第92話 勇者のハーレム? 中編
肉体的にはそうでもないが、精神的にはたんまりと疲労を蓄積させて本日のアルバイトもようやく終了。
俺は自宅に帰ってきた。
いつも通りバイクをガレージに入れた、フリをしてアイテムボックスに収納して門を経由して玄関まで。
なんでバイクをアイテムボックスに入れたかだけど、いつでも使えるようにってのも確かにあるのだが、それ以上にスペースの問題だったりする。
親父が本社勤務になった関係で、普段母さんが通勤に使っているコンパクトカーとは別に新たにもう1台車を購入した。それに加えて家には俺とレイリア、ティアのバイクがある。
もともと車2台分のスペースしかないガレージなのでバイクが入らない。いや、無理をすれば入らないこともないが、入れると車のドアが開かないしそれでも2台のバイクを入れるのが精一杯なのだ。
なので今は車と車の間にティアのバイクを置き、レイリアと俺はアイテムボックス(レイリアは収納魔法)で自分達のバイクをしまっている。
それでも親父達が車を出すときは、まずティアのバイクを移動させてから車を外に出し、それから空いたスペースにバイクを戻すという作業が必要だったりする。
非常に面倒ではあるのだが、このあたりの住宅事情では精々車一台分の駐車スペースしか取れないのを考えれば恵まれてはいるのだろう。
もっともそのせいで他の家よりも庭が狭いのだが。
「ただいま~」
「おかえりなさい、ユーヤさん」
「おかえりじゃ、主殿。父上殿と母上殿はすでに帰っておるぞ。茜とメルスリアとリビングで話をしておる。アユミもじゃ」
玄関を開けるとティアとレイリアが出迎えてくれた。
やっぱり誰かにこうして出迎えてもらうとほっこりと心が温かくなる。
すぐに俺も着替えて向かうことを伝え、階段を上った。
「お、来たか裕哉。お疲れさん」
「ああ、ただいま親父」
リビングのソファーに座って茜とメルの相手をしていた親父が首だけをこちらに向ける。
「母さんただいま。何か手伝おうか?」
「おかえり裕哉。そうね、人数多いからテーブルと椅子の準備お願い」
「はいよ~」
返事をしつつ、リビングの片隅に立てかけてある折りたたみテーブルをダイニングテーブルの横に設置し、椅子も4つ配置する。
なにせ茜とメルを併せれば総勢8人の大所帯だ。元から家にあったテーブルだけじゃ足りるわけがない。なので安物ではあるが同じ高さで4人ぐらいが掛けられる大きさの折りたたみテーブルと折りたたみ椅子をホームセンターで買ってきていた。
特に親父が帰ってきてからは家族全員で食卓に着くことが多くなったので毎日のように利用している。
とはいえ、食事時以外は邪魔なので畳んで隅に置いてあるのだが。
テーブルを置くとティアが次々に料理を並べていく。メルの歓迎も兼ねているのか普段よりも品数も多く豪勢だ。
俺も食器を並べたり飲み物を準備したりとお手伝いをこなし、程なくして用意が調う。
母さんが声を掛けると全員が卓に着く。
まず親父が右側を空けて座り、左側に亜由美とレイリア。親父の対面に俺が座り両側に茜とメル、その隣にティアが座る。
何故か亜由美の頭の上にタマが乗ってるが、これはほっとこう。
最近は亜由美から頼まれて、タマを送還せずにずっと家においている。ほとんどペット扱いだ。タマも亜由美からしょっちゅうクッキーなんかをもらってご機嫌だからいいんだが、だんだん野性味を失っていってるような気がするな。
この間イビキかいて仰向けで寝てたし……。
「んで? 話ってなんだよ」
食事を進めつつ親父に聞く。
「ああ、まぁ別に深刻な話ってわけじゃないから心配するな。今はメルスリア殿下歓迎の意味もあるからな。食事が終わってから話すから」
誤魔化してるって感じでもないから、言葉通りなんだろう。
そうとなれば気にしててもしょうがないので、茜とメルに今日の買い物の事を聞いたり、レイリアとティアの電車の感想なんかを聞いたりしながら和気藹々といっていい食事を済ませた。
デザート代わりに茜が買ってきてくれた東京デパ地下の和菓子を食べながら、親父の話とやらが始まる。
「実は、ウチの隣の家の馬場さん、裕哉も知ってるだろ? そのお爺さんが近々老人ホームに移ることを希望しててな」
「え? あのじーさんまだ元気じゃなかったか?」
馬場のじーさんはお隣さんだ。一昨年にお婆さんが亡くなってからは独り暮らしをしていた。
じーさん夫妻には俺が子供の頃からいろいろとお世話になった。ウチは親父が海外にいることが多かったし母さんも看護師の仕事をしていたので、何かと気に掛けてくれていた。
お婆さんが亡くなったときは、俺も自分の祖母が亡くなったような気持ちで恥ずかしながら葬儀のときに涙を零したくらいだ。亜由美なんかはギャン泣きしてたし。
