼ながら「誰やねん」となってしまう人も多い。お笑いのメッカと言われていても、そういうものなのだ。
デビューして何年にもなるのにアルバイトと両立して頑張っている人、心折れてしまう人、様々だ。芸人さんとアイドルは土俵が違うと言われればそうだろうが、大枠の世界は同じだ。上がって行ける人数には上限があるのだから、そこに食い込んでいけるかどうか。
そう思いながらも、やはり真琴は壱斗を応援したいのだ。毎日頑張っているのを見ている。自己流だからまだまだ未熟なのも分かっている。それでも。
「楽しみにしてるで」
真琴が微笑むと、壱斗は嬉しそうににっと口角を上げた。
するとその時。
「お子さん、アイドルになりたいんですか?」
そう声を掛けて来たのは、ひとりの若い女性だった。歳は真琴とそう変わらないのでは無いだろうか。ベージュのタイトなスカートスーツを身に着け、細いフレームの眼鏡が余計に女性をキャリアウーマン然に見せている。
女性はにっこりと笑うと、真琴に小さく会釈をした。
「
山田と名乗った女性は肩から掛けた黒いトートバッグの中を探る。が、「ああ」と
「申し訳ありません、名刺入れを忘れてしまった様で。失礼しました」
「いえ」
この女性はどうだろうか。その芸能プロダクションの名称を言わないところが引っかかる。ここはストレートに尋ねてみる。
「どちらの事務所さんでしょうか」
「あ、Yプロダクションの方です」
それは芸能界に
だが真琴はまた、勘というのか、どこかに引っ掛かりを感じていた。先ほどのこともある。このまま話を聞いて大丈夫なものだろうか。
壱斗を見る。今度こそは! と意気込んでいるのか、山田さんを見上げる目がらんらんとしている。壱斗のためにもここはじっくりと見極めたいところ。名刺は無いものの今のところはとりあえずセーフだと思う。真琴の違和感だけで拒絶するのも壱斗に悪い気がした。
「ほな、とりあえずお話だけでも」
「はい。ではそこのカフェに入りましょう。関西の方なんですか?」
「ええ、まぁ」
まだこの山田さんを信用したわけでは無い。真琴はあまり個人情報を出さない様にしようとしたのだが。
「大阪です!」
壱斗が元気に応えてしまった。真琴は「はは、まぁ」苦笑してしまう。
「そうなんですね」
山田さんはあくまでにこやかに、真琴と壱斗を促して、手近なカフェに案内した。
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