第13話 家族の始まり
2階にはもう1室、3畳ほどの小さな和室がある。そこに置かれているのは神棚のみ。陽の光が入る窓もある。カーテンはクリーム色だ。
カーテンが開け放たれた明るいその部屋に皆で入り、
この家を建てるにあたり、
その代わり「
「家作方鎮」とは、無事に家が建てられる様に、そして建ったあとも平穏でいられますようにと願うものである。そして後日、お札とお守りを
今神棚に置いたのはそのお札だ。お守りは
真琴と雅玖、そして子どもたちはお札を置いた神棚にそっと手を合わせる。無事に家が建ったお礼と、これからも安寧に暮らして行ける様にとお願いした。
これからも雅玖や子どもたちあやかしと関わって行くことで、こうしてあびこ観音とのご縁も繋がって行くのだろう。
水回りやそれぞれの部屋も見て回って、その度に歓声が上がり、再びリビングに戻って来た。ソファに腰を降ろし、一息吐く。
「さて、これから一緒に生活をするにあたって、ルールなども決めなければなりませんね。真琴さん」
「あ、はい」
「やっぱり言葉は砕けた方が、夫婦らしいと思うのですが、真琴さん、いかがでしょう」
確かに、雅玖と呼び捨てにしているものの、言葉はずっと丁寧語だった。なので急に崩せと言われても難しいかも知れないが。
「確かにそう、やね。心掛けるわ」
真琴が言葉を選びつつそう応えると、雅玖は満足げに「はい」と頷く。
「子どもたちも、真琴さんや私に気楽に話してくださいね。その方がきっと親子らしいですから。呼び方も、雅玖さまでは無く、お父さん、などと呼んでくれた方が良いですね。真琴さんはお母さんですね」
すると子どもたちが戸惑った様な表情になる。それぞれ顔を見合わせた。
「雅玖さまと真琴さまを、お父さんお母さんて呼ぶやなんて」
だが真琴からしてみれば、真琴はただの一般人である。そんなかしこまられる様な立場では無い。とはいえこれは真琴からの見地だ。あやかしは違う。
なら、こちらから歩み寄ることができれば、少しでも親子らしい触れ合いができる様になるだろうか。
「
真琴はあえて子どもたちの名前を呼び捨てにし、何気なさを心がけて語り掛けた。
「私な、どれぐらい母親らしいことができるか分からんけど、せっかく縁があって親子になれたんよ。生活も一緒にするんやし、労り合いながら暮らして行けたらええなって思うねん。せやからお母さん、とか呼んでもらえたら、母親の自覚も出てくるかなって思う。私、ここを明るくて楽しい家にしたいわ。その方がええと思わん?」
まだ母親になる覚悟ができたとは言い難いかも知れない。ましてや真琴はこの子たちを産んだわけでは無い。だが現実の母も子を産んで、その子を大事に育むことで母にしてもらうのだと聞いたことがある。
産みの親とは状況が違うが、それでもこうして自分で決めたのだから、できる限りのことはしたい。家族仲良く、は確かに綺麗事なのかも知れない。気の合わない親子だっているし、事実真琴は母との関係が良好とは言えない。それが母の独善であったとしても、真琴も巧く対応できないのがもどかしい。
だからこそ、気遣い合うことが大事なのだ。例え血が繋がっていても、最低限の礼儀は必要だと真琴は考えている。父との関係が良いのは、それができているからだと思っている。
真琴の話を聞いた子どもたちの表情が、
「あ、あの、あたし、真琴さまのこと、ママさまって、呼んで、ええですか?」
弐那は内気な子らしく、声も小さかった。それでもどうにか聞き取れた言葉に、真琴はにっこりと笑った。
「うん、ええよ。嬉しいわ」
するとそれで勢い付いたのか、壱斗が「はーい!」と元気に手を挙げる。
「オレ! オレはお母ちゃまって呼んでええ?」
壱斗はやんちゃだと聞いている。もうすっかり丁寧語も取れていた。
「もちろんええよ。大阪おかんみたいで気合い入るわ」
「じゃあ、僕はママちゃまって呼ぼうかな〜」
四音は穏やかな子だそうだ。確かにその柔らかな笑顔は見た者をほっこりと癒す。
「なんや可愛いやん」
真琴が言うと、四音は嬉しそうに「へへ」と口角を上げた。
「じゃあ俺は、母さまで」
不機嫌そうに言う景五だが、この子は普段からこうらしい。決して怒ったりしているわけでは無く、
「うん。ええねぇ」
すると三鶴が「みんな子どもやなぁ」と呆れた様に言った。
「私はお母さまって呼ばせてもらうわ。ええかしら」
「もちろん」
三鶴は物静かな子だと聞いている。大人びている様にも思える。
「じゃ、じゃあ、私のことは何て呼んでくれますか?」
雅玖がわくわくした表情で前のめりになると、子どもたちは顔を見合わせて、一斉に口を開けた。
「お父ちゃん!」
真琴への呼び方と違い、バリエーションの何と少ないこと。これには雅玖も少しがっかりしながら、それでも父と認めてもらえたと思ったのか、嬉しそうにふぅわりと表情を緩ませた。
「はい。ではこれから、新しい
雅玖がぺこりと頭を下げると、真琴と子どもたちの「お願いしまーす」の声が重なった。
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