第115話 Side Story とある海上保安官の決断 後編

 さて、なんとか『クロノス』こと『柏木裕哉』と対面することは叶った。

 彼が部屋に入ってくるときにその後ろに2人、いや3人か、女の子の姿が見えた。

 結構モテるようだな。さすがにこの歳になると微笑ましいだけだが、同年代なら殺意を覚えていたかもしれん。

 それは置いておいて、後は、こちらに協力してもらわなければならないが、どうするか。

 名刺を渡しつつ表情を窺うと、浮かんでいるのは困惑と気まずそうな、そして少し嫌そうな内心が表に出ている。

 年相応、いや、まだ学生と考えるならそれなりに表情を繕えてると言えるかもしれないが、まぁ、あまり嘘が得意じゃない性格なのはわかった。

 明智の読み方を間違えて強めに訂正されていたのはご愛敬だ。というか、間違われるのが嫌なら名刺にふりがな振っておくか名刺渡すときに名乗れよ。

 

 正体がばれていることを告げると、拍子抜けするくらい狼狽えていた。

 ……本当に嘘が苦手なんだな。

 明智が余計なことを言ったせいで一瞬彼に剣呑な気配が生まれたのには焦った。

 あれはヤバい。頭に引き金トリガーに指を掛けた銃口を突きつけられたようなイメージが浮かんだ。

 俺も海上保安官としてそれなりに危険な任務には従事していたが、比較にならんな。どんな装備に身を固めていても欠片も勝てる気がしない。

 慌ててとりなし、事情を説明する。

 その際に彼の気配を感じたのか、外にいた3人の女の子、1人は女性と呼ぶべきか、が部屋に飛び込んできたので同席してもらう。

 彼の仲間だろうが、敵対する気が無い以上、多少なりとも女性がいた方が彼の気も静まりやすいだろう。

 これ以上些細なことであの気配を浴びせられたらこっちの身が持たない。

 そういえば、確認されている彼と同じく特殊な能力を持っている仲間も3人の女性だったな。

 

 詳しい状況を説明し、対応策があるか答う。

 当然この時点では満額回答など期待してはいない。彼ができること、できないことを踏まえ、こちらの技術的な対応策に絡めて可能性を引き上げていくのが目的だった、のだが。

「確証はありません。けど、手段はあります」

 まさかの返答だった。

「! 本当か?!」

「ただ、さすがに4200メートルの深海なんて経験が無いので上手くいく保証はありません。それと、受けるにしても条件があります」

 当然の要求。

 よほどの無茶じゃない限り呑むつもりはある。

 明智もそれは理解しているので頷いた。頼むからこれ以上彼を刺激しないでくれよ。

 

 彼が出した条件。

 1つめは当然、というか条件にもならない。

 協力してもらったことの結果については、協力者によほどの重大な過失か故意に失敗するなどが無い限り責任を問わないのは当然のことだ。じゃなきゃ民間人は誰も協力なんてしてくれない。

 2つめの情報提供に到っては依頼の前提でしかないしな。

 ただ、3つ目が問題だ。

 明智が彼に言っていたが、クロノスの正体の秘匿はかなり難しい。今のところは警察では明智以外はおそらく彼の正体に到っていないが、明智がやったように調べようとすれば調べることは簡単にできる。もっともマスコミなどの民間ではそれなりに難しいだろうが、捜査情報にアクセスできる国家機関なら可能だ。

 そして、俺も明智もそれぞれの組織の中間管理職に過ぎない。

 そのことを告げるとあっさりと上を説得しろと言ってきやがった。しかも事務方トップのホモ映像をネット公開する脅し付きで。

 そんなことされたら事務次官はキャリアどころか社会的に死ぬ。いや、ウチのトップは元々そんな噂も……いや、どっちにしてもそんなことになったらマズい。

 それにこちらにはそれを防ぐ手段が無い。彼の言葉にはハッタリ以上のリアリティがある。実際にこれまでに彼が使ったとされる能力だけでもそれが可能だろう。

 

