第2話 サイドストーリー#1 きっかけ ver.1.1

 高校2年。春のとある日。

 中山優乃なかやま ゆうのは公民の授業をサボると決めた。不良というわけではないが、こんな勉強をしてなにになる? という思いが強い。


 他にもサボっている学生は学食にたむろっているが、彼女は図書館を選んだ。ギャルっぽい見た目に似合わずミステリー好きなのだ。なにかいい本を見つけて、図書館で読もうという魂胆である。


 小説のコーナーで本を物色する。前々から読みたいと思っていた『十角館の殺人』にしよう。貸し出し手続きはあとにして、席に着こうと本をぺらぺらめくりながら歩いていたら突然、躓いた。


 慌てて下を見ると本が散乱している。どれも分厚いハードカバーだ。

 その中心には真っ黒なショートヘアの少女が床に座っており、目が一瞬合う。シルバー縁の眼鏡もあってか、視線の鋭さにビクッとする。


「ご、ごめん」


 床に座るという非常識なのは相手だったが、つい謝ってしまった。


「べつにいい」


 眼鏡の少女は素っ気ない。


「あのさ、席あるし、あっちで読んだら?」


「そうだね」


 そう言っても動く気すらない。


 仕方ないので、席に着いて本を読み始めた。すると後ろから声をかけられた。振り向くと、気さくだが少し抜けている学年主任の男性が立っている。サボったのを叱られると身構えると、ヒソヒソ声で話しかけてきた。


「中山さんは、一ツ橋さんと仲いいのか?」


「一ツ橋さんって誰ですか?」


「あそこの床で本を読んでる子だよ」


「いや、知らないです」


「実は彼女、ほとんど不登校なんだ。来ても図書館に閉じこもっちゃうから困るんだよ……仲良くしてくれないか? 中山さん、そういうの得意かと思って」


 優乃は不思議な気持ちになった。呆れ? 反感?


「先生、お言葉ですけど、友人ってそうやって作るものじゃないと思いますよ」


「そ、そうだよなぁ」


 学年主任は頭をかきながら去って行った。これで読書に戻れる。


 ◆


 別日。放課後。


 優乃はまた図書館に来ていた。先に借りた本は少し難しすぎたのだ。さすが本格ミステリーと言われるだけはある。もう少しエンタメ寄りがいい。


 そんなことを考えながら書架を見ていると、また一ツ橋が床で本を読んでいた。なんとなしに彼女の方を見ていると、彼女の周りを男子学生が取り囲むように立っていた。


 なにか話しかけられているらしい。急いで近づく。


「お前、邪魔だよ」「どけよ」「てか、よく見たら可愛いね」


 少女はうつむいて本を読んでいるふりをしているが、ページはめくられていない。反対の手はスカートをぎゅっと握っている。


「お前らこそ邪魔なんだよ!」


 優乃は怒鳴った。教員の言葉なんて関係ない。そこに震える少女がいたから声を出した。あの時の大人のようにはなりたくなかった。


 相手はこっちの胸ぐらを掴んでくる勢いだ。


 多勢に無勢。こんなんじゃ喧嘩にもならない。なら一発ぶん殴っとくか、と思ったら声がかかった。


「ここは図書館です! うるさい方は出て行ってください!」


 髪をハーフアップにした、タレ目の少女がビシッと指を指している。よくわからないが、めちゃくちゃ怖い。ヤンキーとかが持っている怖さとは違う、怒らせたら怖い系だ。


 男子もそれを感じ取ったらしく、そそくさと去って行った。


 ハーフアップの少女が優乃に話しかける。


「ありがとうございました。わたくしも声をかけようか、どうしようか、迷ってまして……」


「こっちこそ、うるさくして悪かったよ」


 優乃も素直に謝罪する。


 ハーフアップの少女が一ツ橋に話しかける。


「一ツ橋さん、大丈夫でしたか?」


 彼女は頷いたが、手は震えていた。


 ハーフアップの少女が続ける。


「あの、前から言おうと思っていたんですが、一ツ橋さんがよかったらスクール・カウンセラーのところへ行ってみませんか?」


「嫌だ。私は病気ではない」


 優乃が口を挟む。


「一ツ橋さんがなんでいつも図書館にいるかとか、正直どうでもいいんだけどさ。でもあんたが思っている以上にみんなは心配してるんだよ。10回に1回くらいでいいから、その好意を受け入れてみたら?」


 一ツ橋の鋭い視線が優乃に突き刺さる。優乃はそれでもひるまない。じっと2人は見つめ合い、優乃が先に動いた。


「まぁいいじゃん行こうぜ。そこの人も案内して」


 3人はスクール・カウンセラーの元へ向かった。


 ◆


 スクール・カウンセラーに相談すると、別室登校という制度があるらしいことが分かった。教室に馴染めない生徒がそこを利用するらしい。


 一ツ橋は怒ったように終始、一言も話さなかった。


 3人でその部屋に行くと、クラス表札には「文芸部」の文字がある。すでに廃部らしい。


「汚い! テンション上がらない!」


 優乃が机に積もった埃を指先で払った。


「そうですね、こんな薄暗いところに一ツ橋さんを1人にするなんて、嫌ですね」


 ハーフアップの少女が独り言のように言う。


「だから嫌だったんだ……」


 一ツ橋がどこか寂しそうにつぶやく。


「じゃあさ、部活ってことにしない? 乗りかかった船的な感じで、そこの名前わからないお姉さんもいいでしょ?」

 優乃が提案する。


「わたくしですか? わたくしは葛城ゆめと言いますが、わたくしで務まりますか?」


「葛城さんね! いいじゃんいいじゃん。たぶん3人とも本好きでしょ? そうだなー 一ツ橋さんってどんな本読むの?」


 優乃は強引に進める。


「哲学書」


「じゃーここはこれから哲学部の部室ってことにしよ!」


「部を作るためには諸規則があるかと思いますが……」


 ゆめが現実的な問題を指摘する。


「そこは葛城さんに任せる! そういうの得意そうじゃん。カウンセラーの人をうまく丸め込んでよ。柔らかい物腰で懐柔しちゃって!」


「ええええ〜」


「そこのクラス表札も書き換えちゃおうよ」


 そういって優乃がクラス表札を抜き取ってくる。


「哲学って、こういう字だっけ?」


 なにかの裏紙に「哲学」と書いて、雪希の方を見る。


「あっているが、哲学はもともとPhilosophyを訳した言葉だから、愛知みたいな方が正しい」


「え〜それじゃあ都道府県名みたいじゃん? じゃあこれで!」


 優乃は、ひらがなで「てつがく部」と書いた。

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