3章 初めての家族旅行?

第1話 初めての新幹線

 7月下旬になった。太陽がさんさんと照り付き、外で立っているだけで汗が噴き出してくる。ここ数年の日本の暑さは異常だと言われていて、確かにそうだなと真琴まことも思う。


 子どもたちの学校では、体育の授業時間は教室での自習か、体育館での実施に変更されているとのこと。


 「子どもは元気にお外で遊ぼう」、そんな意見に真琴も異論は無いが、ここまで酷くては熱中症や脱水症などの危険が高まるので、それを回避する意味でも自習や体育館はありがたいと思う。


 子どもたちはあやかしなので、暑さ寒さはあまり感じない。この酷暑こくしょも平気そうだ。なので暑さに強いという設定で、それでも同級生たちと「今日も暑いなぁ」なんて会話に興じていたりするそうだ。


 家では真琴ひとりのためにリビングのエアコンを付けていたりするので、何だか申し訳無い気持ちになってしまう。だが真琴は普通の人間。エアコンの有無は死活問題だ。


 さてこの度、子どもたちは無事夏休みを迎えた。皆長期休みに浮かれ立っている。とはいえ「まこ庵」の営業は続くし、雅玖がくの生活も大きく変わらない。


 だがせっかく夏休みなので、できるならどこかに遊びに連れて行ってあげたいし、もっと関わりを持ちたいと思っている。


 ああ、そうだ、壱斗いちとが東京に行きたがっているのだから、どこかで「まこ庵」を連休にして、家族旅行などを計画するのも良いかも知れない。


 「まこ庵」は個人経営店なので、お盆には連休をもらう予定ではいる。そこを使えたら良いのだろうが、お盆は何せ旅行料金が爆上がりする。真琴の庶民的な感覚で言うと、かなり渋くなってしまうのだ。


 雅玖などは、やはりまた「問題ありませんよ」なんて言って微笑むのだろうが、そこまで甘えるのも心苦しい。


 やはり定休日と合わせてどこかを連休にするのが良いだろう。雅玖にも相談してみよう。子どもたちにも予定があるだろうし、巧くすり合わせができたら良いのだが。




「ではお盆休みに行きましょう。そうしたら真琴さんも落ち着いて楽しめるでしょうから」


 やっぱりか。真琴は天を仰ぎたくなった。


 夜のふたりの時間である。ふたりはリビングのソファで並んで、今日もお酒を楽しんでいる。雅玖とゆっくり話ができる貴重な時間なので、こうした話をするのに適していた。


「でも、お盆はめっちゃ料金が高くなるんやで。いくら雅玖がお金持ちや言うても、家族7人やと何十万になるか。何泊するとかでも変わってくるけど、できれば家族旅行やねんから私も半分出したいし……情けないけど、まだそこまで余裕は無いから」


 ありがたいことに「まこ庵」の経営はそう悪く無い。今のところ、ターゲットを女性に絞っているのが功を奏している。


 なのでどうにか黒字経営ができていて、李里りさとさんにお給料を支払うこともできているのだが、そこまでの余裕は無いのだ。


「真琴さんは、本当に健気ですねぇ」


 健気な覚えはこれっぽっちも無いが、こればかりは譲れない。書き入れ時である土日を休みにするのは厳しいので、定休日の火曜日を挟んで月曜日から水曜日までなどはどうだろうか。その代わりお盆休みは短めにする。


「雅玖、今回ばかりは私のお願い聞いてくれへん?」


 すると雅玖はきょとんと目を丸くした。


「お願い、ですか?」


 その反応に真琴は戸惑う。何かおかしなことを言っただろうか。


「お願い、やで。え、何で?」


「いえ、何でもありません」


 雅玖はふわりと微笑む。まだ若干の違和感は拭えないものの、雅玖は「分かりました」と頷いてくれた。


「では、そうしましょう。子どもたちにも予定を聞いて、計画を立てましょう。楽しみですね」


「そうやね」


 まだ少しばかりの引っ掛かりを覚えながらも、真琴は「うん」と頷いた。




 そして8月1週目の月曜日。真琴と雅玖と子どもたち、そして李里さんは、無事新大阪から新幹線に乗り込んだ。時間は午前10時ごろ。


 李里さんの同行は、「まこ庵」の慰安旅行も兼ねている。真琴とふたりで行くわけにはいかないし本人も嫌がるだろうから、自然とこういう形になる。雅玖から誘ってもらったら二つ返事で快諾してくれた。


 子どもの人数が多いこともあり、大人が多ければ安心ということもある。雅玖も人間世界に於いては世間知らずな方になってしまうので、常識のある李里さんに来てもらえれば真琴も助かるのだ。


 移動手段を新幹線にするか飛行機にするか、これまた家族会議が行われた。雅玖を始めあやかしたちはどちらにも乗ったことが無かった。そこで折衷案せっしゅうあんを取って、往路を新幹線、復路を飛行機にすることにしたのだ。


 移動も疲れるものである。大阪東京間は、新幹線なら約2時間半、飛行機なら約1時間。新幹線の方が身体が疲れてしまうので、元気のある往路に新幹線を持って来たのだ。


 新幹線の中で子どもたち、特に壱斗と四音は大はしゃぎだった。真琴も雅玖も、ふたりを落ち着かせるのに必死だった。


 弐那にな景五けいごも興奮はしていた様で、窓際の席を陣取ってずっと窓ガラスに張り付いていた。三鶴みつるだけはいつものごとく落ち着いた様子で、廊下側の席でおとなしくテキストを開いていた。


 新幹線の座席は廊下を挟んでふたり席がふたつ。それを回転させて8人が座れるボックス席にする。雅玖の強い希望で、贅沢にもグリーン車になった。


「憧れなんです、新幹線のグリーン席。追加料金は私が支払いますから」


 そう子どもの様な顔で言われれば、真琴としたら叶えてあげたいと思ってしまう。これには壱斗も「芸能人言うたらグリーン席やんな!」と興奮していた。


 比較的おとなしい弐那と三鶴、景五と李里さんで1ボックス、賑やかな壱斗と四音しおん、真琴と雅玖で1ボックス。完全に壱斗と四音対策である。


 正直なところ、壱斗はともかく四音がこんなに騒ぐなんて思ってもみなかった。言い方を変えれば、随分と子どもらしいところが出てきたということなのだろう。真琴としては嬉しい様な、公共の場で大変な様な、複雑な思いなのだった。


 席決めの時、雅玖と一緒に座れない李里さんに真琴は睨まれたものだが、事情が事情だ。譲るのはやぶさかでは無いが、李里さんで壱斗と四音をいさめることができるのか。李里も雅玖に倣って子どもたちに甘いので、そんなふたりだと収拾が付かなくなる。


 お昼ごはんは車内で駅弁を食べた。新大阪駅の売店で買い込んだものだ。これも雅玖は憧れだったのだと言った。


 今ではデパート催事などで駅弁が買えることもあるが、やはり旅の特別感があるのだろう。雅玖は迷いに迷って牛すき弁当と海鮮丼を買い、美味しそうにふたつをぺろりと平らげていた。真琴はちらし寿司を選んだ。


 子どもたちもだが、雅玖も壱斗と四音を落ち着かせながらも相当浮かれていて、真琴はまるで子どもがひとり増えた様な気になってしまっていたのだった。


 そして約2時間半後、真琴たちを乗せた新幹線は無事東京駅へ到着した。

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