第10話 子どもたちの名前

 呆然と子どもたちを見てしまう真琴まことに、雅玖がくが心配げに問い掛ける。


「真琴さんは、子どもは苦手でしょうか?」


 いや、そういう問題では無いのだが。


「あまり触れ合う機会が無くて。特に好きでも嫌いでも無いです。意識したこと無いというか」


 真琴はひとりっ子で兄弟姉妹はいないし、数少ない親戚にも小さな子はいない。勤めている割烹でも子どものお客はいないので、関わることがほとんど無いのだ。


 なので苦手かどうかと問われれば、正直分からないのである。


「それよりも、このお子さんらを私らの子どもにって、どういうことなんですか?」


「はい。実はこの子たちは、それぞれ種族の違うあやかしの子たちでして。私は先日もお伝えした通り白狐びゃっこなのですが、この子たちはそれぞれ狼、妖狐ようこ、鬼、天狗、猫又なのです。これから人間世界に溶け込むために、できることなら私たちに預けたいということなのです」


 真琴は子どもたちを見る。不安げな様子の子、期待に満ちている子、冷静な子、様々だ。


 雅玖と生活をすることにはあまり不安は無かったが、子どもたちとなるとどうだろうか。真琴に子育てなんてそんな重大責任、果たせるのだろうか。しかも5人も。


「この子たちは、これまでもきちんと育てられていて、とても聞き分けの良い子たちです。あ、いえ、あまり良い言い方では無いですね。とても、本当にとても良い子たちなのですよ。私もこれまでたくさん関わって来ました」


 確かに今もおとなしくじっとしている。表情こそ移り変わって感情の起伏が見えるが、幼いながらに自制心が働く様である。お利口なのは間違いが無さそうだ。


「例えば、私が嫌やて言うたらどうなりますか?」


「この子たちはこれまでの生活が続くことになります。ですが私もこの子たちの親の様な側面がありますので、時折会いに行くか、家に来てもらうことになるのですが」


「あ、結局私がこの子らと関わるんは、避けられんのですね」


「はい。申し訳無いのですが」


 そう言いながら、まるで悪びれる様子は無い。物腰低く穏やかにぐいぐい来る。ああ、こうして結局は雅玖の良い様になるのだな、と感じた。


 思えば先週だってそうだった。最終的には自分で選んだこととは言え、言いくるめられた感がいまさら沸いて来る。だが真琴に反故ほごにする選択肢は無い。それは筋が通らないからだ。


「子育ては基本私がします。できる限り真琴さんのご負担にならない様にしたいと思っています。ですので、どうかご検討ください」


 雅玖は言うと、深く深く頭を下げた。子どもたちもそれにならう。まるで畳に額を擦り付けるかの様に。


「頭を上げてください」


 真琴が慌てて言うが、雅玖も子どもたちも微動だにしない。


 真琴は人非人にんぴにんでは無い。少なくともその自覚はある。ここまでされてしまって、嫌です、なんて言えるわけも無い。


 いきなり5人の子どもと暮らすなんて、不安が無いわけでは無い。だが子どもたちは雅玖の言う通り良い子たちの様だし、ここで断ってしまうと、後々の生活に響く様な気がした。


 良いところを見れば、乳幼児や幼児期の大変そうな時期を過ぎているのだから、楽ができる、というのもおかしいが、意思の疎通ができそうなだけ、関わりやすいかも知れない。


「分かりました。お子さんたちも一緒に暮らしましょう」


 真琴の言葉に、雅玖と子どもたちが同時にがばっと頭を上げた。その表情は揃って喜びに溢れている。


「ありがとうございます、真琴さん!」


 雅玖の声から安堵が伝わって来た。雅玖も不安だったのだろう。いきなり5人の子持ちになれと言われて、簡単に首を縦に振る人はきっとそういない。


 雅玖たちにはあやかしなりの事情があるのだろう。その全てをむことは難しいが、真琴はお店を持たせてもらうこともあるので、できる限り希望に沿って行けたらと思っている。


「ありがとうございます!」


 子どもたちもこぞって声を上げた。ちょっと可愛いな、そんなことを思うこともできた。ふわりと頬が緩んでしまう。


「私に親らしいことがどれだけできるか分からへんけど、できることはしようと思ってるから、どうぞよろしくね」


 真琴ができるだけ優しい声色で言うと、子どもたちも「よろしくお願いします!」と元気に返してくれた。


「真琴さん、実はこの子たちにはまだ正式な名前が無いのです。なので、真琴さんと私で考えてあげませんか?」


「名前ですか」


 子どもたちを見ると、皆期待に満ちた表情になっている。楽しみにしてくれているのだろうか。それに名前が無いのでは呼ぶことすら大変だ。


「ええですよ。どんな名前がええでしょうねぇ」


「この子たちは見た目の年齢が同じぐらいなので、5つ子として育てようと思っているのです。それにちなんだものにできたらと思っているのですが」


「順番は決まってるんですか?」


「はい。生まれが早い順で、向かって右から1番上、左の子がいちばん下です」


 いちばん上から男の子、女の子、次も女の子、そして男の子がふたり続く。真琴は傍らに置いたショルダーバッグからメモ帳とボールペンを取り出した。


 縦方向に漢数字を書き、それに合いそうな感じをいくつか組み合わせて行って。


「雅玖、こんな感じでどうですか?」


 雅玖は真琴が清書したページを見て、ほっと表情を和らげた。


「あ、良いですね。さすが真琴さんです」


「子どもたちに気に入ってもらえるとええんですけど」


「大丈夫です。真琴さんが付けてくれた名前は、この子たちの宝物になります」


 雅玖は微笑んで、メモ帳を手に子どもたちに向き直った。


「子どもたち、真琴さんが素敵な名前を考えてくれましたよ」


 すると子どもたちは「わぁっ」と盛り上がる。


「いちばん上から、壱斗いちと弐那にな三鶴みつる四音しおん景五けいご。どうですか?」


 雅玖が問うと、壱斗と名付けた男の子が頬を紅潮させる。


「雅玖さま、オレの名前、壱斗……?」


「そうですよ、壱斗」


 雅玖がにっこりと笑うと、壱斗は「やったー!」とはしゃいで拳を上げた。


 弐那は「弐那、弐那、弐那、」と小さく呟きながら、その名を噛み締めている様だ。表情が綻んでいる。三鶴も静かながらも口角がやんわりと上がっていた。


 四音は「僕、四音かぁ〜、嬉しいなぁ〜」と柔らかく目尻を下げ、景五は不機嫌な様に見えるが、その目がかすかに赤くなって潤んでいた。


 喜んでもらえた様だ。名付けなんて初めてだったから緊張したが、良かった。真琴は胸を撫で下ろした。

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