第71話
業務がまた始まった。
だが、朝っぱらとはいえ確実に客足が少ない気がした。
「……寂しいねぇ」
加藤が残されたブルーとシロに話しかける。
シロは下らなさそうに床に転げていて、ブルーはいつも通り、だが哀愁のある瞳でチラチラと辺りを見回していた。
「でも、今日は新入り、来るからね。まだ小さいからちゃんと面倒見てあげてよ」
そうこう言っている間に、時間がやってきた。
「じゃ、迎えに行きますか……。私と咲月はここにいるから、小石さん行ってきて」
「了解しました」
私は腰を上げて、ロッカールームへ入る。普段と変わらない、どこか緊張させられるような静けさが漂う。扉を開け、そういえばイエロー・アーモンド・アイはいったいどこへ消えてしまったのだろうなどと考えていれば、既にグレーの軽トラは到着していた。
「あっ……」
慌てて運転席へ駆け寄る。いつもと同じ、煙草の臭いを作業服に浸み込ませた関西弁で出っ歯なおじちゃんだ。
「すみません、遅くなってしまって」
「いや、かまへんで。さっき来たばっかやからな。おーん、ほな今回の入荷はアメリカンショートヘア一匹、アビシニアン一匹、シャム一匹、ヒマラヤン一匹、ベンガル一匹、マンチカン一匹。合計六匹。以上やな?」
「そんなに?」
「んあ?」
思わず口を突いてしまった一言に私はどうしようか考えを巡らせる。
「いや、ちょっといきなりのことで詳しく聞かされてなかったもので……」
結局無難な弁明しか頭に浮かんでこなかった。
だが、さんざん猫の数を減らして、その分ゲージを有効に活用すべきだといったはずなのに、むしろ猫の虐殺が行われる前にいた数よりも一増えている。これは由々しき事態。
「……こっち積んどるからな、はよ持ってったって」
荷台に固定具も無しでゲージに入れたままほったらかしていたのかと驚いてしまうが、ひとまず台車に六つのゲージをセットする。
「よし、ほなな。またのご利用お待ちしておりますぅ」
別にそこまで忙しいわけでは無かろうに、おじちゃんは急ぎ足で運転席に乗り込み、大量の排気ガスを私の顔に吹き付けながら去っていった。
「……ひとまず、行こうか」
バックヤードにひとまず置いて、色々飼育用品を与えてやる。数日慣らしてから、展示用ゲージに並ぶ予定だ。
「……加藤さん、どういうことです? なんでこんなにたくさんの猫……もう少し減らしてゲージを広くするべきだってずっと言ってたじゃないですか!」
開口一番、私は加藤への非難を浴びせる。
「え? いや、私知らないけど……?」
「え?」
「店長が全部決めたんじゃないの? 突然猫が来るってこっちも聞いたわけだからさ……」
「そうなんですか?」
結局その足のまま店長室に殴り込む羽目になった。
「店長、小石です」
「はい、どうしたんだい?」
中沢はガタガタガタンと大きな音を鳴らして何かを隠したように見えた。
「何隠したんです?」
「いや、なんでも……」
「見せてください。また警察沙汰になるのは散々なので、ひとまず大丈夫なものなのかを確認したいだけです。見せてくれないのなら何か重大なものなのだと捉えますが……」
そういうと、中沢は少し考えた後、不貞腐れた顔になって机を開け、漫画本を取り出した。
「そうですか。じゃあいいです。私はこれまでからずっと、猫の数を少なくしてゲージを広くとるべきだと進言していましたが、今回なんとこれまでを超える六匹の猫がやってきたんです。これは一体どういうことですか?」
一気にまくしたて、力強く一歩前に足を出したが、中沢の反応はかなり薄いものだった。
「……へ? 猫の注文数とかはそっちで決めるもんでしょ? こっちはそれに判子押してるだけだからなんも知らないんだけど」
「……本当ですか?」
「いやホント。ホントにほんとに。判子押しただけだから」
焦りは微塵も見られず、変わりにひどく狼狽しているだけ。目はうろつきつつもこちらから背ける素振りはなく、嘘は感じ取れなかった。
「……分かりました。失礼しました」
結局釈然としないまま、私は店長室の扉を閉じた。
――どちらかが嘘をついているのか?
そんな表情じゃなかったような気がするが。
――宮田さん?
それはあの状態ではありえない。第一、そんな書類に触れられるはずがない。
――他のとこ?
だから、書類に触れられるはずが無いのに。
どうもはっきりしない。口の中から唾液が引いていく。胸の中で大量の
結局釈然としないまま、私は新入りの子猫ちゃんたちの世話をしていた。
定員オーバーだとしても、やはり猫は可愛いもので少し車の旅での気持ち悪さが取れてきたかと思えばすぐにエサにしゃぶりつき始め、すぐにこちらにも慣れてくれた。
衛生チェックや寄生虫検査、ご飯の躾などをしているうちに、いつのまにやら胸の中の蜉蝣は四散していた。
そして八時、閉店時間三十分前となり蛍の光が鳴り出した。
「よし、小石さんお疲れ。じゃ、そろそろ帰ろうか?」
「そうですね」
「この子達、慣れてくれた?」
「はい、かなりの慣れようです。お客さん、どうでした?」
「うーん、さっぱりだね。あ、ブルーは新しい飼い主さんが見つかって、明後日引き取りに来てくれるらしいよ」
「おぉ、良かったじゃないですか」
ちょうど宮田が抱えてきたブルーの顔を引き寄せ、頬っぺたを擦り合わせる。命の温かさがこちらにも伝わって、ブルーの幸せな気持ちも一緒に伝染した気がした。
「じゃあ、お先に上がらせてもらってもいいですかね?」
「ん? 早いじゃん。今鳴り出したばっかなのに。まあ疲れてるだろうし、いっか」
どうせ実際は早く帰ってくれと言いたいんじゃないかと内心毒づきながら、私は鞄を肩に掛け、スーツケースを押し、ロッカールームを通って外に出た。
ちょうどバスが来て、扉が閉まる直前に飛び乗る。
「……ふぅ」
ひとまず、早く準備をしなければ。作戦もしっかりと隙のないものを立てなければ。下手すればこちらが殺られてしまう。
暗い、三人ほどしか乗っていない車内で私の頭はグルグルと“それ”についての考えを巡らせていた。
テレン
と、スマホの音。取り出してみると、ネットニュースからだった。
――なんだ。
早く閉じてしまおうと思った矢先、文面が図らずとも目に飛び込んできた。
『またも連続殺猫事件の始まりか? ミラクルアース
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