 結局俺たちはその条件を受け入れることにした。

 幸い、彼は自分の能力を犯罪に使うことは考えていないようだ。

 普通の大学生同様に学校に通っているしアルバイトもしている。当然欲はあるだろうが、金銭も馬鹿正直、というのが適切かどうかはともかく、おそらくは能力を使ってだろう、アクセサリーを作ってネットで販売してそれなりに稼いでいるしきちんと税金も払っているらしい。

 誰かに利用される可能性はゼロではないが、少なくとも進んで他者に危害を加えることはなさそうだ。

 逆に余計なことをして追い詰めればどんな被害をもたらすか予想もできない。

 

 

 とりあえず、彼の協力を得られることになった。

 詳細は車の中で詰めることにして、早速移動することにする。

 俺たちに同行するのは彼とレイリアと名乗った女性だ。残る2人は今回は関わらず帰宅するらしい。

 2人で十分だと考えているのか、それとも仲間の能力はそれぞれ得意分野があるのかは分からない。

 移動中に具体的な方法について話し合う。

 まず、こちらが当初考えていた予備の深海調査船に搭乗してもらい遭難した調査船の土砂を彼の能力で除去、その後調査船を不可視の障壁で覆ったうえで水中爆薬で岩盤を破壊するプランを説明する。だがこれに対する彼の反応は鈍かった。

 まず、予備も含め深海調査船の定員は3名。船を操作するパイロットが2名と研究者1名だ。緊急時の対応も考えるとパイロット2名は必須となる。

 彼とレイリアの2名が搭乗するのはかなりきつい。その上外部の様子はほとんどモニター頼りとなる。一応窓はあるが遭難した調査船全体を見渡せるほどの大きさはない。これでは能力が使えないらしい。

 さらに岩盤と調査船が接触しているためにその間に障壁を展開することはできないらしい。これには納得せざるを得ない。密着している2つの物体の間に壁は作れないのは当然だ。

 壁が作れるほどの隙間をつくれるなら調査船を引きずり出した方が速いと言われれば返す言葉はない。

 

 そこで彼から提案された内容は俄に信じがたいものだった。

 曰く、障壁で彼らの周囲を覆い調査船まで沈降し、土砂と岩盤を取り除き調査船を引き上げる。

 ごく簡単に言ってのけたが、そんなことができるならなんの苦労もない。

 疑わしいにも程があるが、彼の言葉を信じるしかないだろう。ただ、彼の予想では調査船のいる海底までは1時間ほど、着いてからの作業時間も同じくらいということで、もし上手くいかなければ別の方法を考えるだけの時間が取れそうではある。

 その場合は現場指揮官の指示する方法での救出作業に同意してくれた。

 彼がトライしている間に別の手段を模索するように現場に指示を出すことにしよう。理解できないではないが、彼は持つ能力の全てを開示してくれていない。ただ、こちらの問いにできるできないで答えてくれるのみだ。

 不安は尽きないが、今は考えるだけ無駄だ。

 

 ただ、彼らの服装に関しては指摘した。

 今の彼らは当たり前だが普通の大学生の格好だ。

 今回の件をすぐに公表するつもりはないが、事故自体を隠蔽することはできないから、やはり彼らには以前同様正体を隠してもらう必要がある。

 それにはやはりあのヒーロースーツを着てもらうのが手っ取り早い。

 ……それに、初期の仮面ライダーシリーズと戦隊物を見て育った世代としてはリアルヒーローは見ておかなきゃダメだろ。

 当初は渋っていたものの、女性の薦めもあって着替えることには同意してくれた。

 着替えを取りに行くことを提案する俺に、彼は無言でどこからともなく水晶玉のようなものを取り出し、次の瞬間には変身していた。

 2人ともだ。

 

 心底驚いた。いや、マジで。

 明智なんか、首都高走ってるのにいきなり暴走族のような蛇行運転始めたくらい動揺している。

 特撮みたいな派手な演出と視覚効果はなかったが、紛れもなく変身!

