第44話 Side Story メルスリアの想い

「レオン殿下が平原に到着したとの連絡が入ったようです。おそらく明日か明後日には帝国軍と開戦するとの事です」

 エリスがそう伝えてくれましたがわたくしはその言葉にただ頷くだけ。

 現在の状況は王国にとってかなり厳しいものです。

 王国西部の都市フリステルが帝国軍の侵攻を受け占領されてから20日が経ち遠からずこの王都へも軍を進めてくることは明らかです。

 帝国は王国の抗議や和平交渉にも応じる気配はありませんし、一部守備兵力を残し殆どの遠征軍が再び進軍の準備を進めていることを知った王国は近隣諸国に援軍を要請し帝国軍を迎え撃つべく戦いの準備をすることになりました。

 同時に王都より西側の全ての都市、集落に避難勧告を発令し住民を避難させました。

 

 ただ、戦力差は明らかで友好国の援軍を併せても2倍以上の帝国軍を相手にどれほど持ちこたえることが出来るか。

 兄上も再び王都の地を踏めないかも知れないと覚悟して出陣していきました。

 勿論私も同行するつもりでしたが許されず、こうして王城で無事を祈ることしか出来ません。

 今思えば二月ほど前に王城内にある召喚の塔(実際には初期の頃に作られた監視用の塔だったのですが王城の拡張に伴って使われなくなり倉庫代わりになっていたものです)の中にあった魔方陣が何者かによって破壊された事件。その時は既に魔方陣の効力が失われており、魔王軍の残党によるものだと判断されて大きな問題とはされなかったのですが、あれも恐らく勇者の介入の可能性を考えた帝国の仕業だったのでしょう。

 魔王軍との開戦以来慢性的な戦力不足により王城内の警備は万全とはいえない状態が続いています。勿論国の高官や王族に対しては相応の護衛は為されていますが王城全体の警備を万全にするには人手が足りません。

 今は国全体の復興を進めなければならないのと人類全体の敵であった邪神の軍勢との戦いが終わり、まさかこれほど早く次の戦いが始まるとは考えていなかったのです。

 怠慢であった。と言うことなのでしょうか。

 人は怠れば怠った分の報いを受ける、と幼い頃より教わっていましたが、今王国はその報いを受けているのかも知れません。

 

 何れにしても今王国は存亡の危機にあると言えます。

 帝国に蹂躙されれば私達王族は処刑を免れないでしょう。もしかすれば私は帝国の王族に嫁がされ王国を支配するための道具にさせられるかもしれませんが、それを甘んじて受けるつもりはありません。

 ただ私達の命は兎も角、出来る限り国民に犠牲が出ないことを目指すしかないでしょう。

 その為に兄上は出陣し、私は王城で待機しているのです。いざとなれば王城に押し入った帝国軍を王城諸共全ての魔力を使い果たしてでも道連れにするために。

 

 

「ティアは今頃レイリアさんの所へ到着しているでしょうか」

 私はエリスに聞くともなしに呟きました。

「日数から考えればそろそろ到着している頃かと」

 律儀に返事を返してくれます。

「ティアは怒っているでしょうね」

 帝国軍の侵攻を聞き、直ぐさまティアは迎撃の軍に志願してくれました。しかし私はそれを許しませんでしたし、兄や両陛下も同じです。

 ティアはユーヤさんから頼まれたということもありますが私にとっても妹のような大切な娘です。

 確かに戦力としては相当な強さを持っていますが戦争は個々の戦闘力だけで何とかなるものではありません。

 私達王族や貴族はその義務から逃れることは許されませんし、騎士であるレッグ卿も同じです。

 しかしティアは違います。国民と同じく本来戦争などとは無縁の存在でなくてはならないのです。

 納得しないティアを『他国の者を巻き込むわけにはいかない』と突き放し、それでも無断で参加することを防ぐためにレイリアさんの元へ使者として向かわせることにしました。

 レイリアさんが王国に助力する事が無いのは判りきっています。

 ユーヤさんがこの世界に居ない以上、レイリアさんは自らの力の行使を良しとはしないでしょう。ですが私と同様妹のようにティアを可愛がってくれていましたから、何があってもティアだけは守ってくれると思います。

 驚いたことにユーヤさんが元の世界に戻ってからも会うことが出来たようなので、もしかしたらティアをユーヤさんに会わせることが出来るかもしれません。

 

「怒っているというよりも寂しく思っているかと」

「そうですね。でもああでも言わなければ無理にでも戦おうとしたでしょう」

 エリスの言葉に苦笑いをしながら答えます。

 私が同じ立場なら共に戦うことが出来ないのは身を引き裂かれるような気持ちになると思います。なのでこれは私の我が儘です。

 どうかせめてティアだけでも幸せになって欲しい。そんな我が儘。

 

