第46話 勇者の夏の終わり

 俺は今自室のパソコンの画面を見つめている。

 その画面には無機質な数字が映し出されていた。

「く、くっくっく、あーはっはっはっはぁー!」

「兄ぃ、キモイ」

 思わず高笑いが出るがそんな俺に浴びせられる絶対零度の声。

 

「随分な言い種だな妹よ」

「悪い物を食べた兄ぃは病院へ行くべき。パンデミックを起こす前に」

 聞いて下さい。最近妹の兄に対する態度が酷いんです。

 この場合相談する公的機関は何処なんでしょう。

「……予想以上の数字が見えたから少し上乗せしようと思ったんだが」

「大好きですお兄様!」

 変わり身早!!

 

 どうして亜由美とこんな寸劇をすることになったかを説明しよう。

 異世界に行っていた俺は『転移の宝玉』を手に入れ直ぐに一旦日本に戻ってきた。

 戻ってくるときは当初の予定通りエリザベス♀茜ん家の愛犬を召喚して戻ったけどな。

 ただ、向こう異世界の状況が多少落ち着くまでは様子を見たかったので、宝玉を使って再度渡り一月ほど色々と出来ることをこなしていた。尤も後半は約束を果たすために亜由美を向こう異世界に連れて行ったりもしたけど。

 なので今はまだ夏休み中なのである。それもあと二日で終わるが。

 今は5月だって? いいんだよ物語の中と現実にズレがあるのはしょうがないじゃないか。

 古狸の筆が遅すぎるのが悪いんだ。

 

 コホン!

 ともあれ、まだ残っている休みを最後まで満喫するためにも元手が要る。が、アホな帝国と戦うために貯金を使い果たした俺には金がない。

 しか~し! 神(決してヴァリエニスではない)は俺をまだ見捨ててはいなかった。シルバーアクセの売上が月末に入金されていたのだ!!

 金額にして548,751円!!

 この内2割は亜由美の取り分となるが残りの439,000円は俺の取り分である。

 材料の殆どは俺が持っていた物だし、経費は微々たるものだ。しかも来月はこの倍以上の売上が既に確定している。

 な? 笑いが止まらないのも理解してくれるだろ?

 

 取り崩した貯金を補填するには今回のだけでは少し不足だが来月に入金される分を考えると相当余裕が出来る。

 亜由美の話では販売数のペースも落ちるどころか益々上がっていってるみたいだし、上手くいけば年内にも新車でHONDA CB1300憧れの SUPERバイク FOURに手が届くかもしれん。

 

 折角だからと向こう異世界で銀と金のインゴット金属塊や水晶なんかの貴石・半貴石もタップリと入手してきた。しかもアイテムボックスの肥やしになってた魔物素材を売ったら充分資金になったので全く懐は痛んでいない。更に今回は数キロだけだがプラチナ白金も入手することができた。しかも銀塊よりも安かった。驚きである。

 これらを使って少し高級路線の品物を作るのも良いかもしれん。鑑定書とかは付けられないが地金の相場程度の金額プラスアルファ位に抑えればそれなりに売れるかも。

 いや~、夢が膨らむね。

 

 ただ残念なことに向こう異世界で手に入れた宝石の原石、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズが多数あるのだけど活用方法が思いつかないんだよなぁ。でかいのなんか2kg以上あるんだけど、カラットに直すと1万カラットか……うん、間違いなく大騒ぎになりそうだから死蔵するか細かく砕いてしか使いようがない。

 世紀の大発見! とか、面白そうだけどな。全部売ったら幾らになるんだろ。

 

 まぁ、細かい事は後で考えよう。

「取り敢えず、3諭吉の上乗せで良いか? その代わり今後シルバーだけじゃなくゴールドとプラチナも商品に追加したいからそれの準備も任せる。あと、デザインのサンプル的な物も集めておいてもらえると助かる」

「イエス・サー!」

 俺の提案に亜由美がヘンテコな敬礼で応えた。

 ホントに大丈夫かね?