 表面上、なんでもないように装ったが、内心は大興奮だ。

 個人的にはアマゾンとシャリバンが好きだったなぁ。意外と明智も特撮物は好きだったらしく、昔アイツはライダーマンが好きだと言ってた。どうもアイツは主人公よりも影のあるサブキャラが好きらしい。

 それはともかく。

 やはり『クロノス』の能力は純粋に柏木裕哉が持つものだというのは分かった。特撮物のようにスーツに依存するわけではない。もっとも、スーツにそんな能力を付加できるならそっちの方がよほど問題だが。

 

 そうこうしているうちに本部を通り過ぎて横浜海上保安部の海上防災基地に到着した。

 2人にはここで高速巡視船に乗り換えて現地まで行ってもらう予定だ。

 可能ならばヘリを使いたかったが、その場合は本部長まで話が通ってしまう。巡視船ならば通常業務として俺の権限で指示できる。

 のだが、肝心の2人は船を使わず、自力で行くらしい。

 明智の書類で飛行能力に関する記述は確かにあったが目の前で見せられるとやはり度肝を抜かれる。

 空に浮かび上がった2人はあっという間に見えなくなってしまった。

 あまりの常識外れの光景にしばし部下と2人でアホ面晒したが、明智が近寄ってきたことで我に返る。

「この分だと目撃された能力はほぼ全て使えると思った方が良さそうだな」

「あ、ああ、ちょっと俺の理性が拒否反応を起こしてるがな」

 明智の溜め息混じりの言葉に、俺も同じく頭痛を堪えながら同意する。

 

「と、とにかく、現場は向こうに任せるしかないが、俺たちの仕事も結構な難題だな」

「まったくだ。お前のおかげで頭が痛いよ」

「そう言うなよ。どっちにしても早いか遅いかだけの違いだろ?」

 俺だけのせいにしないでくれよ。

 どうせいずれはオマエが彼に接触して同じことする羽目になっただろうし。

「……今度奢れよ」

「わかったよ。とにかくこれからどうするか……」

「次長! 海洋情報部から緊急連絡です! 東京湾上の高度100メートル付近で突然数十メートルの飛行体がレーダーに映ったと!」

 は?!

 

 俺と明智は顔を見合わせ、慌てて保安部の建物に駆け込む。

 保留にされていた受話器を取り状況を確認する。

「どういうことだ?」

『わかりません! 浦賀水道の南に突然、推定全長20メートル全幅10メートルの飛行体が出現しました。ただ、当該海域の漁船からは飛行体の通報はまだ入ってきていません』

「どこに向かっている?」

『南東の方角です。それと、その』

「どうした」

『速度が、その、どんどん加速して、現在は500ktノット(時速約926km)を超えています』

 空自のドルフィンT4並かよ。

 

「わ、わかった、とにかく、離れていってるなら騒がなくていい。念のため監視を続けてくれ」

 カチャ。

 …………

 …………

「なぁ、明智……」

「…………なんだ」

「どう思う?」

「お前と同じ考えだと思うぞ」

 …………うわぁぁぁぁぁぁ!!

 あのガキやりやがった!

 タイミングと方角考えりゃそうとしか思えん。

 なんでそんないきなり巨大化したのか理解ができん。が、アイツらに関しては理解するのは諦めた。

 けど、どうすんだよ!

 海上保安庁俺んとこ警察庁明智んとこだけじゃ済まねぇぞ!

 絶対、航空自衛隊空自海上自衛隊海自のレーダーも捕捉してんだろ、これ?!

 

「とにかく、まずは警視総監と三管の海保本部長に話を通さないことには始まらんだろう」

「……それもそうだな」

 俺は明智に本部まで送ってもらい、本部長に報告するために書類を作成する。

 自分のデスクに向かってすぐに現場海域で救出作業の指揮を執っていた大原一等海上保安正から『クロノス』到着の報が届いた。

 奴等が出発してまだ1時間程度しか経っていないが、そりゃ亜音速で飛んでいけばすぐに着くだろう。

 くれぐれも扱いに気を付けるように念押しして、救出作業を始めさせる。

 わずか数十分後に半ばパニック状態になった大原から再入電。

 なんでも、『クロノス』が突然全長50メートルを超える首長竜のような怪獣を呼び出し、海中に潜っていったそうだ。

 ははは、もう何を聞こうが驚いてたまるか。

 空を飛ぶ巨大怪獣に海の怪獣、きっとアイツはバ○ル2世に違いない。多分地を走る獣タイプの僕(しもべ)もいるんだろう。

 

