第16話 新入部員? ver.1.2

 放課後、優乃は部室に行くまで「今日はなにを話そうかな」と考えながら歩いていた。だらだら話すだけだから、ちゃんとした話題がなくとも構わない。


 とはいえ、優乃としては何かトピックを持っていきたかった。例えばバイトのことを話してもいい。ただバイトと言っても一人親がやっているバーの手伝いをしているので、てつがく部の面々に変に気を遣われたくないし……。


 うーんと考えつつ上を見ながら歩いていたら誰かにぶつかった。


「ごめんなさい!」咄嗟に優乃は謝る。


「こちらこそごめんなさい!」


 黒髪でいかにも気が弱そうな小さな少女。背は雪希よりも低い。シースルーの前髪に、後ろはポニーテールになっている。まるでシャンプーの宣伝のようにさらさらだ。髪型も相俟って幼い感じがする。

 白の半袖セーラーでスカート丈は長め。持っているスクールバッグには何が入っているのかわからないが、非常に重そうだ。上履の色から1年生ということがわかる。


「先輩はこの部活の人ですか?」


 少女がてつがく部のクラス表札を指さす。


「そうだよ?」


「実は私、ちょっと問題があって……」少女はこちらに目線を合わそうとしないで、目が泳いでいる。


「問題?」


「なかなか入れなくてぐるぐるしてたんです。先輩優しそうだし。お名前うかがっても? あ、いやごめんなさい。私から名乗らなきゃ。私は雨宮祈って言います」


「ウチは山口優乃。で、問題って? てかここで立ち話もなんだから中入ろっか」


 2人で中に入ると雪希が本を読んでいる。


「雪希、お疲れ。外で迷ってる子がいたから連れてきた」


「はじめまして」と雪希。


 その冷たそうな態度に祈はビクッとする。


「わわわわわ。あの、私ちょっとその、えっと……悪いことしました?」


「大丈夫だよ。あれが平常運転だから。なんだったら興味津々で話してみたいとさえ思ってる」


「勝手に人の心を代弁するな!」


「雨宮さんだっけ、座って座って。お茶……と思ったけど、ゆめいないからお湯なかったわ。話聞くよ」


「すみません。失礼します」


 雨宮の身動きは不自由なロボットのようだ。


「私、その、えと……登校するのが苦手なんです。いわゆる不登校なんです。学校怖くて……ですから、カウンセラーさんと話していたらいいところがあるよってここ教わって……」


「あーね。雪希のご同輩じゃん。ねー雪希! こっちおいでよ」


「わかった」と言って雪希が近くの席に腰を下ろした。


「……だからその、見学したくて来たんです。どんなことをしゃれているんですか? 噛みました」


「話しているだけ」雪希が淡々と言う。


「雪希、そうやってとりつく島を与えないのよくないよ」


「私がどう接しようが勝手だろ?」


「雪希どうしたんだよ。そんなツンケンして」


「してない!」


「雨宮さんごめんね。普段はもっと違うんだけど……」


「いえいえ。その、一ツ橋さんも不登校なんですよね。だからなんていうのかな、同族嫌悪みたいな……そんな感じなのかなって思います。わかんないんですけど……だから私は無理にここへは来ませんね」


「ちょっと待って! そんなことないと思う。雪希、ほんとにそれでいいの? ウチは雨宮さん見てると昔の雪希を見ている気がするよ。それでもいや?」


「それだからだ」


「そっか……雨宮さんもそう言ってるし、雪希もそういうなら仕方ないけど、雨宮さん行く場所なくなっちゃうんじゃないかな? 雪希はそれでも後悔しない?」


「それはずるい」雪希は怒りとも悲しみとも取れるような険しい表情を浮かべた。


「優乃はいつからそんなに弁が立つようになったんだ……やれやれだ。歓迎しよう。私は一ツ橋雪希。雨宮さん、よろしく」


 そういって雪希は手を差し出す。雨宮はその手を握りしめた。


「あれ〜 どなたかいらっしゃるんですか?」ゆめがふんわりと部室に入ってきた。


「今来たのがゆめね。葛城ゆめ。こっちは入部希望の雨宮祈さん」


「よろしくお願いしますね。それにしても髪の毛が神々しいほどにおきれいですね」


「あわわわわわ……そんなそんな!」


 雨宮は顔を真っ赤にする。


「今日は偶々、お茶菓子を多く持ってきたのでラッキーでした。お湯もあるのでお茶にしましょうか」


「え……ほんとうにお茶会するんですか?」


「そうだよ。てかこれしかしてないよ」


「嬉しいです。私クッキーとか大好きで、自分でも作るんです」


「そうなんだ! どんなの作るの?」


「えと……クッキーの上にジャムが乗っているやつとか、スライスしたアーモンドが入ってるやつとか、マドレーヌとかも作ります。あとあと、チーズケーキとかアップルパイもできます! あ、ごめんなさい話しすぎました。早口でキモかったですよね」


「そんなことないよ。誰でも好きなものについてはたくさん話したくなるから」


「山口先輩ありがとうございます」


 へへ〜と優乃は鼻の下を伸ばす。


「優乃、先輩って呼ばれたのがそんなに嬉しいか?」


「そりゃ嬉しいでしょ。今まで後輩とかいなかったし。ウチは大歓迎だよ!」


「こんな可愛らしい方が後輩にできるなんてわたくしも嬉しいです。さ、お茶にしましょ」


 雪希だけがどこか浮かない表情をするなか、4人はお茶を飲みお菓子を食べ始めた。



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