 

 

 私達がそんな思いに耽っていると、部屋の外が俄に騒がしくなってきました。

 何か緊急事態でも生じたのでしょうか。

「騒がしいですね。姫様、少し確認して参ります」

 そう言ってエリスが部屋から出て行きました。

 数十秒の後、エリスが慌てた様子で戻って来ました。

 エリスがそのように動揺するのを見るのは初めてです。いつも飄々と表情を崩さずにいるのに。

 そうはいっても本当はとても優しく思いやりのある女性なのですがね。

 ただ時々とんでもない発言をしたり毒を吐いたりするのは困りものですが。

 ですが、その表情を見るとそれほど悪いことが起きたのでは無さそうです。

 

「ひ、姫様、お、おち、落ち着いて聞いてください」

「まずは貴女が落ち着いた方が良いわ。何があったの?」

 珍しく口調が乱れた彼女の様子に笑いを堪えながら訪ねます。

 エリスは大きく何度か深呼吸をすると表情をいつものものに戻し、爆弾発言を繰り出しました。

「先程王城内の練兵場にレイリア様とユーヤ様が来られました。ユーヤ様は国王陛下との謁見を求めておられます。直ぐに近衛兵が陛下に連絡を行い、ユーヤ様は控えの間へ通されたとの事です」

「え!?」

 一瞬エリスが何を言っているのか理解が出来ませんでした。

 そして、言葉の内容が頭に入ってくると同時に私は部屋を飛び出していました。

 目指すのは控えの間。

 ただ私が居たのは王城でも奥の方にある私室です。こんな時ばかりは王城の大きさが呪わしく思います。

 漸くという思いで控えの間に辿り着いた私は常になく乱暴に扉を叩くと返事が待ちきれずに開いてしまいます。王族として以前に淑女として有り得ませんが、今回だけは許して貰いましょう。

 

 開けはなった扉の向こうに驚いた表情のユーヤさんが立っていました。

「ユーヤさん!」

 私はそう叫ぶと思わずユーヤさんの胸に飛び込んでしまいました。

 ユーヤさんの身体を抱きしめると今までの不安が雪のように溶けていくのを感じます。

 私がユーヤさんの存在を身体で感じて涙を堪えていると、

「殿下。随分と大胆になられましたね。ですが少し周りを見た方がよろしいかと」

 そんなエリスの言葉が聞こえてきて、少し頭が冷静さを取り戻します。

 慌ててユーヤさんから離れると、途端に先程の自らの行動を思い出し顔に熱が上がりました。

 

 ふと視線を感じてそちらを見ると一人の女性がユーヤさんの後ろに立っています。

 私と同じくらいの歳でしょうか、肩までの黒い髪とユーヤさんと同じ芯の強そうな黒い瞳。とても綺麗な方。……胸も私より大きいようです。

「そ、それじゃあ、紹介します。俺の元の世界での友人の茜です」

 ユーヤさんが慌てたように女性を紹介してくれました。

「は、初めまして。工藤 茜といいます。一応簡単に裕哉からお話しは伺っています。よろしくお願いします」

 この方がユーヤさんがよく口にしていたアカネ様でしたか。

 私の想像した姿とは少し違いましたが、とても優しそうで手強そう・・・手強そう?

 何を言っているのでしょうか私は。

 自分の内心に戸惑いながらも私も自己紹介を済ませます。

 

 改めてユーヤさんに今回の訪問の理由を尋ねようとしたときに謁見の準備が出来たことの知らせがありました。

 出来れば直ぐにでも知りたかったのですが仕方ありませんね。

 

 

 

 

 ユーヤさん達が謁見の間から出て行き大臣達もそれぞれの仕事に慌ただしく戻っていきます。

 ユーヤさんとレイリアさんの参戦により今後の方針に変更を余儀なくされたのでその対応のために色々と動かなければならないのでしょう。ただそれは今までの悲壮感漂うものとは異なり希望に満ちたものです。

 たった二人の参戦が全ての流れを変える。

 やはりあの方は勇者であり英雄であるということなのでしょうね。例えレイリアさんが居なかったとしてもそれは変わらなかったでしょう。

 勿論戦力差を考えれば楽観できるものではありませんが、ユーヤさんにはその戦闘力以外の何かが不安を払拭してくれるのです。

 あの方が居れば大丈夫。そう思える何かが。

 