 ある意味感情と神経が麻痺していた俺だが、さすがに深海調査船が無事救助されたとの報告には胸をなで下ろした。

 気になって帰宅するどころじゃなかったからな。

 大原から搭乗者の容態を聞いたり、調査船の引き上げ作業の進捗を確認したり、母船の責任者を交えて電話で会議を行なった。

「ところで、『クロノス』はどうした?」

『は? あ、いえ、別室で待っていてもらっていますが」

 頭から血の気が引く。

 マズイ。救助成功の報告からもう1時間近く経ってないか?

「す、すぐに『クロノス』に現状を報告しろ! いいか? 絶対に事情聴取を無理強いをしたりすんなよ!」

「は、はい、了解しました」

 大原は俺の言葉で通信を切る。

 大丈夫だろうな?

 少々不満があったとしてもいきなり何かしでかすような性格とも思えないが、若い奴はいきなりキレたりすることもあるからな。

 まだこっちは本部長への根回しも終わってないんだ。

 下手に不満を持たれて何か行動されても困る。

 

 

 それから数日は死ぬほど大変だった。

 まずはウチの本部長に今回の事故の顛末と『クロノス』の正体に関することを報告し、情報の秘匿について協議した。

 当初は難色を示していた本部長だったが、奴自身が口にした脅しを少々の脚色と誇張でアレンジしたうえで話し、快諾してもらった。

 即日海上保安庁長官への説明と説得に繰り出し、翌日には国土交通省次官の承認を経ることができた。

 明智も同様に警視総監を通じて警察庁長官を説得したらしい。

 そして防衛省に関しては国交省次官の同期とのことで説得をお願いしている状況だ。

 

「にしても寿命が縮まったよ」

「私もだ。警視総監には何度も会ったことがあるが、まさか警察庁長官相手に熱弁振るうことになるとは思わなかった」

 現状の報告のために保安本部まで来てくれた明智と応接室で愚痴を言い合う。

「これで私も仙波もキャリアとしては相当な汚点になったな」

「あ~、すまん。俺のせいだな、やっぱ」

 確かに俺もコイツも職位としてはこれ以上の出世は望めないだろう。

 間違いなく上から目を付けられただろうしな。

 別に俺はこれ以上出世したいとも思っていないが、他人を巻き込んだのは心苦しい。

「……別にいいさ。仙波が言ったように、多分遅かれ早かれ私も同じことになってただろうからな。それに、元々それほど出世に拘っているわけじゃない」

 

 コンコン

「失礼します」

「おお、来たか、入れ」

 応接室に招き入れたのは遭難事故現場に派遣していた大原一等海上保安正だ。

 調査船の撤収と帰還に同行し、全ての任務を終えて帰還したばかりだ。

 報告を受けるために呼んでいたのだ。事務所では話せないことも多いからな。

 明智もどっぷりと関わっているからちょうど良いタイミングだった。

 大原を座らせ、報告を受ける。

『クロノス』に関しても改めて詳細を聞く。

「頼んだ俺が言うのもなんだが、やっぱりとんでもねぇな」

「どこからともなく巨大な怪物を呼び寄せる、か。何度聞いても現実感がないな」

 まったくだ。

 しかも、生身で4200メートルの深海に潜り、数十トンの岩盤と土砂をものともせずに調査船を引き上げるとか。

 

