第12話

 次の日になると、早速私はロッカールームで悪魔の臭いと出会うこととなる。昨日よりマシだが、その分、死の香りと虫の羽音が気になって仕方がない。

「おぉ、宮田君か、猫担当の一番乗りは」

 珍しく中沢は眼鏡を外している。

「おはようございます、店長」

「まあいい。ひとまず、まだ開店まで余裕がある。事情聴取と行こうじゃないか」


 面接以来の店長室は、壁が迫るような圧迫感を感じた。いつもこんなところで仕事をしているのかと思うと、店長職も楽ではないなと思う。

「……まず、昨日の七時ごろからの行動を教えてもらおうかな」

「七時ごろですか? ええっと、七時ごろは……棚の整理が終わって、で、色々接客したり、開いてるときはポップとか冊子作りをしていました。あ、そうそう、加藤さんが、この前シャムがいなくなって、死んでしまった事件の時、ゲージやドアを開けっぱなしにしていたことが分かったんです」

 中沢の顔がますます硬く、というか陰鬱な表情に変わった。

「どのように?」

「小石さんが推理ショーをして、です。色々見てたらしいです。最近の態度のおかしさもありましたから」

「……なるほど」

 メモ帳に何か書き込む。

「で、またそこから業務があったり、あとは今川さんが来たのでお話をしていたり。で、そこからハチワレがいなくなって。他の子は、閉店前になってバックヤードに徐々に移してたんですけど、ハチワレは最後の方まで見たいって言うお客さんがいたので」

 話しているうちにこちらまで陰鬱な気分になってくる。

「で、閉店時間になって、私は展示用ゲージのカーテンを全部閉めて。ただ、ハチワレは、ちょっとバックヤードのゲージに残った食べかすなんかに虫が湧いていたので、戻せませんでした。その夜は、訪問ゲージ支援の仕事とか報告書もあったのでちょっとハチワレをそのままにしていたんです。少しなら大丈夫だと思って」

 今思えば……真っ先に掃除して戻してやれば、こんな悲劇は起こらなかったはずなのに。

 私は一瞬鼻をすすってから、続きを話す。

「それで、猫の扉はもう閉めていたので、犬側の扉から小石が掃除に必要な道具とかを犬担当からもらって、猫のゲージに入ると……いなくなっていた、って言うわけです」

「……分かった」

 重苦しそうに、中沢は首を縦に振った。


 水を飲み、少し身体を崩して、また取り調べが再開される。

「それじゃあ、何かまあ、怪しい動きとかそういうの無かったかい?」

「怪しい動き……そうですね、まずは加藤さんの行動。それと、葉山さんですかね。葉山さんはめちゃめちゃ加藤さんのこと責めてたのに、いきなり立場逆転したら怒ったり泣いたり。それで、小石さんが色々暴こうとしたわけです。葉山さんは自分の過去を話すのを渋っていましたが、店長の名前を出されたら諦めたように全部話しました」

 店長、の二文字が聞こえた瞬間、彼はハァ……と深い溜息をついた。

「以前、葉山さんから色々話は聞いていた。ついこの間もお母さんが亡くなられたとは聞いたけど……だが、犯行に至ったか、までは分からないからね。色々アリバイ調査なんかも進めていかなきゃならない。おっと、続きをどうぞ」

「はい。それと、内臓を見て葉山さんがものすごい恐怖心を示してたこと、それを見て浅田さんが勃起してたこと。大倉さんになぜ臭いが効かないのかも気になります。小石さんがなぜ葉山さんの過去を知ってるのか、というのも気になりますし。今川さんがちょうど来た理由、それと、なぜ店長と険悪な雰囲気があったのか」

「あぁ、それは……学生時代、色々あって彼に妬まれているからだ」

 頭をボリボリ掻いて、中沢は言う。

「とりあえずは、そんなものかい?」

「あ、はい、とりあえずは……」

「そうか。なら、仕事に戻ってくれ。……本当に悪いけど、猫の担当にはこの後も協力してもらうことになると思う」

「は、はいっ! あ、そうだ、それと……」


 その出来事を洗いざらい話すと、中沢は細い目を最大限に見開かせ、ただ相槌も打たずに話を聞いていた。

「……そんなことがあったのか。それはまた嫌らしいな……」

「中沢さんなら何か知りませんか? それは一体何ですか?」

「……あまり言いたくはないんだけどね」

「お願いします。加藤さんにもはぐらかされましたし……店長なら知ってるんじゃないですか?」

 中沢は数十秒、うんと考え続けて言った。

「君になら言った方がいいかもしれないね。その方がショップのためにもいいかもしれない。何より、猫への熱意が計り知れないわけだから、きっと大丈夫だろう」

 店長に認められた気がして、私はポッと頬が温かくなった。が、一瞬にして冷たくなる。

御鴉様ごがらすさま、というのは、ペットショップには絶対に来てはいけない魔物だ。そいつが来てしまうと、ショップにいる動物がどんどんと消えていってしまうそうだ」

 ――やはりか。

 メモ帳に漢字を書かれると、あの烏が目に浮かんだ。あれがやはり関係あるのだろうか。

「もっとも、ほぼというか全てが猫のようだが……。なんか人間に恨みを持つものとかいうけどね。詳しくは僕も知らない」

 あっ、と中沢は何か思い出したように席を立った。すぐに何かを持って帰ってくる。


「昨日、ちょうど『忌魔』って書かれたお札みたいなのが投函されてたの」

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