第2話 神官は本当にみんな全身つるっつるだったのか
さて今回は、第一話の続きとも言える、体毛の考察。
対象は、古代エジプトのお坊さん集団。神官です。
【まずは結論から】
古代エジプトの神官には、禿頭、眉毛なしで描かれているレリーフが数多く存在するそうです。よって、古代エジプトの神官の多くは頭髪をはじめとした体毛を剃っていた、と考えて良いと結論付けられます。
――と、私は考える事にしました。
しかし、全ての神官がそうであったとは言えません。
――と、わたしは結論を付け加える事にしました。
この結論に至るまでを、以下に書かせて頂きます。
ボヤいてすみせんが……いやこのネタ、ほんと結論を出すのに苦労しました。頭が爆発するかと思いました。
【神官および神殿が重んじていたもの】
古代エジプトの神官は、とにかく清潔第一でした。
文献1) によると、神官は
全てのですよ。頭どころか、腕、足、腹、胸、陰部、それに眉毛や睫毛まで。
しかも、研究目的に神殿にやってきた異国人に対しても、「神殿の中に入りたかったら、髪と眉毛を剃らんかい」と要求する徹底ぶりだったとか。
他にも、神官はみな禿頭だったと記述している書籍があります2)。 それは、新王国時代(その中でのアメンホテプ二世)古代エジプトのテーベにあるアメン・ラー神殿の神官の朝について書かれているのですが、みんな同じ身なりに丸坊主で、体格と歩き方以外では見分けがつきにくいという一節が存在しました。
日本の大寺で修行僧が一列に並んでる様子と同じですね。
極めつけに、他の文献3)。4)にもこう書かれていました。
第19王朝以降は、神官はいつも頭髪を剃るようになっていった
と。
海外の文献を探しても、『神官は全身の毛を剃っていた』という記述がわんさか出て来ます。
そっかー。神官はみんな、全身つるつるだったのかー。お手入れ大変だねー。
と一旦は納得しかけた私。
だがしかし。
いやちょっと待て、と思い出したのです。
第一話の巻き毛と髭はどこいったん?
ここから、頭が爆発しそうな文献探しが始まりました。
なにせ、ど素人が持ってる文献なんて、たかが知れてます。信憑性は落ちますが、インターネットからの情報にかなり頼りました。
というわけで、すみませんが本考察の信憑性の低さに関しては、ご了承ください。
【ホントに全員が全員、全身つるっつるだったのか?】
同じ文献4) にあったんですよ。自毛を巻いて垂らしていた神官がいた、と。
しかも、インターネットから拾って来た、第18王朝のテーベにあったという貴族の墓のレリーフには、髭の生えた神官と巻き毛を垂らした神官と、禿頭の神官がガッツリ描かれているんです。しかも、全員眉毛ありで。
こうなると、追求したくなるが私の悲しい性でございます。
とにかく神官のレリーフや彫像を、書籍やネットで検索しまくりました。
【レリーフや彫刻の実際】
●第18王朝 巻き毛や髭のある神官を描いたレリーフについて。
これは第18王朝のものだからでしょ? とも考えました。禿頭が義務付けられたのは19王朝からだから、別に変ではないよね、と。
しかし、次を見つけてしまったんです……。
●第26王朝 朗唱神官の彫刻(主任朗唱神官ぺディアメンオペの彫刻 カイロエジプト博物館蔵)。
彼は、ショートヘアもしくはバズカット的なスタイルで、眉毛もありそうな彫りが施されていました。
●第19王朝 アニのパピルスや、センネジェムの墓のレリーフ
これらにも、付け髭とは思えない髭のある神官が描かれていました。眉もありました。
ちなみに眉は、アイラインのように『描いているだけ』の可能性もあります。古代エジプトでは入れ墨もできましたし。だから眉墨をする人もいたかもしれません。
しかしながら、実際に眉が描かれてない神官のレリーフも存在するので、眉が描かれてあるものは、もう、眉があったと判断していいんじゃないかと考えました。だってあんな兄弟双子が大集合してるようなレリーフじゃ、眉がリアルかどうかだったなんて分んないじゃない(若干やけっぱち)。
【古代エジプトの自然環境から考えてみた】
そんなこんなで混乱してきた古代エジプト神官達の体毛事情ですが、彼らの生活環境からも考えてみました。
禿頭はいい。
眉や睫毛が無いと、汗が目にダイレクトに入ります。しかも、古代エジプトは現代よりも降水量があって、現代でもたまに雨が降るのですが、それが砂嵐の時期と重なると泥水が降ってくるようなものだったらしく(エジプト考古学者先生のyoutubeより)。
眉毛や睫毛が無いと、泥水で目が汚染されまくりじゃないですか。眼病にならへんの? と。