「自分も情けなくも震えが止まりませんでした。彼らはいったいなんなんですか?」

 今更な疑問を大原が投げかけるが、それに対する答えは俺たちも持っていない。

 とにかく、上からの指示で一切の干渉はできないことと情報の秘匿を念押しする。

「それに関しては承知しました。元々職務に関しては守秘義務がありますし。しかし、あれほどの能力、放っておいても良いのでしょうか」

「まぁ、公安あたりは監視くらいはするだろうな。だが、上層部の官僚連中にしたら心底関わりたくないだろうさ」

「他国の情報機関が黙っていないのでは? それに利用しようとする者もいそうに思うのですが」

『クロノス』を知れば普通にそう考えてもおかしくはない。だが、それはないな。

 解説は俺よりも頭の良い名探偵に任せるが。

「それは映画やドラマに感化されすぎだ。実際にあんな能力を持っている人間がいてもまともな組織なら絶対に手を出さないだろう。そもそもコントロールする術がない。異常な能力を持ち、コントロールできないような存在を組織に組み込むことは不可能だ」

「でももし家族や友人を人質に取られたら」

「仮にそれができたとしても、明らかになっている能力だけでもあっさりと人質を奪還されて逆に復讐されるだけだろうな。コントロールできないというのはそういうことだ。それに、彼と同様の能力を持つと考えられる仲間が複数いるのも確認されているが、その規模、構成、能力は何もわかっていない。

 現状で敵対しているわけでもないのにわざわざ手を出す危険を冒す意味がない。当然その存在を知れば監視はするだろうが、できるのはそれだけだな」

 普通に考えればその通りだ。

 

 もちろん世の中には信じられないほどの馬鹿がいる。

 懐柔しようとする奴もいるだろうし、弱みを握ろうとする奴もいる。

 だが、そういった連中は寝ている猛獣を起こしたくない“まともな組織”が自主的に処分してくれるだろうさ。

 事なかれ主義の我が国の官僚連中にとっちゃできるだけ刺激せずに大人しくしていてほしい存在だろう。どれだけ破壊力があろうが、起爆スイッチが自分たちの手にない核弾頭なんざ絶対に視界に入れたくないはずだ。

 かといって、暗殺なんざもってのほかだ。万が一失敗でもしたら明確に敵にまわるんだからな。単独ならまだしも仲間がいるなら尚更だ。ある程度の調査能力と情報分析能力がある情報機関なら同じ結論に達するのは間違いない。

 結果、動向や心理傾向の監視はしつつ、遠巻きにするしかないというわけだ。

 

「そういうわけで、今後に関しては警察も海保も必要以上の『クロノス』への接触はしない。これは決定事項だ」

「了解しました」

 苦笑いをしながらもある程度は納得したのだろう、大原は応接室を出ていった。これからたっぷりと事務仕事に精を出さなきゃならないからな。

「ま、後は上でなんとかしてくれるだろうが、1つだけ問題が残ってるんだよな」

「問題?」

「今回の件の『クロノス』への報酬だよ」

 俺の言葉に明智もなんとも言えない表情をする。

 実際本気で困ってるんだよな。

 内部規定で考えると、民間人の協力に対しては掛かった費用の実費分と日当程度の報賞金が支払われるのが通例だ。

 だが今回の場合、実費というのが存在しない。規定をそのまま適用すると2人分で精々5万円程度ということになる。

 これではいくらなんでもちょっとないだろう。

 

「仮に今回の遭難事故の救助活動を、技術的に可能な企業が存在したとして、掛かる費用は少なくとも数億円は下らないだろうな」

 現場海域へ引き上げるための大型船を派遣して、深海での作業機械を投入。当然その技術を持った複数の作業者が必要だ。

 明智の言うとおり、比較的陸地に近く浅い海に沈んだ船を引き上げるのですら数千万は掛かる。今回のように事実上不可能な海域から引き上げるなら10億以上掛かっても不思議じゃない。

 かといって、現実にそんな民間業者が存在したとしてそれだけの費用を負担してでも実行するかというと疑問だ。

 今回のように人命が掛かっていれば政府が特別予算を計上するかもしれないが、それには該当しないしな。

 

「さて、私もそろそろ戻って仕事をしないとな」

 わざとらしく言いながら明智が席を立つ。

「な、おい! そりゃねぇだろ?!」

 慌てる俺を尻目にさっさと応接室を出ていく明智薄情者

 どうすりゃいいんだよ。

 誰か教えてくれ。

 

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