 

「休みもあと土日で終わりだし、明日はツーリングでも行ってくるわ」

「ん。茜さんも一緒?」

「い、いや、特に約束してないが」

 思わず目をそらしてしまった。

 王城で感情が暴走して思わず抱きしめてしまってから茜とどう接して良いかわかんないんだよなぁ。

 俺も茜も一月以上向こう異世界に居たけど結局あの後はロクに会話らしい会話出来てないし、茜も何か俺を避けてるような気がしないでもない。

 どう考えてもアレはセクハラだよね。付き合いが長い分、茜も言い辛いだろうけど。

 

「茜さんと何かあった?」

「な、なんもねぇよ」

 ジトーと半眼で睨んでくる亜由美から目をそらし続ける。

 言えるわけないじゃん。茜にセクハラして会いづらいなんて。

「ふ~~~~~~~~~~ん」

 ~が多すぎだろ。

「変に拗れる前にちゃんと話した方が良いんじゃない? 明日ツーリングにでも誘えば?」

「う゛……」

 正論過ぎて何も言えん。

 中学生に人間関係で説教される大学生……情けなさ過ぎる……

 亜由美は呆れたように溜息を吐いて部屋を出て行った。

 ……ってか、アイツ本当に中学生か?

 

 とはいえ、亜由美の言うことも尤もなんだよな。

 気の合う長い付き合いの友人とこれ以上気まずいのは精神衛生上非常に良くない。

 これで大学が始まれば更に悪くなりかねないし、休みのうちに何とかしないとな。

 しばらく悶々としてから意を決してスマホを取り出す。

 アドレスから茜の名前を押して、コールすること2回、

「もしもし、裕哉?」

「あ~俺、あのさ、明日ヒマか?」

 

 

 

 

 翌日、俺と茜はバイクに乗って船橋を抜けて外房線を南下。

 勝浦で昼食を取り、野島崎に到着した。

 既に夏の盛りは過ぎ身体を抜けていく風はかなり涼しい。

 まだ日は落ちていないがもう少しすると肌寒くなってくるかもしれない。

 朝会ったときは少しぎこちなかったが昼食を取るときにはすっかり元の雰囲気に戻っていた。

 一安心と言ったところだが、やっぱりあの時のことは謝っておくべきだろうな。

 

「わぁ! すっごく綺麗なところね。野島崎って」

「駐車場から結構歩かなきゃいけないのとカップルが多いのが難点だけどな」

 目の前に広がる海を眺めながら笑う茜の言葉に応えながら、源頼朝の隠れ岩とかいう場所を抜け房総最南端の記念碑の所まで歩く。

 幸いそれなりに人は多いが公園自体が広いので混雑している感じはしない。

 もう少しすると夕日を見るためにカップルの団体が押し寄せるだろうが、殺意を抑えられる自信がないのでそれまでには離れることにしよう。

 碑を通り過ぎると海岸沿いにベンチが置いてある。リア充共がいちゃつくために設置された忌々しいベンチだが今は家族連れが使用しているのでどちらにしても使えない。

 なので適当に岩場に腰掛ける。

 さて、どう切り出せば良いものか。

 

 俺は周りから見えないように気を付けながらアイテムボックスから飲み物を取り出す。

 自分用にコーラと茜にはフルーツ系天然水。もちろんガッツリ冷えてる。

「あ、ありがと。後で払うね」

 嬉しそうに受け取った茜がキャップを取って飲む。

 無防備な喉元に目が引き寄せられる。

 茜がチラッっとこちらを見たような気がしたので慌てて視線を外し、俺もコーラをラッパ飲みした。喉を通る炭酸の刺激で少し頭が冷える。

 休憩しながら茜と他愛ない話に花を咲かせたが、どうしても茜に目が行ってしまう。

 何か変な感じだ。意識しすぎかもしれない。

 でも、こうやって見てもコイツって結構可愛いんだよな。昔から俺の周囲にも狙ってる奴結構居たし。

 

「裕哉? どうかした?」

 無意識にボーッと茜を見てしまっていたらしい。茜が首を傾げて聞いてきた。

「あ、いや、なんだ、ホレ……」

 いかん、いきなりでテンパった。自分でも何言ってるかわからん。

「??」

 ええい!こうなったら謝ってしまおう!

