第5話 雨が降る確率ってなに?

 昼休みになると学生がどっと学食に押し寄せ、列を成す。葛城ゆめは教室から出てくるのも遅ければ列に並ぶのも遅い。他の生徒が我先に行こうとするのに対して、ゆめは自分から道を譲っているように見受けられた。


 そんな彼女を友人たちは「天然」「おっとり」と評すが、彼女自身にその実感はない。むしろ表出するほどの自我がなく、あらゆるものへの執着が薄く、面白みに欠けると自認している。自分なんてどこにでもいる高校生なんだと思う。窓の外は雨雲が広がっていた。


 放課後、ゆめが部室に入るとすでに優乃がいていちごミルクを飲んでいた。


「おつ〜!」


 優乃は小さい子どものように気分が表情に出やすい。今日の気分は上々といったところか。ゆめは「おつかれさまです」とすっかり癖になった敬語で返す。


「倫理の小テスト終わったね!」


 優乃の気分がいいのはこのためだったらしい。そしてたぶん手応えがあったのだろう。


「いい感じだったんですか?」


「うん。いつも雪希の話を聞いてるから簡単だった!」


「そうですね。雪希さんの話の方が難しいですもんね」


「ほんとだよ〜」


 二人して笑い合う。

 ゆめは優乃の裏表がない感じが好きだ。些細なことで不機嫌になることもあるが、そうやってなんでも表に出してくれると安心できる。雪希も感情を出すことを躊躇わない。嫌いなものは嫌いとはっきり言うタイプだ。


 もしかするとこの3人のなかで最も感情を出さないのは自分かもしれないと、ゆめは思い至り少し憂鬱になった。


「どしたん??」


 優乃がゆめの表情を読んですぐに問いかけてくる。

 ゆめは「なんでもないです!」と慌てて答えてから話題を変えた。


「雪希さん遅いですね」


「だね〜 いつもならこの部屋の備品かよって思うくらい早くからいるのにね」


「私は備品ではない!」


 そう言いながら雪希が早足で部室に入ってこようとして転びそうになり、ゆめが受け止めた。雪希の顔面がゆめの豊かな胸に埋もれる。雪希は「ありがとう」と言い、ゆめから離れたがその視線はゆめの胸に釘付けだった。


 雪希は「危ないな……」と言いながら自身の足元を確認すると、ピンクのビニール傘が転がっておりそれを拾い上げた。


「ごめん! それウチの! 立てかけておいたんだけど倒れたぽい!」


「お前〜!」


 雪希が低い声を出した。


「あのっ! もしかしたらわたくしが部室に入ってくる時に倒したのかもしれません。ごめんなさい」


 ゆめが助け船を出したことにより、雪希は怒りの矛先を収めざるをえなかった。彼女は咳払いをして眼鏡を直し、いつもの席に座った。優乃は「ごめんて〜 そんな怒んなよ〜」と言い、雪希は棘のある声で「怒ってない」と言っている。


 ゆめが気をもみ話題を振った。


「あら? 今日は雨なんですか?」


 優乃が答える。


「テレビで降水確率70%って言ってたよ。雨とか嫌だけどね〜 ゆめは傘忘れた的な?」


「いえ。教室に置き傘してますから大丈夫ですわ。雪希さんも傘はお持ちですか?」


「持ってきていない。降るような気がしなかったから」


 雪希はそう言ってから分かるか分からない程度の笑みを浮かべ、眼鏡のブリッジを指で押して優乃に声をかけた。


「優乃、降水確率70%と言ったがその意味分かってるのか?」


「え? 意味もなにも降る可能性が高いってことでしょ?」


「そうだが70%という確率はどう理解する?」


「今日を100回ループしたら70回は雨が降る?? でも気象庁がそんなラノベみたいな設定使うかな〜??」


 ゆめがおずおずと話に加わる。


「それ、私も気になって調べたことがあるんです。正しいかどうか分からないんですが、現在の気象状況に似た過去のケースでは7割が雨だったという意味ではないでしょうか?」


「それが常識的な回答だ。優乃の言い方を借りるなら、降水確率70%という予報が100回発表されたらその70回が雨という意味だ。でも私が聞きたいのは今日の、これからのことなんだ」


「そんなのわかんなくない?? 70%って言ったって降るときは降るし、降らないときは降らなくない??」


 雪希は少し満足そうな表情を浮かべた。


「その通り。例えば私たち個々人の寿命と、平均寿命の関係に似ている。目安や参考にしかならない」


 ゆめは小鳥が首をかしげるような仕草をしてからゆっくりと話した。


「なんかピンと来ないんです……ほんとうに目安や参考でしかないんでしょうか? もう少し意味がある気がするんです……」


 優乃が元気よく声を出す。


「当たり外れとか?!」


「パーセンテージに当たり外れを持ち込めないと思いますわ」


「そっかー」


 雪希は時として鋭さを見せるゆめ、間違っていると思ったらすぐに諦める優乃に好感を感じながら二人を眺めている。


「なんでしょう? 気持ち? 心の持ちよう? 心構え?」


「ちょっとわかるかも。今日とか家出る時から『雨か〜』って憂鬱だったもん」


 ゆめは雪希を見ながらこう言った。


「雪希先生! いかがでしょうか?!」


「答えとかはない。ただ聞いてみただけだ」


 優乃が手を振り回しながら声を荒げた。


「なんだよ〜! てっきりなんか答えがあると思ったじゃんか〜!」


「でも、ガチャを回すときにレアの排出率が1%ってのと、30%では気持ちが全然違うんじゃないか?」


 優乃は納得行かないという表情で、とうに飲み終わっていたいちごミルクのストローを噛んでいる。


 ゆめがはたと気づいたように声を出した。


「あら、雨……」


 優乃は鬼の首を取ったように雪希を見ながら言う。


「お。雨じゃん? どっかの誰かさんは雨降らないとか言ってたなぁ? どうしてもって言うなら傘に入れてあげないこともないけど??」


「不要だ! 濡れても死なん!」


「そう言わず、優乃さんと仲良く相合い傘すればいいじゃないですかぁ」


「ゆめまでそんなこと言うのか!」


 ゆめは、雪希が口では怒っているが、本気で怒ってはいないのを感じとり思わず微笑んでしまう。雪希は顔を赤らめて「なんで笑うんだ!」と食って掛かってきたがそれさえ心地よかった。






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