第5話 その道すがら
「実は私、あやかしの世界ではそれなりの地位におりまして」
「はぁ」
だからどうした、と思ってしまう。例え
「ですので、私の自由になるお金もそれなりにあるのですよ。ですので、私と結婚してくださるのなら、そのお礼に真琴さんのお店を建てて差し上げたいです」
「は?」
もう何度こんな声を出したか。雅玖と結婚したら夢が
真琴は雅玖のことをまるで知らない。だが本人が言うのだから、確かにそれだけの財力はあるのだろう。きっと人間の金銭価値に見合うのだと思う。
「それ、ほんまに言うてます?」
「はい。もちろんです」
真琴は眉を
もし雅玖の資産でお店を持つことができたら、それは真琴にとって良いのか悪いのか。自分の力でとこれまで頑張ってきたし、これからも頑張るつもりでいた。自分の力で成してこそ、とも思うが、これは魅力的な話でもある。
しかし、違う。真琴はまだまだ修行中の身なのだ。例え宝くじで億を当てたとしても、実力が伴っていない。自分にはまだ人さまからお金をいただく美味を作ることができないのだ。
悔しいが、それが現実である。2年制の調理師専門学校を卒業したのが20歳、それから約5年、今の割烹で励んで来た。しかし真琴に任されている仕事と言えば、雑用と賄い作りばかりである。
お店に入ってすぐに板場に立たせてもらえるなんて、甘いことを考えていたわけでは無い。それでも料理人の世界にはまだ「男の世界」の名残りがあり、この時代に於いても女性が軽んじられる傾向にある。
今や名をあげている女性料理人も多いが、真琴が勤める割烹は違うのだ。
ならどうして女性の求人を行ったのか。それもまた、時代背景である。うちは女性にも門戸を開いていますよ、周りにそう思わせるための経営陣のパフォーマンスである。
料理長は寡黙な人で、特に真琴に何か言うわけでは無い。だが副料理長や他の同僚は、ことあるごとに「女は」「女のくせに」と時代錯誤なせりふを口にする。
なら転職すれば良いのではと思われるだろうが、それもそう簡単では無い。どうにか5年踏ん張って来て、またいちから修行をし直す勇気が出ないのだ。
よしんば転職できたとしても、そこで問題が解消される保証は無い。もっと辛い職場になる可能性だってあるのだ。特に真琴は和の料理人を目指しているので、どうしてもその色が濃い。
そんな環境なので、修行と言いつつ、実は料理修行はろくにできていないと言っても過言では無い。賄いは作るが、感想やアドバイスをくれるようなことも無く、成長できている実感がまるで無いのだ。その代わり、メンタルはそれなりに鍛えられた自負があるが。
あと少し、あと少し頑張ればお料理をさせてもらえる。そんな希望に縋る毎日なのだった。
「……でも、私の腕じゃ、まだ自分のお店やなんてとんでも無いんです」
「そうなんですか?」
「そうなんです。せやから嬉しいお話ですけど、難しいかなって」
それに、これは雅玖と結婚をすれば、の話だ。真琴にその意思は無いのだから、そもそも成立する話では無いのだ。これでも一応結婚するのなら、好きな人としたいと思っているのだ。
「んー、それでは真琴さん、何でも良いので、ここで作ってみてもらえませんか? 私、真琴さんのお料理、食べてみたいです」
「え?」
真琴が目を丸くすると、雅玖は「ささ、行きましょう!」と真琴の手を取った。
作るのは、まぁ構わない。しかし。
「この格好で?」
真琴は今、
「あ、そうでしたね。すぐに真琴さんのお洋服を持って来てもらいますから。待っててくださいね」
雅玖は素早く立ち上がると、「おーい」とどこかを呼び掛けながら、部屋を出て行った。
そうして自分の洋服を取り戻した真琴は、雅玖に案内され、今、厨房にいる。
大阪のあやかしたちの本部というだけあるのか、広い空間が確保されていた。真琴が勤める割烹に引けを取らないぐらいだ。
「さぁさ、材料など、冷蔵庫にあるものをお好きに使ってくださいませ」
この厨房を預かる料理人も人間にしか見えないが、あやかしなのだろう。おじさまとおばさまのふたりで、ふたりともふくよかな身体に
「すいません、大事なお台所、使わせていただきます」
真琴が言うと、ふたりは「いいえぇ〜」とにこやかだ。
「花嫁さまに使うていただけるなんて光栄ですわぁ。楽しみですわぁ」
あ、花嫁さま設定まだ生きてるんや。そう思いつつ、特に突っ込みはしない。ややこしいことになりそうだったからだ。
真琴はありがたく冷蔵庫を開けさせてもらう。すると業務用の大きなそれの中には、たっぷりと食材が詰まっていた。お肉は牛肉から鴨肉など、猪肉まである。お魚も白身や青魚などと、お野菜も葉物や根菜など、様々だ。
どれもこれも新鮮である。お肉は赤くて艶々しているし、お魚の目も黒く輝いている。葉物野菜はしゃきっとしているし、根菜も張りがあった。
何でも作れてしまえそうだ。しかしとりあえずは1品。さぁ、何を作ろうか。真琴は食材たちを見ながら、いくつかの得意料理を思い浮かべた。
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