「では陛下、私はアカネ様に城内を案内したいと思います」

「今は我々しか居ないのだから父と呼んで貰いたいのだかな。パパでも良いぞ」

 気が抜けたのでしょうか陛下がいつものように軽口を叩いてきます。

 ですが付き合ってると直ぐに調子に乗るので相手にしません。

「では国王陛下・・・・。失礼します。アカネ様、まずは簡単に城内を案内しますね。といっても全てを見ていると時間が掛かってしまいますのでまずは普段使うところだけにしましょう」

 私はアカネ様に向き直りそう声を掛けた。

「あ、はい、よろしくお願いします」

 アカネ様は緊張しているのでしょうか、丁寧にお辞儀をしています。

「クスッ。知らない者ばかりで落ち着かないかもしれませんが、アカネ様は大切なお客様。もっと気を楽にして下さい」

「あ、あの、アカネ様ってのはちょっと。呼び捨てで構いませんから」

「そうですか? では、アカネさん、とお呼びしますね。私の口調は習慣になってしまっているので気にしないでください。私のこともメルと呼び捨てでお願いしますね」

 そんな会話をしながら城内の施設や中庭などを案内する。

 最後に私の私室まで来て休憩を取る。

 しばらくすればアカネさんの滞在する部屋の準備も整うでしょう。

 

 テラスでお茶を飲みながらお話しをしていると少しずつ緊張が取れてきたようです。

 エリスも加わりアカネさん達の世界の話を聞いていますが、レイリアさんも言っていましたがとても発展した所のようで興味が尽きませんね。

 特に服飾やお菓子など一度でよいので体験してみたいものです。

 しばらく談笑しているとアカネさんから質問が飛んできました。

 今まではどちらかというと私達が一方的に質問してばかりでしたから。

「あの、裕哉ってこっちでどんな生活をしてたんですか?」

「そうですね、少し長くなりますがユーヤさんがこの国に来たときからお話しした方が良いでしょうね」

 そう言いながら私はユーヤさんとの出会いを記憶から取り出しました。

 

 

 ユーヤさんがこの国、いや、この世界に来る事になった切っ掛けは私がこの世界の主神の一人である女神ヴァリエニスの神託を受けたことから始まります。

 その神託は魔族の中に魔王が誕生したこと、その魔王が魔族を率いて普人種や獣人種の国に侵攻しようとしていること、その背後に邪神と呼ばれる存在が居ること、邪神に対抗することはこの世界の者には不可能であること、その為に異世界から一人の勇者をこの世界に呼ぶ必要があることでした。

 

 当時私は王族の中にあってその保有魔力の高さで知られてはいましたが特別な存在などではありませんでしたから、突然神託を受けてもどうして良いか判りませんでした。

 しかし、父である国王陛下と神殿の司祭長にも同時に神託が下り、王城内の倉庫になっていた古い塔に召喚の魔方陣が突然刻まれたことで俄に信憑性を帯びたのです。

 そして国王陛下の決定を受け、私が召喚の儀を行うことになりました。そのやり方は神託と共に私の記憶の中に伝えられていました。

 

 指定された日時に召喚の儀を行い、そこに現れたのがユーヤさんです。

 突然この世界に連れてこられたユーヤさんは相当戸惑ってはいたようですが、聞けば召喚の際にヴァリエニス様に会い説明を受けていたようで意外にもすんなりと現状を受け入れていただけました。

 とはいえ、幾ら神託の結果だとはいえこの世界の都合で有無を言わさず連れてこられたユーヤさんに対して私達は大きな負債があります。

 出来る限りの協力をすることを約束し、勇者となることを承諾していただきました。

 

 ただ、ヴァリエニスが呼んだ勇者とは言っても、その時点のユーヤさんは全く戦うための力を持っていませんでした。魔法を使うことも出来ず、武力は一般兵に手も足も出ないような状態でした。知識があり頭は良いようでしたがそれだけです。

 当然、周囲の者は失望しユーヤさんを侮ります。

 しかし、ユーヤさんはそれらを意に介さず、日も昇らぬうちから身体を鍛え騎士を相手に鍛錬を重ね、日が暮れると夜中まで魔法を学び魔力を伸ばしました。一体いつ寝ているのかと思うほどでした。

 ユーヤさんが怪我をしたり体力が尽きたりしたときのために回復や治癒が使える魔術師が数人常に待機していましたが、その全員の魔力が尽きるまで毎日鍛錬を続けます。骨折や内臓損傷、四肢の断裂すら毎日のように受けながらも鍛錬を続け、寧ろユーヤさん本人よりも回復する魔術師が悲鳴を上げていましたね。私自身も治癒魔法は得意でしたからユーヤさんの治療を行いましたが、毎日毎日幾度も死にかけるほどの鍛錬を行う彼を見て恐ろしさすら感じました。