「茜! この間はいきなりゴメン!」

「え? ちょ、裕哉? いきなり何?」

 突然頭を下げた俺に茜が戸惑ったような声を出す。

「いや、ほら、前に王城でいきなり抱きついちゃっただろ? だから」

 続く俺の言葉に茜は少しあっけにとられたように固まって、そしてクスクス笑い出した。

「気にしてないよ。もしかして最近様子がおかしかったのってそのせい?」

「そりゃぁ、どう考えてもあれセクハラだろ? 早めに謝りたかったけど、何か言い出せなくて」

 

「戦争に行ってたんだもん。気持ちが不安定になるのはしょうがないよ。あの時裕哉すごく悲しそうだった。だから、気にしないで。それに……(嬉しかったし)」

「え? 最後のちょっと聞こえなかったんだけど」

「何でもない! とにかく、私は気にしてないから裕哉も気にしちゃ駄目! ね?」

 そう言って茜はすごく優しい目で俺を見た。

 俺が気にしすぎてたのか? ……茜の『気にしていない』発言に地味にショックを受けたような気がしないでもない。

「いや、でも、アレから茜も俺の事避けてたような気がするんだが」

「それは! ちょっと恥ずかしかったし……」

 

 ヤバい。何か顔が熱くなってきた。

 ちょっと落ち着こう。

「まぁ、なんだ、その、茜は俺の事恐かったり軽蔑したりとか無いのか? 俺は向こう異世界に居たとき、今回の戦争もそうだけど数え切れないほどの人間を殺してきた。時には命乞いをしている相手であっても必要なら殺した。俺のせいで人が死んだ事だってある。それに……」

 言葉の途中で茜は俺の手を握り、頭を俺の胸に押し当てた。

「恐くなんて、無いよ……裕哉が異世界ですごく辛い思いをしてきたのもメルさんから聞いて知ってる。理解できるなんて言えないけど、何があっても、裕哉がどんなことをしても、私は裕哉から離れていったりしない。だから、私にだけは少しでもいいから弱音を聞かせて欲しいな」

 ゆっくりと、区切るように話す茜の言葉が俺の中に染みこんでくる。

 胸が熱くなり、知らず溢れてきた涙が頬を伝ってきた。

 

 また抱きしめたくなる衝動を腕に力を込めて堪える。

 茜の言葉は直接目の前で人の生死を見ていないからこそかもしれない。

 それでも元々人の生死が身近にある異世界の人間ではない茜の言葉が俺には何よりも嬉しかった。

 いつしか俺は聞かれてもいないのに辛かったこと、理不尽さに怒りを爆発させたこと、悲しかったことを懺悔のように茜に語っていた。

 何も言わず俺の話をじっと聞いていた茜は俺が語り終わると、そっと俺の顔を抱きしめた。

 そして一言、

「お疲れ様。無事に帰ってきてくれてありがとう」

 そう言って微笑んだ。

 

 

 気がつくと随分と日が傾いている。

 どうやら結構な時間話し込んでしまったらしい。

 自分の情けない姿を思い出して途轍もない羞恥に身もだえする。

 この黒歴史を封印してしまいたいが、きっと茜は忘れてくれないんだろうなぁ。

 まぁ、茜のことだから後で揶揄ったりは……するかもしれん……

 取り敢えず口止めだけはしておこう。

 その為ならば多少の出費はやむを得ん。亜由美や母さんにバレる事を考えれば一流ホテルのディナー&ケーキビュッフェくらい安い物だ。

 

 朝から天気が良かったこともあり、夕日が海に沈むこのスポットはカップルを中心に人が増えてきていた。

 俺と茜も本来ならもっと早く帰路につくつもりだったが、折角なので日が沈むのを見ていくことにする。

 ってか、この状況で茜の胸に顔を埋めて慰められてたとか、恥ずかしすぎる。いや、気持ちよかったけどさ。ぷにぷに。

 

 それから待つこと暫し、太陽が水平線に沈み始める。

 空は朱から紫、藍へとグラデーションし海面が茜に染まる。

「……綺麗……」

 茜が呟くが、実は俺はろくすっぽ夕日を見ずに紅く染まる茜の横顔を見ていた。

 無意識に茜の手を握る。

 茜が驚いて俺の方を向く。俺もビックリした。

 けど、手を離す気にはなれず、そのまま握り続け、茜の顔からも目を逸らさない。

 しばらく見つめ合っていると、茜がそっと目を瞑り顎を少し突き出す。

 俺は吸い寄せられるように自分の唇を茜のそれに重ねた。

 

 

 

 完全に日が沈み、薄暗く外灯に照らされた遊歩道を歩いてバイクを止めた駐車場まで戻って来た。

 無論手は繋いだままだ。……念のために言っておくが暗いから危険防止のためである。……本当だよ?