そんなこんなで、神殿は本当に全身つるつるを義務付けていたのか。考えれば考えるほど怪しくなりました。
まあ、この程度の疑問は『神に仕える者の務めだから』の一言でカタがつきそうなのですが。
【例外を発見】
インターネットから拾って来た文献なのですが、ヘロドトスがこのように述べていたそうです。
『喪中は神官も、髪や髭をそるのをやめていた』
またハトホル神殿の神官の髪型については、禿頭ではなく、前頭部を剃って真ん中から後頭部の髪をのばしたスタイルの神官もいたそうです。実際にその彫像の写真もありました(いつの時代かは不明)。
【気付いた事】
レリーフの写真を見ていて気付いたのですが、髭を生やしている神官は全て、豹の毛皮を着ていました。豹の毛皮を着るのは、セム神官(口あけの儀式など葬儀の一切を取り仕切る神官)です。
次に、文献4) では、巻き毛をしていたのは朗唱神官(呪文を唱える役目の神官)であると記されています。また、この巻き毛については、カツラだとか自毛だとか専門家の間でも意見が分かれているそうですが、文献4) では自毛説を推しておりました。
私は、この巻き毛に関しては、自毛もカツラ(エクステ的なもの)も両方あったんじゃないかと考えています。メンフィスの大神官が巻き毛の房を頭に結んでいた、という文献1) もあるので。
加えて、第19王朝から神官達はいつも頭髪を剃るようになったとは文献3).4) に書かれていますが、体毛全部、とは書いてありませんでした。
あと、これを言っちゃあダメかもしれませんが、ヘロドトスの『歴史』は全部鵜呑みにしてはいけないんだな、と思うような文面も、文献に書かれてありました(神官の食事に関する禁忌についての部分にて)。
【AIがすっきり解決してくれた】
こういうヤヤコシイ疑問に対するAIさんの回答は、あまり役に立ちません。結構、嘘をつく事が多いからです。
けれど、『古代エジプトの神官が体毛を全て剃っていたと証言したのはヘロドトスだけですか?』という私からの質問に、あるAIさんがこう回答してくれました。↓
いいえ、ヘロドトス以外にも、古代エジプトの神官が体毛をキレイに剃っていたと記述している古代ギリシャやローマの歴史家は少なくありません。
例えば、古代ギリシャの歴史家であるストラボンは、次のように記述しています。
「エジプトの神官たちは、体毛をすべて剃り落とします。これは、彼らが神聖な存在であることを示すためです。」
また、古代ローマの歴史家であるプルタルコスは、次のように記述しています。
「エジプトの神官たちは、頭髪と体毛をすべて剃り落とします。これは、彼らが神聖な存在であることを示すためであり、また、汚れや病気を防ぐためでもあります。」
このように、古代ギリシャやローマの歴史家は、古代エジプトの神官が体毛をキレイに剃っていたことを、ほぼ一致して記述しています。
ただし、これらの記述は、あくまでも古代ギリシャやローマの歴史家の視点に基づいたものであり、必ずしも正確であるとは限りません。
実際、古代エジプトの壁画や彫像の中には、髭や髪の毛のある神官が描かれているものも存在します。
そのため、古代エジプトの神官が全員体毛をキレイに剃っていたのか、それとも、一部の神官だけが剃っていたのかは、必ずしも明らかではありません。
しかし、少なくとも、古代エジプトの神官の中には、体毛をキレイに剃っていた人が一定数存在したことは間違いないでしょう。
↑以上です。
『全員全身つるつる説』は、後のギリシャやローマの歴史家たちが言ってるだけだった。
つまり、お墓で発見されたレリーフや神殿のレリーフには、『神官は全員かならず全身つるっつるにしてます』とは書いてないわけです。
まあ、AIさんの言う事なんですが。この内容、半分くらいでっちあげてるとしても、それなりに説得力はあります。
【実のところ】
だから実のところ、今は細かいところまで分らない。という事なんだと思います。
朗詠神官の頭にくっついていた巻き毛が自毛かそうじゃなかったか、現代でも専門家の間で意見が分かれているくらいですし。
レリーフや彫刻に禿頭の神官が多く描かれていて、後の歴史家たちが『古代エジプトの神官は全身つるつるにしていたよ』と述べているから、現代でも今のところ、『古代エジプトの神官全身つるつる説』を推しているんだろう、と私は考えました。例外は無視されている状態なんですね、多分。
考察はまだもう少し続きます。
【例外とは?】
じゃあ、その例外というか、少数派はとどのつまり、なんなのよ?