 そしてユーヤさんは一月もしないうちに城内の騎士全てから畏敬と尊敬の目で見られるようになりました。挙げ句、僅か半年足らずで実戦での剣技は王国最強と謳われていたレッグ卿と互角に戦えるまでになったのです。

 

 魔法でもその姿勢は変わらず、元々の知識もあったのでしょうが瞬く間に実戦的な多数の魔法を覚え、毎日危険な水準まで魔力を枯渇させることで魔力の最大値を高めました。

 流石に何度も止めましたが『普通の鍛え方じゃ何年かかるか判らない。無茶でも何でも出来ることはやる』と言って止めません。

 彼が壊れてしまわなかったのは奇跡のようなものです。

 同じ事をやれと言われても誰も出来ないでしょう。

 

 そして一年が経ち、この国に彼と並び立てるほどの者は誰も居なくなりました。

 同じ時期魔族の活動が活発になり、魔族領に接する国は度々魔族の侵攻を受け始めていました。

 そこでユーヤさんを中心に対魔王軍の遊撃を任務とするパーティが作られることになり、王国からレッグ卿がイルヴェニア皇国からは皇国一との呼び声が高いランス卿が選ばれました。そして勇者を召喚し治癒魔法を得意としていた事で『聖女』などと畏れ多い呼び名で呼ばれることになってしまった私も参加することになったのです。

 それにティアが加わったのは旅を初めてしばらく経った時でしたね。

 

 それから先は各地の魔王軍の拠点を攻撃し戦力を削りながら魔族領深くまで到達し、魔王を倒し、更に力をつけながら邪神を討伐するに到りました。

 

 

 これらのことを語りながら私はアカネさんの様子を伺います。

 私の話を聞きながらアカネさんは時折辛そうな、痛ましそうな表情をしています。ユーヤさんが辿った道の苦難を想像し身につまされているのでしょう。

 その気持ちは容易に想像できます。私自身あの方の側にいて何度も感じた事ですから。

 

 特に今でもはっきりと思い出されるのは初めてユーヤさんが盗賊を倒した時の事。

 ユーヤさんの世界では人を殺すことは最大の禁忌の一つとされていたらしく、ユーヤさんも相当な葛藤があったようです。

 襲ってきた盗賊を返り討ちにしたその日、野営をしていると夜中にユーヤさんが起き出して川で身体を清めていました。交代で見張りをしていた私は『どうしたのですか?』と訪ねるとユーヤさんは少し恥ずかしそうに『いや、どうも身体から血の臭いがして眠れなくてね』そう言います。その時のユーヤさんの悲しそうな瞳は忘れることが出来ません。

 思わずこの胸にかき抱いて慰めたくなりましたが、行動に移す前にユーヤさんは身体を拭いて戻ってしまいました。今でもそれが残ね、いえ、心に強く残っています。

 

 

「あの、ありがとうございました。きっと裕哉が壊れずに戻ってこられたのはメルさんが支えてくれたからだと思います。本当に、ありがとうございました」

 話を聞き終わったアカネさんは立ち上がって私に深く頭を下げました。

 顔を上げたアカネさんの瞳からは止めどなく涙が溢れていましたが、その表情は慈愛に満ちた笑顔です。

 その時に私に湧きあがったものはなんでしょうか。訳もなく叫びたくなるような、憎しみにも似た黒い感情。

 私はその感情に戸惑います。

 アカネさんが私にお礼を言ったのはそれだけユーヤさんを想っているからでしょう。

 ユーヤさんを想い、彼が辛いときに側にいられなかった自分を悔やみ、それでも戻ってきたことを喜び、その助けとなった私に頭を下げる。

 どれほどの想いがあればそれができるのでしょうか。

 

 そこまで考えてようやく私はこの感情に思い至りました。

 これは嫉妬。

 ユーヤさんが艱難辛苦を味わいながらも帰ることを望み、そしてそこにはきっと目の前のアカネさんの存在が大きく影響していた。彼女に再び会うことを支えにして乗り越えた。

 そして彼女は彼の苦難を共に過ごした女に心からの感謝をする。その絆の深さに私は嫉妬している。

 

