第67話

「そういうことがあったわけで、それから猫を見たらつい左腕が疼くようになってしまったんです」

「……恐ろしいですね」

 これまでのエピソードに、私は時折相槌を打ちながら耳を傾けていた。

「そこで、すぐに追い出されて別れて。その猫は即死です。――でもね、刺した時に一種の高揚感を覚えたのは事実です」

 出た。

「これまであった靄が晴れるような。気持ちかったですね。大動脈がぷちん、って。それが、命の糸が切れる音に聞こえてもう楽しくて仕方がない。思わず悶えてしまうほどでした。ミケ猫を殺したらリヒトへの復讐になると思ったのもその時です」

 ――浅田さんと同じような病気なんだ、こいつは。

 それも、かなり悪質な。

「ここに来て、いけるかなと思って閉店後、シャム猫の首を絞めた。咄嗟にそこにあったのが浅田先輩からもらった鞄でした。それで、マズいかなと思って浴槽の中に放り込んで、そのままお湯を出し続けました。結果、バレずに済んだわけです。……その時は、ね」

 自嘲的に大倉は言った。

「その後なんです。サラにあったのは。シャムの遺体が発見された数日後。ロッカーに向かう途中、室外機の前で座っていたんです。真っ黒でえらく不気味な顔面をした猫が。逃げようと脳は信号を出しましたが、身体は動かず、その大きな瞳に見入りました。で、ふと言葉が口を突いたんです」

 不透明な殺人・殺猫者の瞳が私を捉える。


「『僕を助けてくれるのかい?』ってね」


 サラの方は、ぼうっと瞳を閉じて寝転がっている。くちゃくちゃと口を動かしながら。

「サラは頷きました。変わり果てた姿でしたが、確かに自分のことを分かっていました。それで、『もしかして協力してくれるのかい?』と訊きました。答えはイエス。そして、何か紙の上に立っていたので、その紙を見てみると、『代金に殺した猫の膵臓を寄こせ』と書かれていました」

「……マジですか」

 うちの飼い猫は、一体どうなってしまったのだろう。元愛猫に目を向けるが、それと同時に彼女はふいと顔を背けた。

「それで、決行。サラは、見事に役割を果たしてくれました。元々身体能力は良かったので、これで行ける、と確信しましたね」

 大倉は嬉々として話す。もっとも、表情は笑っていない。

「で、トイレで解剖して、葉山のロッカーへ。あの女は元から大嫌いだった。解剖は大学でも得意だったし、臭いにも慣れていた」

 だんだんと口調がぶっきらぼうになっていく。

「まさかその後、サラにめちゃめちゃに引っ掻かれるとは思っていなかったけど。一回目、シャム猫を殺った時の膵臓もくれってんだから、それでめちゃめちゃにやられて。結局、墓を深夜に掘り返してやったわけですよ」

 大倉は自分の顔にある大きな傷の跡を指さしてニヤリと笑ったが、とても心地のいい話ではない。

 ——そうか、何が起こったのかと思ってたそれはサラに引っ掻かれたものだったんだ。

「また、ちょっとこのままじゃ犯行としては味気ないから、全部を陥れた悪猫あくびょうの死に顔を晒してやろうと思って、膵臓を与えて満足したサラに顔を天井に上げさせた。その前に、ちょうど何かがあった時の証拠の残らない護身用の剣としてローストビーフの塊を持ってきてたからそれでハチワレ猫の頭の一点をひたすら殴った」

 護身用にローストビーフの棒というのはかなり考えたものだが……。

「で、圭壱朗にその前に再会していて、多分何かよそよそしい雰囲気を感じたのか、話をして。それで、停電させる仕掛けは教えてもらった。ローストビーフもね。その前にミケ猫の背中にトリミング中ハサミを突き立てようとしちまって。それで堂々とやり過ぎたらまずいし、ミケ猫を殺すのは自分にけじめをつける一番最後だと決めてたんで、そこはどうにかこらえて、メインクーンを殺りました」

 家は車で三分足らず、としてやった顔。

 なるほど、今川は恐らく学生時代、犯罪について学習するのにローストビーフで人を殺すという手段について学んだのだろう。

「でも、つい先日まで歩いてきていたはずなのに?」

「メインクーンを殺す前の日くらいに、軽自動車を買いましてね。そこから」

 確かに、その辺りから大倉は自動車通勤になっていた。だが、まさかキングを殺すピッタリのタイミングで購入していたなんて。

「圭壱朗はその時に、解剖した死体を運んでくれるとも言ってくれたから。弟としてちょっと後ろめたいものを感じさせていたみたいで……」

 少し、大倉は顔を歪めた。


「悪いな、ホント今思ったらこんなことに巻き込むのはな……兄としてないな」


 すん、と沈黙が地に落ちる。

「で、浅田先輩のやつっすよね。浅田先輩が最近結構自分に話しかけてきたりとかしてて、これもしかして……って思ってて。ホント、申し訳ないんすけど、誘っちゃった。楔形文字みたいな、ゴガラスノミギケンシの名前でね。それでまんまと出てきてくれて、あとはサラがやってくれました。ブチ猫に関しては、自分の中ではあまり悪いことしてる猫じゃないんで、殺すつもりは一切無かった。事実、その後殺したのは、本当に苦しんで欲しくなかったからなんです。あまりにも苦しそうだったので、ナイフで首を切ってあげて。……ただね」

 一瞬言葉を止め、ギラリとした目つきで私たちに向かって言い放った。


「浅田先輩に関しては、死んでもらわないとダメだと思っていた」


「……浅田さんを尊敬していたんじゃないんですか?」

「浅田先輩は本当に良い先輩だったんですけど、やっぱりサイコパスなところがあったり、ちょっとめんどくさいところもあったり。何より、ここでバレたら最後にミケ猫……リヒトを殺せなくなるんで。井戸橋に行って何か色々言いふらされたりしても困るんでね、ここで死んでもらわなきゃなぁって」

 少し可笑しそうに彼は笑った。クヘヘヘヘッ、て。

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