 何か、妙に気恥ずかしくて口数は少ない。

 いや、だって、茜とはかれこれ8年の付き合いだけど、こんな雰囲気になったことないし。

 いつからこのお話は恋愛物になったのか、古狸を問い詰めたいと思っている。

 

「ん~、予定よりもちょっと遅くなったけど、そろそろ帰るか。飯は途中で食うにしてもあんまり遅くなる訳にもいかないしな」

 取り敢えずこの甘酸っぱいような妙な雰囲気を吹き飛ばすかのように軽い口調で茜に話しかける。

「あ、えっと、そう、だね……あの、さ。裕哉」

「ん?」

 茜がなんだかモジモジしてる。トイレか?

「きょ、今日ね、奈っちゃんの所に泊まる事になってて……」

「い゛? んじゃ早めに戻らないと不味くね? 」

「そ、そうじゃなくて、その、お母さんにはそう言ってあって、奈っちゃんにも口裏を合わせてもらう事になってて、えと、」

 ……コレはアレですか? 『初めてのお泊まり』的なヤツですか? え? こんな急展開良いの??

「そ、そっか、と、取り敢えず、ど、どうしようか」

 どうしようか、じゃねーよ!

 落ち着けよ俺! でも彼女いない歴=年齢の俺には難易度高すぎだろ! 『んじゃ、ホテル行こっか』とか言えるヤツ居んのかよ!!

 

 駐車場に置いてあるオートバイの傍らで紅くなって俯く女子大生とテンパる男というアホな絵面を曝しながら意味もなく十数分の無駄な時間が消費された。

 しばらくして漸く腹を括った俺は、まず茜のバイク400Xをアイテムボックスにしまって俺の後ろに乗せる。その後はコンビニでも寄って食い物と飲み物を買うつもりだ。

 何でわざわざタンデムするんだって?

 今の状態だとどっちかが事故りそうだからだよ。

 

 

 バイクを走らせ途中にあったコンビニに寄り、更に走って房総フラワーラインに入る。

 そして目に着いたホテルに入ることにした。

 一応入る手前で、茜の意志を確認する。

「えっと、いいか?」

 何ともスマートさに欠ける、どうしようもなくヘタレた言葉だが茜は黙って小さく頷き俺の腰に回した腕に力を込める。

 ……ここで『やっぱり嫌』とか言われたら3年は引き籠もる自信があるぞ。

 

 駐車場にバイクを止めるがこの先どうしたらいいのかがさっぱり判らない。

 皆初めてホテル行くときとかってどうしてるんだ?

 とにかく何とか入口から中に入ると、受付のようなものはなく、部屋の内装が移ってるモニターのようなものが置いてある。コレで部屋を選ぶのか。

 緊張と慣れない施設に四苦八苦しながら何とかカードキーを手に入れてエレベーターに乗り、部屋に入る。

 ビジネスホテルやペンションとは比較にならないほど広い部屋と大きなテレビ、部屋の中央で存在感を発揮しているキングサイズのベット。

 何とも例えようもない雰囲気で固まっていると茜がクスクスと笑い出した。

 

「わ、笑うなよ」

「だって、裕哉の動きが怪しすぎて」

「と、とにかく飯でも食おうか」

 恥ずかしさを誤魔化すように言うと茜は笑いながら頷いた。

 

 Purrrrrrr・・Purrrrrrr・・

 テーブルにコンビニで買ってきた物を置いた途端に部屋に設置されていた電話が鳴る。

 目茶苦茶ビビった。

 慌てて受話器を取るとフロント? から休憩か宿泊かの確認をされた。

 こういうシステムになってるのか。

 変なところに感心しながらも『宿泊で』と伝えて受話器を置く。

 因みにこの間茜はずっと笑いっぱなしである。

 ちょっと凹みながらも適当にテレビをつけて食事をすると少し落ち着いてきた。

 茜は興味津々で部屋のあちこちを覗いている。

 こういった事って覚悟を決めれば女の子の方が強いのかね。

 

「そ、それじゃ先にシャワー浴びちゃうね」

「お、おう」

 茜の言葉に返事をしたものの、ちょっとだけ落ち着きを取り戻していた心臓がとんでもない速度で鼓動を打ち始める。

 ヤバい、俺大丈夫か?