 2年に及ぶ旅の間、ユーヤさんに異性を感じたことが無かったわけではありません。

 ただ私には王女としての立場があり、ユーヤさんは元の世界に戻ることを望んでいた。

 きっと彼には深く愛情を注ぐ相手がいるのだろうと思っていたし、その相手は彼から度々その名を聞かされていた『アカネ』なる女性であろうと。

 そう思えば彼と想いを通じることなどできるはずもない。

 彼が邪神を打ち倒し王都に凱旋したとき、望めば相応の地位を得ることも容易だった。そしてそうなれば私が彼と結ばれる未来も有り得たろう。

 もしかしたら私はそれを望んでいたのかもしれない。

 ユーヤさんが帰還するとき半ば冗談で『残ってくれることを期待した』などと言ったが実はそれが思わず吐露した本音であったのではないだろうか。

 

 

 

 翌日も私はアカネさんと中庭を散策したり城内を案内したりして過ごす。

 昨日自覚してしまった感情は心に深く沈めることにする。

 いくらなんでも今となっては不毛以外何物でもありませんからね。

 午前の散策を終えて両陛下と私、アカネさんで遅めの昼食を取る。

 国王と王妃が同席すると聞いてアカネさんはかなり緊張していたようだけど、あの父上を見れば直ぐに緊張も解けるでしょう。

 正直公務と私事の落差が激しすぎますからね。

 

 最初はぎこちなく始まった昼食も食事が終わる頃には和やかな雰囲気に変わり、アカネさんも大分打ち解けた様子になった。

 父上も若い娘が同席していることに気をよくして饒舌に話しかけている。

 時折母様が青筋を立てているので後ほど折檻が待っているのでしょうね。同情する気にもなりませんが。

 

 食事が終わり会話をしながらお茶を嗜んでいると、騎士が報告を行なってきた。

「失礼致します。只今レオン殿下からの伝令が到着致しました。吉報であるとのことです」

 これには私のみならず父上も驚いたようです。

 ユーヤさんが昨日出発してまだ一日も経っていないのです。

「構わん! ここへ通せ!!」

 その言葉を受けて騎士が走り去り、程なくして魔法師団のあれは確か副師団長でしたね、が案内されてきました。

「ご報告致します。本日午前フリステル東の平原にて帝国軍と開戦。これを打ち破りました!」

 吉報であると聞いて期待はしていましたがそれでも尚驚きが勝ります。

 8万もの相手にどのようにすればこれほど早い勝利を収めることができるのでしょうか。

 ユーヤさんの起こす奇跡的な勝利は何度も経験していますが、それにしても今回のは極めつきです。

 

「損害は?」

「我が軍の損害は詳細にはまだわかりませんが凡そ千数百程度と思われます。主立った将帥に死傷者はありません。帝国側は死者凡そ3万捕らえた者が5千、戦奴凡そ1万が離散した模様です。加えて帝国軍の総大将である皇太子を捕らえております」

「あ、あの! 裕哉は無事なんですか?!」

 思わず、なのでしょう。アカネさんが口を挟んで訊いています。

 通常であれば不敬ですが当然のことながら誰もそれを咎めません。

「はい。掠り傷一つ負っておられません。尚、この度の戦いはカシャーギー卿が作戦を立案し、先陣を切られた戦果が多大であるとレオン殿下も仰っておられました」

 副師団長もにこやかにアカネさんの質問に答えます。

「そうか。ご苦労であった。他にはあるか?」

「いえ。先ずは陛下に一報を届けよとの命令でした。小官は隊に戻ります」

 陛下が頷いて了承すると彼は踵を返して食堂を出ていきます。その足取りはまるで羽でも生えているかのように軽やかです。

 

 陛下は続いて控えていた騎士に主だった大臣達に今の一報を伝えるように指示を出すと大きく息を吐いた。

「いやはや、僅か一日足らずで損害らしい損害も出さずに帝国軍の半数以上を壊滅させるか。何と言葉に出していいかわからんな」

「改めて聞いても信じられませんね。でも今は多くの民が救われたことを喜びましょう」

 父上の呆れたような言葉に母様が応じました。

 どちらの言葉ももっともですね。

 アカネさんはユーヤさんの無事を聞いて安心したのか少し涙ぐんでいます。

 何というかこの方は庇護欲を刺激しますね。

 私にもこのような可愛げがあれば良いのですが、残念ながら王族にそのようなものは装備されていないのです。非常に残念ですが。

 

 

 翌日、兄上から帝国の首都に進軍するとの報告を受け、再度驚くことになりました。

 ただ、兄上とユーヤさんが勝算ありと見たのなら問題ないでしょう。

 ただ、ユーヤさんの帰りが遅くなってしまうのでまたアカネさんが心配してしまいますね。

 自分の気持ちを自覚してしまったので些か苦しいものはありますが、それでも私から見てもアカネさんはとても好ましく思えます。

 ユーヤさんが戻る前に何とか気持ちに折り合いをつけて、もっとアカネさんと仲良くなっておきたいですね。

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