第28話
小石はすました顔で切り返した。
「私のロッカーに入っていたからって、私の犯行になるんですか?」
「そりゃそんなことにはならないけど、現時点で一番疑わしいのあんたになるわけじゃん」
「前回、葉山さんのロッカーに入っていましたけど、今のところどうですか? 犯人だ、ってことにはなってないでしょ?」
「めちゃめちゃ避けられてるけどね!」
加藤は鬱憤を晴らすように叫んだ。
――お客さんいるって、ちょっと。
宮田が心配そうな顔で見ている。
「第一、あんた何なの、なんでこの事件に関わろうとしてるわけ? なんであんた探偵気取って捜査ごっこしてるわけなの?」
「それは、わざわざ言う必要のない理由です」
これまで淡々と返してきたが、わずかに間が空いた。
「うわー怪しー、なにかやましいことがあってやってんじゃないのー?」
「勝手に想像していてください。お客さんもいるんですし、こんなことは止めましょう。前回とは違って、今回はまだ営業時間中です」
小石はそう言い残し、表情を無にして、ゲージスペースから早足で出ていった。
「やっぱ、小石さん怪しくない?」
「ですね……あの、でも正直、私は浅田さんの方が気になるんですけど」
意外な名前に、僕は眠気が吹き飛んだ。
「浅田さん? 何で?」
「実は……」
話しているうちに、加藤と僕は浅田の、爽やかで明るく面倒見の良いというイメージが変わっていくのを感じた。
「……あの子、そんなにサイコパスだったワケ?」
「そうみたいです。動物の解体の授業も好きだったって言いますし……。しかも、なんか最近、事件のことを調べてるような気がするんですよね。さりげなく事件の話題出して、あの時何してた? みたいな」
「ちょっと待って、あの写真見てみよう」
加藤はポケットの中に入れていた、小石が撮った写真を取り出した。
「こういう時だけ、あの子のインスタントカメラが役に立つなんて……」
どこか悔しそうな表情。
写真が出てきた。
――?!
ここから見ても、それは殺猫者の正気を疑うようなものだった。
加藤に隠れて、頭部しか見えないが、頭部は十分割くらいに四角く切り刻まれ、それが元々あった位置にご丁寧に並べられている。頭の部分からは白い、砕けた頭蓋骨が覗いている。目は真っ白で、大きめにカットされている口は血まみれ。脳だけは抽出され、頭の上にでろんと置いてあった。そして、首元には、分かりにくいが穴が開いている跡が残っている。
「……なるほどね、そこで例のかぎ爪が役立っていると。でも、切り刻んでるのはどうなるの?」
「浅田さん、職業は何でしたっけ」
「……あぁ」
それなら、前回の事件で内臓に色々な種類の猫の毛や爪が入っていた、というのも納得できる。
「でも、咲月はごがらすさまがやった! とか言ってなかった?」
言葉に詰まる宮田に、加藤はニヤリとして言った。
「実際認めたくないんでしょう、彼が犯人って」
「……はい」
やれやれと言った感じで、宮田はカクンと首を下に向けた。
「大丈夫、咲月。彼は、犯人じゃない」
「え?」
宮田は一瞬ビックリした後、期待をはらんだ純粋な表情で、加藤を見つめる。
「犯人は、どーせ小石さんだから」
宮田は、しゅんとして、もう一度下を向いた。
蛍の光が鳴り始めた。
死体が見つかって、二時間ほど経っている。あれからみんな大忙しで、僕はまだご飯すらもらっていない。
「とりあえず、色々明らかにするにはまず、第一の事件、第二の事件、で、今回の事件って色々ありますけど、まず一番分かりやすそうな大事の事件を明らかにするべきだと思うんですよ。そう思いませんか?」
マシンガンのようなスピードで、小石は中沢に訴えた。隣の加藤が憎らしそうな顔をしているのは全く気にせずに。
「うーん、確かにそうだね。色々目撃情報も集めなきゃいけないし。それじゃあ、捜査どうしよう?」
「私、ちょっと調べてみます。というか、調べたいです!」
「ふぅん」
中沢は右手に顎を置いて少し考えて、うん、と一つ頷いた。
「分かった。そうしよう」
「え?!」
「ありがとうございます!」
小石は水を得た魚のようだった。あと少しで、喜びのあまり高く跳びあがっていたところだっただろう。
対照的に、加藤はギョッとした表情で、大きな口をあんぐり開けて固まっている。
「そ、そんなことさせちゃダメだと思います。一人のスタッフにそんなこと調べさせるなんて。仮に、仮に、ですよ、彼女が犯人だったらどうするんですか? 良いように証拠を隠すに決まってるじゃないですか」
「ふぅむ」
またもや中沢は思考を始めた。
「そうだな、じゃあ、猫担当三人で調べればいい。少なくとも三人で共犯しそうには見えないからね」
少し皮肉のこもった言い方だった。
「え、私そんなこと出来ませんよ、普段の業務でいっぱいいっぱいです」
「だから、監視しとけばいいんじゃないか? 任せられないなんて言ったのは加藤君なんだから」
「ですけど……。いっそ、警察に届け出を出せばいいんじゃないですか? ここまでくればしっかりとした犯罪です。警察に届け出を出せばきっちり捜査してくれるはず……」
「それはダメだ」
途端に細い目と、太い眉毛を吊り上がらせ、強い抑圧するような口調で中沢は言った。
「警察なんか呼んでみろ、うちの管理体制と言いなんと言い、明らかに信頼が落ちる。そんなことをしなくても、どうせ素人がやったバカな行為なんだ、すぐに捕まるに決まっているだろう。頭の冴える人間も多いことだし、それで何の問題があるんだ。言い方は悪いがこの世の中はまだ動物を“モノ”だと思っている。本気で警察が捜査するとは思えないね。誰か人が殺されでもするのなら別だけど」
小石どころじゃない、一言も息を継がずに七秒ほどで全文を言い切った。
「……分かりました」
「分かればいい」
中沢は眼鏡の位置を正し、
「頼むぞ」
とだけ言って、ズンズンと店長室へ戻っていった。
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