第13話
「キマ? なんですかそれ」
「忌み嫌うとか忌まわしいとか忌引きとかの忌に、魔法の魔、悪魔の魔」
「忌み嫌う魔物……? 魔物を忌み嫌うのか」
お守り的なものなのか?
「どこから届いたんですか」
「隣の県のミラクルアース。電話で聞いたけど、知らないって言われた。良いモノなのか、はたまた悪いモノなのか……」
真っ黒い墨でドンと書かれているこの札は、到底幸福を招くようなものではないと、私の第六感が告げていた。
「とりあえず、店の入り口にでも貼り出しといたら良いかな?」
「んん……それなら、倉庫の裏とかの方が良いんじゃないですか?」
なんとなく、人前に当たってはいけない気がして思いついた場所だったが、中沢はうんと頷き、札とセロハンテープを抱えて店長室を出ていった。
――え、私は?
「……猫担当のみなさん、ちょっと時間いただいてもよろしいですかね?」
「はい?」
ちょうど昼時で、客の数は少ない。
バックヤードで三人は中沢と話し出した。
「何でしょう」
「ちょっとね、内臓ね、色々分析してみたから見てみてよ。色々面白いことが分かったからさ」
虫取り少年のような無邪気な顔で、まだ生臭さの残る袋を見せびらかす中沢を見て、大事な猫を失った立場としては何かと複雑だった。
「そうですか……どんなことが分かったんです?」
「まずね、めちゃめちゃ不思議なんだけど、膵臓が無い」
「……は?」
「膵臓?」
「落としたんじゃないんですか?」
「いや、加藤君、それは違う。ロッカールームでそんなもの見たかい?」
「……じゃあ、腐ったとか」
「腐るような地面がどこにあるわけ? 外は無いでしょ、まさか」
「蟻とか食べに来るんじゃないですか? それで分解されて、みたいな……」
「うーん、その可能性も否定はできないけど、可能性は低いような気がする。見かけないし」
それでもハエは頻繁に見たが?
「……なぜ膵臓だけ無いんだろう。他の部分はキレイに残ってるのに」
「そんなこと私に聞かれたって困りますよ」
宮田は他人事のように払いのけた。
「まあいいけど。それとね、腸に興味深いものが残っていた。普段のエサとは違うものだ。なんとね、イカが入っていた」
「……イカ?!」
「結構塊のまま残ってたね。そんな細かく砕いたみたいなものじゃない。焼きイカかな? 分からないけど。少なくとも、それを食べた時刻は簡単に割り出しても九時前だと思われる」
「……なんで?」
「怖いよね。ますます不審だよね、ホント」
今度は怪談をするような顔になって女性三人をぞろりと脅かす。
「もしかしたら、これとかに毒が入って殺された、って言う可能性もあるし。ま、これからもちょっと調べてみる。店長って、意外と暇だからね。それじゃあ……」
と、中沢は小さな紙きれを二枚取り出し、さりげなく私と小石のエプロンのポケットに入れた。
「ちょっと、お知らせ」
彼が指定したのは、ペットショップからさらに田舎方面へ向かったポルトガル料理店だった。
「……お、来てくれたね。良かった、来てくれなかったらどうしようかと思ってた」
店長の誘いを断れば、この細い首が飛ぶのは目に見えてる。
「で、これは何なんです?」
小石が不審な顔して口火を切った。
「これはね、ちょっと作戦会議みたいなもの、と言えばいいのかな」
「……作戦、会議、ですか」
「そ、作戦会議。まあまあ座って座って。ポルトガル料理なんて初めてでしょ?」
「一度あります」
小石が間髪入れず言うと、中沢は鼻白んだような表情をした。
「わ、私は初めてです」
慌てて空気を取り戻しにかかるのが疲れる。空気を読めない新人は敏腕インテリ店長のヤバさを何も分かっていない。
「まあ、依頼はね、二人を中心に犯人捜しをしてほしいな、ってこと」
――はい?
「どういうことですか」
「そのまんまよ。これ以上猫が殺されちゃうとやっぱ困るからね。犯人を炙り出してほしい。なるべく早いうちに。宮田君の天然だけど観察力があるところと、小石君の頭の回転とかはすごく相性がいいと思う。二人でタッグを組んで……」
「それは出来ません」
バッサリと言われた中沢はまたしても鼻白んだ。少し怒りを含んだ眉毛の形に代わる。胸の内では、新人が生意気な、なんて思っているのだろう。
「えー出来ない? 別に二人だけでドラマみたいに捜査するわけじゃないのよ。周りの人と色々協力しながら……って感じだけど」
「嫌です」
断固とした態度だった。厚い厚い壁を通す矛は、この場には無い。
「誰かに頼まれてそんなことをするのは嫌なんです。本気で猫のために命を懸けてやってるような人じゃないと、私は組みません。ただ……」
「ただ?」
中沢は期待をはらんだ上目遣いで小石を見る。
「どれだけの情報を提供してくれるのか、その質と量によっては考えてあげてもいいかもしれませんが」
あぁ、なんて賢い女なのだろう。
凄腕インテリ店長がまいった、と両眼を手で押さえている。
私は感嘆とともに警戒心を覚えていた。
この女、絶対に危ないと、脳内で目を焼くほど赤い信号がチカチカと点滅している。
小石はポーカーフェイスを保ちながらも、唇を少し上げていた。
「……分かった。完全に僕の負けだ。料理も来たことだし、情報提供、やろうか」
彼女は満足げにコクリと頷き、すぐに探偵の顔に戻った。
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