第4話 夢を叶えるために
(ほんま、大型犬みたいやなぁ)
それでも動物園やペットショップなどでは、可愛らしかったり凛々しかったりする動物に癒されるし、近くということもあり天王寺動物園に足を運んだこともある。
悲しそうに目の前でうなだれる雅玖さまとやらの頭に、真琴はつい手を伸ばしてしまう。そっと撫でてみると、見た目通りその銀髪は絹糸の様にさらっさらだった。女性の端くれである真琴が羨ましいと思ってしまうほどに。
雅玖さまとやらは驚いたのか目を丸くするが、次にはうっとりと目を細め、真琴の手を受け入れてくれる。
するとその時。
ぴょこん、と雅玖さまとやらの頭に白い獣耳が生えた。
「ほあっ!?」
真琴は驚いて反射的に手を引っ込めた。心臓がばくばくする。まるで手品の様に、いきなり耳が飛び出てきたのだ。
「ああ、ごめんなさい。気持ちが良くて、つい」
雅玖さまとやらは悪びれずに言いながら、首筋を
「耳? なんですかそれ……?」
真琴がおずおずと聞くと、雅玖さまとやらはにっこりと優雅に微笑む。
「私は白狐、白い狐のあやかしなのです。ですから狐の耳があるわけでして」
先ほどはあまりのことに気を失ってしまったが、今回はどうにか意識を保っていられた。もちろん衝撃ではあるのだが、こうして目の当たりにしてしまえば、そういうこともあるのかも、と納得し掛けてしまう。状況に慣れて来ているのだろうか。
「あやかしって、ほんまにこの世にいるもんなんですか?」
「はい。人間さまと同じ姿に変化をして、人間さまの社会に溶け込んでおりますよ。私も近くのスーパーで油揚げを買ったことがあります。人間さまが作る油揚げはふわふわで大豆の味がしっかりと感じられて美味しいですね」
あやかし世界のお揚げさんがどういうものなのか、真琴が知る由も無いのだが、この美丈夫が庶民的なスーパーでお揚げさんの棚を吟味しているシーンは、想像すると少しおもしろい。
「見た目的に、そこはせめてデパートでしょ」
真琴が言うと、雅玖さまとやらは「ふふ」と楽しげに微笑む。
「実は、私はあまり外に出ることができない身分でして。デパートと言うと、このあたりだと
確かに、人間が食を求めるエネルギーは凄まじいものがある。真琴などは割烹勤めだから、そういうお客をほぼ毎日目にしている。美味しいものを求めて目を輝かせるのだ。
「そんで、観音さまのご加護とか結婚とか、どういうことですか? 私は結婚はできませんけど、話を聞くぐらいなら。ええっと、雅玖さま、でしたよね?」
真琴は事情を何も分かっていないのだ。このまま逃げ切れることができたとしても、理由が分からないままではもやもやしてしまいそうだ。
すると雅玖さまとやらは、ぴしっと姿勢を正し、真剣な目でまっすぐに真琴を見た。
「はい。雅玖と申します。どうか雅玖とお呼びください。ああ、そう言えばあなたさまのお名前をお伺いしていませんでしたね。大変失礼いたしました。何とおっしゃるのですか?」
「……真琴です」
本名を告げて良いものか迷った結果、真琴は下の名前だけを伝えた。
「真琴さん。素敵なお名前ですね。真琴さん、私たちあびこを根城にしているあやかしは、あびこ観音さまのご加護をいただいているのです。実は私たちあやかしにとって、人間さまとの
あやかしは人間世界の
あびこ観音は観音さまの総本山だ。ゆえに大阪に住まうあやかしは自然とあびこに集まり、集団を築いている。
結婚相談所は実際にあやかしの中で機能しているらしく、寿命が長いあやかしがともに生きる伴侶を見付けるためのものらしいのだ。同時にあやかしたちの集団の本部の役割も果たしているそう。
「観音さまに結婚祈願や良縁祈願をされた人間の女性を、この相談所に導いてくださる様にお願いしていたのです。とはいえ祈られる女性はこれまでもいたのですが、この相談所を見付けてはいただけなかった。真琴さん、私がここに来てからは、あなたが初めてなのです。これはご縁なのです」
そんなからくりになっていたとは。真琴はこれまでもあびこ観音には何度か参拝し、日々の健康やお仕事のこと、いつか夢を叶えることの決意表明などの様な語りかけをしていた。良縁を願ったことは今回が初めてだったのだ。それがまさかこんなことになろうとは。
「雅玖さん」
「雅玖、とお呼びください」
「……雅玖」
「はい!」
思い切って呼び捨てにすると、雅玖は満足げに口角を上げ、頬をほのかに染めた。思わず、この人マゾか? と思ってしまったが、あまりにも失礼なのですぐに頭から振り払う。
「そう言われてしまえば、確かに私と雅玖はご縁があるんかも知れません。でも私はまだ結婚するつもりは無いんですよ。私には夢があります。そのために今のお仕事をおろそかにすることはできんのです」
真琴は正直な気持ちをきっぱりと口にした。これで分かってもらえるだろうか。解放されるだろうか。
明日からまた6連勤である。早く帰ってごはんを食べてゆっくり眠りたい。色々と予想外のことが起こって、正直なところ精神的に疲れが出ていた。身体が無事なのが幸いだった。
「真琴さんの夢って何ですか?」
ストレートに聞かれ、真琴は一瞬
「料理人として、自分のお店を持ちたいんです。今まだまだ修行中なんです。貯金もせなあかんし」
そう。お店を持つには、お料理の実力もだが、先立つものが何よりも必要である。現実的であるが、当然のことだ。融資もあるが、やはりできる限りは自分の手でと思うのだ。
「お店……」
雅玖は目を丸くした後、何かを考え込む様に黙り込む。そして。
「その夢、私が叶えて差し上げられるかも知れません」
「は?」
予想外なせりふが飛び出し、真琴はまた間抜けな声を上げてしまった。
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