じーさんには息子が2人居て、確か片っぽが海外、もう1人が大阪で仕事をしていると聞いた気がする。
「元気は元気らしいんだが、お婆さんが亡くなってから家のことに手が回らないらしくてな。息子さんは2人とも結婚して離れて暮らしてるし、いっその事まだ身体が動く内に今の家を売って、自立型のホームに入居することを考えているらしい」
「多分、広い家に1人で暮らすのも寂しいんじゃないかしらね」
親父の説明に母さんが補足する。
そういうことなら気持ちはわかるな。
正直少し寂しい気もする。じーさんは良い意味で昭和の頑固親父って感じで、俺もガキの頃はよく怒鳴られたし、ゲンコツももらった。
でも、親が遊びに連れて行くことが難しかった俺と亜由美を動物園や遊園地に連れて行ってくれたこともあるし、良い事をしたときはお菓子をくれて褒めてくれたりもしたのだ。
それでも今後会えなくなるってわけじゃないだろう。
俺が亜由美を連れてバイクで会いに行けば良いだけだしな。
「それでだ、隣接している家だし、ウチで買い取ろうと思ってな。一応馬場さんに話をしてみたら向こうも乗り気でな」
「いや、それは良いけど、買ってどうすんだよ」
「今のこの家じゃ何かと手狭だろ? 建物自体も少し古くなってきてこれからいろいろと手を入れていかなきゃならない時期になってくる。だから隣の土地と併せて、立て替えをしようかと考えてるんだ。聞けば馬場さんの家も一部が老朽化していてある程度本格的なリフォームをする必要があるらしいんだ。まぁだからこそ売ることを考えたみたいだし」
なるほどね。
確かにじーさんの歳で家の本格リフォームをするくらいならその分の金を使って有料ホームに入居した方が先のことを考えると得なのか。
「話はわかった。俺としても特に反対意見は無いよ。まぁ、じーさんの家は俺も亜由美も結構お邪魔してたから寂しいっちゃ寂しいけど、老朽化してるならしょうがないと思うし。亜由美は?」
「ん。私も別に良い。でもお爺さんに会えなくなるのは寂しい。ホームは近いの?」
「すでにいくつか候補はあるらしいけど、それほど遠くないそうだ。歩きじゃ無理だが車かバイクならすぐだな」
そいつは良かった。ちょいちょい顔を出すことにしよう。
「えっと、あの、ちょっといい?」
茜がおずおずと手をあげる。
「茜ちゃん、何かな?」
「私が呼ばれた理由って、何でしょう」
確かに。
今の話はあくまで内輪の話であって、茜には関係ないよな。
「ああ、それはね、どうせなら余裕のある家を建てようと思ってるからね。裕哉と亜由美、レイリア、ティアの部屋は当然としても、やっぱり茜ちゃんとメルスリア殿下の部屋も必要だろう?」
「ふぇ?!」
「!!」
「ちょ?! ちょっと待て!」
俺は慌てて親父の言葉を制止する。
それって、つまりはそういうこと、だよな?
「ん? 裕哉は茜ちゃん”とも”結婚するんだろ? だったら一緒に住む場所が必要じゃないか。俺達とは別に暮らしたいのかも知れないが、折角レイリアやティアが家族になったのに離れて暮らすのも味気ないしな」
何を言ってるんだといわんばかりの顔で親父が曰う。
当然の既定路線と断言する言葉に茜の顔は真っ赤だ。
ってか、「とも」ってなんだ「とも」って!
「ということは、私(わたくし)もご一緒させていただけるのですね?」
「もちろんですとも。もっともメルスリア殿下にこの優柔不断で甲斐性無しの息子を選んでいただける気があるならば、ですが」
「まあ! それは勿論ですわ。そうなると、王城にも皆様のお部屋が必要ですわね。いえ、いっそのこと王都の一角に離宮を建てるのも良いかも知れません。ユーヤさんに対しては近いうちに叙爵される予定となっておりますので……」
いやいやいやいや、ちょっと待とうか君たち。
優柔不断だの甲斐性無しだのと聞き捨てならない言葉もあるが、それよりも、なに人の意志をそっちのけで話を詰めてるの?!
「ということで、部屋の数は俺と美由紀で1つだけど、小さくても良いから書斎が欲しいな。あとは家族分として、う~んと、他に7部屋か。客間もいるな」
「車は3台分とオートバイのスペースも必要ね。それだけ大きくなるとガレージじゃ圧迫感あるわね。屋根だけ付ければ良いのかしら」
「ちょ、モガ……」
流石に口を挟もうとした途端にレイリアに口を塞がれる。
振り解こうにもステータス上俺と互角以上の人型黒龍。あっという間に肩関節を極められ身動きが取れなくなる。
「ふむ、父上殿、我も望みを言っても良いかの?」
「勿論だとも。予算の問題もあるからできないこともあるが、ティアも何か希望があれば言いなさい」
「あ、はい。えっと、私はキッチンが……」
……どうしてこうなった?