 落ち着かずに動物園の猿のように部屋の中を行ったり来たりする。

 そうこうしている内に茜が身体にバスタオルを巻いた状態で戻ってきた。

 直視することも出来ずに慌てて俺もバスルームに飛び込んで服を脱ぎ、頭から水を浴びる。

 少し頭を冷やさないととんでも無いことを茜にしてしまいそうで恐くなる。

 

 シャワーを終えて(勿論入念に身体は洗ったよ)部屋に戻ると照明が落とされ、ベッドサイドのランプが頼りなく部屋を照らしていた。

 ベッドには茜が横になりシーツで肩まで身体を隠している。

 その現実感の無い光景に、俺は大きく深呼吸してからベッドに腰掛けて茜の顔を見つめる。

「本当に、良いのか?」

 今更な質問。自分でもどうかと思うが、童貞なんだからしょうがないじゃん!

「うん。ずっと待ってた。大好き」

 俺はその言葉に勇気づけられ、茜にそっとキスした。

 

 

 朝、である。

 窓が無いのでよくわからないが時間的にはそのはずだ。

「知らない天井だ」

 うん。言ってみたかっただけ。

 独りでボケても虚しいのでこの位にしておく。

 左を見ると茜が俺の腕を枕にして眠っている。

 シーツで見えないがその下は全裸である。

 

 昨夜は暴走しないように必死で堪えたものの、茜の可愛さに理性が押し流されてやり過ぎてしまった。

 備え付けのコンドーさんでは戦力不足となり入口にあった小さな自販機に英世氏が消える事になった。ってか、こういうところの値段高すぎね?

 兎に角、初めての相手に対してやり過ぎた。反省。

「ん……ぁ」

 茜が小さく声を上げてからゆっくりと目を開く。

「お、おはよ」

「ん。おはよう裕哉」

 茜が可愛く唇を突き出したので軽くキスをする。

 やばい。自分のキャラに合わな過ぎる。

 

 これ以上はまた理性が決壊する恐れが高すぎるので俺は風呂場に飛び込んで頭からシャワーを浴びる。

 俺と入れ替わりで茜もシャワーを浴びて、服を着る。

「あ~、その、茜、身体大丈夫か?」

「う、うん。ちょっと違和感あるけど、多分」

 お互い赤くなりながらぎこちない会話を交わす。

 チェックアウトの時間まではまだ少しあるし、昨日のコンビニで買ってきた物も少し残ってるので軽い朝食にする。

 

 テレビを見つつ食事を終えると俺達の雰囲気もいつものに戻ってくる。

「まぁ、なんだかんだで忙しかった夏休みも今日で終わりか」

「そうね。それでも異世界に行ってた分、他の人よりも一ヶ月近くも長かったのよね」

 こっちの時間軸を固定してたからな。

 多用すると茜の場合は他の人よりも早く年取ることになるから注意が必要だが。

 

「ま、遊びにだったらまた連れてってやるよ」

「うん、考えてみれば王都の中あんまり回ってないし、また行きたい」

「そだな。兎に角明日からまた大学だ。課題も全部終わってるし、サークルとバイトでちょっと忙しくなるかね」

「…………課題……」

「ん?」

 さっきまで少し赤かった茜の顔が青く変わってる。

「課題……」

「まさか……」

「……忘れてた。2科目分丸々」

 マジで?

「どうすんだよ」

「どうしよ~~!!」

 お馬鹿がここにいます。

 

「とにかく直ぐに帰るぞ!」

「う、うん」

 慌てて支度を調えてチェックアウトする。

 ヘルメットを被ろうとする茜を制止してバイクをアイテムボックスに放り込み、茜を連れて自宅まで転移する。

 とにかく時間が惜しい。

 

「茜は家に帰って課題に必要な資料とノートパソコン持ってこい。その間に俺も準備するから」

「ど、どうするの?」

「2科目分なんて徹夜したって間に合わねーだろ! 異世界行ってやるんだよ!!」

「わかった!」

 あんまりと言えばあんまりな夏休み最後の日に溜息を吐きながら、充電用のソーラーパネルを借りるために斎藤に電話を掛けた。

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