第2話 確実なものにするために

よ! 早よスカウトされに行きたい!」


 東京駅に着いた途端、壱斗いちとは興奮して主張する。今回の家族旅行を東京に決めたのは、壱斗の夢のひとつを叶えるという側面もあるので、もちろん行く予定だ。


 しかし新幹線移動のあとで、真琴まことは少し疲れていた。


「その前に少し休憩させて。どっかでお茶飲んで、一息吐きたいわ」


 真琴が言うと、壱斗は「えー!?」と唇を尖らす。


「壱斗、真琴さんは普通の人間さまなのですから、私たちより疲れやすいのです。人間さまの世界で暮らすにあたり、そういうことも覚えていかなければなりませんね」


 雅玖がくが優しく諭すと、壱斗は思い当たることがあった様で、はっと目を開いた。


 「……そいえば、同じクラスの友だちも疲れやすかったわ」


 どうやらあやかしは、人間よりも体力がある様だ。一緒に運動などをする様な機会も無かったので気付かなかった。


 壱斗などは休み時間に外に飛び出して遊ぶタイプだろうから、一緒のお友だちは大変なのかも知れない。


「正確に言うと、人間さまが疲れやすいというよりは、私たちが頑丈なのです。なので壱斗、弐那にな三鶴みつる四音しおん景五けいごも、人間さまの同級生と遊ぶ時は気を付けましょうね」


「はーい」


 壱斗と弐那、四音と景五はそれぞれ返事をする。そして三鶴は。


「分かっとるわ、そんなん。いまさらやで、お父ちゃん」


 すかした調子でそんな大人びたことを言うのだった。真琴はつい微笑ましくなってしまった。




 そして真琴たちは、東京駅構内のカフェに入る。全国にあるチェーン店なのだが、東京にあるだけで内装がおしゃれに感じてしまうのだから、不思議なものだ。


 総勢8人、テーブルをくっ付けて腰を降ろす。李里りさとさんは雅玖の横に座れてご機嫌である。いろんな意味で大丈夫かこの人、と真琴は思ったりするのだが。まぁ何も言うまい。


「では、壱斗はスカウトのために、別行動になりますね。壱斗とは私が一緒に行きますね」


「あ、じゃあ僕も」


 李里さんがそう言って手を挙げたが、雅玖は「いえ、李里は」と止めた。


「弐那と三鶴が都立の中央図書館に行きたがっています。そちらに付き添って欲しいのです」


「あ、はい……」


 李里さんはあきらかにがっかりした様子。弐那と三鶴に失礼では無いかと思ったのだが、李里さんの雅玖への執着は誰もが知るところなので、ふたりともまるで気にしていない様だ。


 都立中央図書館は、日本最大級の蔵書を誇る公立図書館である。三鶴などは国立国会図書館に行きたがったのだが、入館条件である年齢制限に引っかかってしまうのだ。なので残念だが諦めるしか無かった。


 真琴は四音と景五を連れて、東京で人気の和カフェを巡るつもりでいた。「まこ庵」のメニューや盛り付けの参考になるだろう。


「……ん?」


 何か引っかかりを感じて、真琴は首を傾げた。それが何なのか、必死で手繰たぐりよせようとする。


「真琴さん、どうしました?」


「いや、ちょっと」


 旅行の前、皆でスケジュールを組んだのだが、その時にも感じた違和感だ。


 壱斗はタブレットで、スカウトのされやすさについて調べていた。子どもの場合、親が一緒だと声が掛けられやすいとのこと。契約のことなど、直接親と話せた方が早いかららしい。なので雅玖が一緒に行くということになったのだが。


 真琴は雅玖を見る。基本和装の雅玖だが、今回は目立つからと言う理由で洋装、一般的な服を着てもらっていた。シンプルに濃紺のシャツにブルージーンズである。そう、「目立つから」。


「……あー!」


 真琴は思わず声を上げてしまう。そしてここが外のカフェだと気付いて慌てて口を押さえた。


「どうしました? 真琴さん」


 雅玖も子どもたちも面食らっている。李里さんは忌々しそうに顔をしかめていた。この人はどれだけ真琴を鬱陶うっとうしいと思っているのだか。


「あかんわ。壱斗のスカウトのためやのに、雅玖が一緒やったら雅玖が目立ってまう」


「そうでしょうか。壱斗は格好良くて可愛いですよ? 壱斗の方が目立つに決まっているでは無いですか」


 雅玖はきょとんと首を傾げる。そりゃあ親の目線から見たらそうだ。だが。


「いや。確かに壱斗も目立つんやけど、雅玖、あんたはもっと自分の容姿の良さを自覚せなあかん。絶対にあんたの方が目立つ」


「そうでしょうか」


 雅玖は納得がいっていない様だし、李里さんには「雅玖さまになんてことを!」なんて言われてしまうが、壱斗を見ると、愕然がくぜんとした様子で目を丸くしていた。


「そりゃそうやわ。ちびっこいオレより、お父ちゃんの方が目立つに決まってるやん」


「身長のことですか? そればかりはどうしようも」


 雅玖が慌てて言うが、壱斗はかすかに震える声で「ちゃうねん」と被せた。


「お父ちゃんは、顔そのものが目立つねん。オレなんか埋もれてまうわ。うわぁ、どうしよう」


 壱斗は頭を抱えてしまい、雅玖はおろおろとしてしまう。何を言っているのだ。解決方法なんて簡単ではないか。


「私が壱斗と一緒に行くわ」


 真琴が言うと「え?」と皆の声が揃う。


「私やったら顔も10人並みやし、確実に壱斗を見てもらえるやろ。身長云々はしゃあない。それは大人と子どもの違いやから」


「真琴さんが10人並みだなんて。私は真琴さんは充分お綺麗だと」


「今はそんなんいらんねん。とにかく、雅玖が一緒やと雅玖がスカウトされかねん。それか雅玖に目を付けて、子ども連れやから避けられるかのどっちかや。でも私やったらその心配は無いと思う」


 保護者同伴という前提なら、他に方法は無い。壱斗も「そやな」と頷いた。


「オレもお母ちゃまは綺麗やと思うけど、お父ちゃんに比べたら大丈夫な気がする。ほなお母ちゃま、オレと一緒に行ってくれる?」


「うん、もちろん。四音、景五」


 ふたりを見ると、残念そうな顔で項垂うなだれている。真琴と和カフェ巡りをすることを楽しみにしてくれていたのだ。


「和カフェは雅玖と行って欲しいねん。私の代わりに写真とか、味の感想とか、あとで教えて欲しいんよ。お願いしてええ?」


 真琴が優しく言うと、四音と景五はゆっくりと顔を上げる。


「僕らがママちゃまの代わりに?」


「そうや。ふたりやったらちゃんとやってくれるやろ。楽しみにしてる」


「……うん!」


「うん」


 ふたりは機嫌を直してくれ、力強く頷いた。


 さて、カフェを出たら行動開始である。予約している新宿のホテルのチェックイン時間はまだだが、宿泊客の荷物を預かってくれるサービスがあるので、まずはホテルに行くために在来線のホームに向かう。


 荷物は大人3人が引くスーツケースがひとつづつ。そこに子どもたちの荷物もまとめて入れてあるのだ。そこそこ重さもあるので、置いていけるのならありがたいのだった。

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