という疑問が次に出て来ました。
以下は、ど素人である私なりの解答なので、合っているかどうかは分りません。
神官には、階級というか、役職がいくつかありました。
多分、まだ詳細ははっきりとはしていないのだと思いますが、最高司祭(または大神官)から下はウアブ神官(ほぼ雑用係)まで、色々あります。
――で、高位職は一握り。多くが非常勤の一年に三回くらい、約一か月の期間神殿に泊り込んで仕事する人達でした2) 5)。
だからおそらく、組織の多数を占めたであろう、こういう非常勤の人達が禿頭および全身の体毛を剃っており、数が多いのでレリーフにも描かれる事が多く、それが『古代エジプトの神官の姿』として認識されているのではないかと、私は考えました。
よって、例外は呪文を唱えたり専門的な知識や技術が要求される、朗詠神官(巻き毛してる人)だったり最高司祭であったり、セム神官(豹の皮を着て髭生やしてる人)だったりする、専任と思われる神官です。
彼らには、季節労働者として召集される多くの神官とはまた違ったルールが存在したのではないかと考えています。
あとは、上記の≪例外を発見≫で書いた『喪中』であったり、『仕える神様の特性の違いによるもの』ですね。
あくまで私の想像ですが。
追記:2023/12/3
文献4)p44 で見つけました。
新王国時代には、頭の横で巻き毛を作るスタイルは、王子あるいは王の葬儀でセム神官を務める者のヘアスタイルであったと記されていました。
え、巻き毛は朗唱神官じゃないの? という疑問は残りますが、やはり役職や役割で髪型が変わっているという説は間違いではなさそうです。
【女性神官は?】
ここまで男性神官ばかり書いてきましたが、神殿には女性神官もいました。
彼女達の体毛管理は比較的ゆるく、清潔であれば髪を剃らなくてもよかったらしい5) です。
【カエムワセトやイエンウィア、フイ、そしてレイはどうなるのか】
私の作品の主人公だったり重要な登場人物である、神官達。ほんじゃあ、彼らの姿はどうなるの?
ここまで必死に考えたのは、全てはカエムワセトをはじめとする、男性神官のキャラクター像を史実に沿って確立させる為です。
私自身、真実を追求する事に熱中して、うっかり当初の目的を忘れるところでしたが。
では一人ずつ、イメージを固めて行きます。
●カエムワセト
王子と、メンフィスにあるプタハ大神殿の神官の、二足のわらじで生活している彼は、非常勤だったと思われます。
ならウアブ神官などの下級神官だったかというと、そうでもありませんでした。彼が最高司祭になる前でも、アピス牛の葬儀という大事なイベントの責任者を任されたりと、結構重要なポジションにいたようです。この辺はなんというか、王族パワーですね。上司はちゃんといたようですが。
王族は、神殿でセレモニーがある時だけ頭を剃ったという記述5) があるので、多分、カエムワセトも神殿に務める時だけ髪を剃ったんじゃないでしょうか。
●イエンウィア
彼は最高司祭の補佐役。
だから常勤の神官です。
最高司祭補佐の体毛事情は正直想像もつきませんが、文献1) の主任朗唱神官がバズカット風で眉毛もありそうな様子(第19王朝からは1,000近く後なのでなんとも言えませんが)から、清潔でさえあれば、全身つるっつるでなくてもよかったのかもしれません。とはいえ、きっちりしたイエンウィアの性格上、不潔に直結するような、まとまった体毛はキレーに剃っていたんじゃないかと思います。
キレーにね。
●フイ
フイはプタハ大神殿の最高司祭です。
彼はキャラクター設定上、個人の拘りで全身つるつるで、しかも毎日剃っている事にしてあるので、変更はしないことにします。
彼はゴーイングマイワイウェイな人。ルールなんてポイします。
●レイ
彼はアマルナ時代のアテン神官。
しかも医者で、元○○(すいません、これを言うとネタバレになるので伏せます)という、かなり特殊な立場の人です。
だから、私の考察を彼に当てはめると……ああもう、よく分りません。
けれど医者なら現実問題清潔は大事なので、髪の毛は剃っていたであろうという結論になるのですが。
作中では髪があったということにしてしまったし、とりあえずは、もうそれでいいやと思います。
彼はこれから書くカエムワセトが主役の話とは、別の物語の登場人物なので。
【まとめ】
こんなわけで、私独自の判断に任せた、かなり曖昧な考察になってしまいましたが。
以上、古代エジプト神官(新王国時代)の体毛事情でした。
長い考察文をここまで読んで下さって、ありがとうございました。
【参考文献】
1) 図説 古代エジプト生活誌 下
エヴジェン・ストロウハル:著
内田杉彦:訳
原書房
2) 古代エジプト人の24時間 よみがえる3500年前の暮らし
ドナルド・p・ライアン:著
大城道則:監修
市川恵里:訳
河出書房新社
3) 古代エジプトを知る辞典
吉村作治:著
東京堂出版
4) 図説 古代エジプト生活誌 上
エヴジェン・ストロウハル:著
内田杉彦:訳
原書房
5) インターネットの記事 多数
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