何故俺にその気がないのに着々とハーレムの環境が整ってきてるんだ?
外堀はおろか内堀まで埋まってるような気がするんだが……。
「あのさぁ、ちょっといい?」
「亜由美? どうした?」
俺がレイリアに取り押さえられながら頭を抱えていると、亜由美が手をあげて親父に質問した。
「さっき、お父さんとお母さんの部屋以外に7部屋って言ってたよね? 兄ぃと師匠とティー姉、私と茜さん、メル様だと6人だけど、あとひとつって、何? 書斎は別だよね?」
んなこと言ってたっけ?
その前の言葉が衝撃的すぎて覚えてない。
その質問に答えたのは母さんだった。
「え~っとね、驚かないで聞いて欲しいんだけど、あなた達に弟妹ができるの」
「「「「「…………ええぇぇぇぇぇぇ?!」」」」」
衝撃の告白に親父以外の全員が固まる。
俺ももちろんビックリしたが、ついでにレイリアの拘束が弛んだので振り解いた。
「マジで?」
聞き返すが、母さんは少し頬を染めて頷く。
「いや、はははは、久しぶりに日本に帰ってきてみれば母さんが随分と綺麗に、それに若返ってたからなぁ」
「もう! 敏志さんったら!」
イチャつく目の前の熟年夫婦。
どおりで最近2人で休みを合わせて出かけたりしてると思えば。
「で、でも大丈夫なのか? 結構な高れ、何でもないです、ごめんなさい!」
一瞬にして母さんの顔が不動明王みたいになったので即座に訂正する。
怖いよママン。
でも40代半ば過ぎてからの出産って、結構リスクあるんじゃないのか?
「心配しないでも大丈夫よ。期間は開いてるけど2人も産んだ経産婦だし、普通の人よりも身体については詳しいからね。それに身近に専門家も沢山いるんだし、家のことはティアちゃんが手伝ってくれるから負担も少ないわ。仕事も、ギリギリまでは続けるつもりだけど、日勤で負担の少ない業務に変えてもらうから」
仕事続ける気かよ。って、言っても無駄なんだろうな。
「そういうことなら我等が全面的に『ばっくあっぷ』しようぞ」
「はい! なんでも言って下さい!」
「身体のことなら私もお力になれると思います。出産は専門外ではありますが、身体を万全な状態に保つ事なら充分にできますよ」
異世界組が大盛り上がりだ。
特にティアの目がキラキラと輝いてるな。
すっかり俺と茜は置いてけぼりだ。
「まぁ、そんなわけで異論がないなら馬場さんの土地家屋を買い取って我が家を建て替えようと思う」
親父が話の締めに入る。
「……いろいろと言いたいことはあるが、その点に関しては別に良いよ。でも、それにしたって結構な金額になるだろ? 個人間の売買で銀行とかに金借りれるのか? あんなに世話になったじーさんの土地を相場よりも安くしてもらうとか、俺は反対だぞ」
「それは大丈夫だ。俺達も馬場さんには感謝してるしな。売買はちゃんと仲介してくれる不動産屋を通して行うし、相場よりは高く買うつもりだよ。お金に関してもある程度目処が立ってる。この家のローンはもう終わってるし、それなりに蓄えはあるからな。建てかえの費用も土地を担保にすれば問題ない。支払いはお前も負担してくれるんだろ?」
「ああ、そりゃもちろん。ただ、毎月決まった金額ってのは難しいから純利益から割合を決めて出す形かな?」
当然今のところ俺だってそれなりの収入があるからな。それがずっと続く保証はないが、別に極端に贅沢な暮らしがしたいわけじゃないし、必要なお金を残して後は全部家に入れても問題ない。
「まぁ、基本的には俺だけの収入でも月々払っていける範囲で考えてるから、お前の分は預かるだけになるとは思うがな」
家計に関しては親父達に任せるしかないからな。
俺は俺で出来る事をするだけだ。
「契約と家の設計が出来次第、すぐに工事に入ることになるだろうな。一時的にだがどこかのアパートにでも引っ越すから、早めに荷物を整理しておけよ」
「随分急ぐんだな。まだ母さんの出産は先だろ?」
すぐにでも行動したい素振りをみせる親父にツッコム。
「まぁ確かにまだ先なんだが、今のこの家じゃ少々問題があってな」
問題? なんかあったっけか?
「風呂と朝のトイレが、な」
……確かに。
普通の家はどこも大して変わらないと思うが、我が家には風呂とトイレは1つずつしか無い。
なので、人数が多いと間を空けずに順番に風呂に入っても、へたすれば3時間以上かかるし、朝のトイレは人間関係に影響しそうなほど順番争いが熾烈だ。
風呂はともかく、せめてトイレだけでも増やして欲しい。
「お前の部屋はキングサイズのベッドが置けるくらい大きく取るし、防音工事もするから心配するな!」
「んな心配してねーよ!!」
あかん。どうしても話題がそっちに行く。
マジで勘弁してくれ。
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