2nd_code admin's daily

「おつかれさまです。もうなれましたか?」

朝方、Admin施設の廊下ですれ違った青葉が声をかけてきた。

ショッピングモールでの赤神との戦いからおよそ1ヶ月、その後Adminに加入して実際に働き始めてからまだ2週間といったところだ。

慣れたかと聞かれるとまだ覚えることが多くて何とも言えない。

といっても仕事は書類の整理や能力の訓練などでこれといってきついと言うわけでもない。

青葉には、まあまあです。と曖昧な返事をする。

「そうですか。覚えることも多くて大変でしょう。」

「今日はこの後ちょっと私の仕事をてつだってもらえますか?」

「最近隣接する街で異常な動作が実行された痕跡が複数検知されたんです。」

「その調査に同行してほしいのです。」

「もう上にも了解をとっていますので準備が整いましたら向かいましょう。」

僕は了承する。

異常な動作の痕跡が発生したということはWorldHackerがバグを行使したのか、もしくは非常に珍しいらしいが自然発生することもあるらしい。

もしWorldHackerが相手なら、また戦闘になるかもしれない。

少し緊張する。

「大丈夫です。危ないことがあれば私が守りますので」

それが顔に出ていたのか青葉が気遣って声をかけてくれたので僕も出来ることを精一杯頑張ります、と伝えた。

「わかりました。では30分後に出ますのでそれまでに準備をお願いします」

「30分後にエントランスに来てください」

そういうと青葉はその場から去っていく。

さて、準備をしとかないと。

そう言っても何か用意しとくものがあるわけでもない。

指導をしてくれている人に出かけることになった旨を伝えると鞄を取りにロッカーへ向かい外出が長くなるかもしれないと自動販売機でお茶を買いエントランスに向かった。

エントランスで時間をつぶしていると時間通りに青葉がくる。

青葉は目立つアタッシュケースを手に持っており、自然と目が行ってしまう。

「気になりますか?」

まぁ、気にならなくはない。アルミのフレームで出来たそれは如何にもといった感じで中身が何なのか少し興味がある。

「中に入っているものはAdmin製のツールです。」

「一番わかりやすいのはこれですね」

そういうと小型の拳銃のようなものを取り出す。

「この銃はターゲットガンと言って射出された弾にヒットしたもののインスタンスを一時取得し能力の対象に取れるツールです」

「たとえば貴方や私の能力は触れている対象にしか能力が使えませんよね?」

「この銃で撃って弾に当たった対象ならば対象に触れていなくてもその対象に能力を使うことができるのです」

「この鞄にはこのようなツールをいくつか入れてきています」

ようは魔法のアイテムが入っているってことか。

それにしてもそんなアイテムを作成できるAdminはとんでもないレベルの組織なのだと改めて実感する。

「それでは出ましょうか」

青葉についてエントランスを出ると黒色の車が一台目の前に止まっていた。

「これで近くまで行きますので乗ってください」

運転手付きの車に少し驚きはしたが乗り込むとほんのり社長気分で目的地まで向かった。


隣の町に到着したので運転手にお礼を告げると車から降りる。

ここからの調査は徒歩で行うようだ。

通勤はいつも徒歩と電車なのでこちらのほうがしっくりとくるかもしれない。

街はほどほどに大きくビルが立ち並んでいて大通りに面した道は広く、道の端には街路樹が並んでいる。

青葉は早速アタッシュケースから小型の端末を取り出し操作をしだした。

一見するとそれは僕たちがいつも使うスマホにも見える。

しばし、青葉を眺めていたが端末を操作する手が止まり、徐々に表情に困惑がみえてきた。

操作をしていた青葉は難しそうな顔を上げると少し首を傾げ

「すこし、歩きますのでついてきてください」

と歩き出したので僕もそれに続いて歩きだした。

最初は大通りをしばらく歩いていたが徐々に大通りをはずれ路地裏を進む。

多くのビルが並ぶ中を、路地裏らしく裏口の扉や飲食店などの排気口があり大きな業務用のごみ箱が置かれている。

どうやらこの先にバグの反応があるようだ。

しばらく路地裏を進むと突然青葉が立ち止まった。

どうかしたのか尋ねる。

「バグの反応が消えました」

「デバッカーに除去されたのでしょうか」

「何れにしても出来ることが無くなってしまいましたね」

「とりあえず大通りに戻って少し休憩でもしましょうか」

大通りに戻ると、大通りに面したカフェで休憩することにした。

僕たちが入ったカフェは有名なチェーン店で、ここはビルの1階と2階を占めている大きな店舗だ。

1階は人が多く混雑していたので2階に上がることにする。

2階に上がると奥の窓に面した席が空いていたのでそこに座った。

注文は青葉が持ってきてくれるというので席を確保してスマホを触っていると

「お待たせしました」

と僕の前のテーブルにホットコーヒーが置かれる。

顔を上げるとトレーいっぱいに様々な種類の飲み物を乗せた青葉がいた。

そうだ、忘れていたけどこの人大食いなんだった。

驚きを鎮めるために一口コーヒーを飲む。

口の中にほろ苦さが広がり鼻の奥を豆の何とも言えないいい匂いが通り抜けていく。

そういえば、と気になり青葉が操作していた端末について聞いてみる。

「これですか?これは一般的なスマホとそれほど変わりませんよ」

「画面にマップが写っているでしょう?ここにバグがある地点が赤い点で表示されるんです」

「ただ調子が悪いのか今画面全体に少し赤みがかかってしまっているんです」

「ディスプレイの故障かもしれません」

確かに見ると赤みがかった画面にこの辺りの地図が写っていた。

機械だし故障することもあるのだろう。

コーヒーをまた一口飲む。

青葉は端末を操作しながら一口で飲み物を飲み干している。

あっけに取られながら、もう少し味わって飲んでもいいのじゃないだろうかと考えていると、ふと隣の席の声が耳に入った。

「なんか、また一人いなくなったんだって」

「えーやばいね」

女子学生と思われる2人がホイップのたっぷり乗ったドリンクを飲みながら話をしている。

「それでね、なんかそのいなくなった子の知り合いがあたしの知り合いでー」

「昨日この店の前で会ってたらしいのよ」

「え、やば」

「なんか用があるからって路地裏を抜けて行ったらしいのよ」

「え、こわ」

「最近こういうの多いし路地裏は通らないほうがいいね」

路地裏、僕たちがさっき向かっていた先にはバグがあって……

もしかしてバグに関係しているのか?

青葉にそれとなく聞いてみる

「その事件なら知ってます。連続失踪事件とされてます」

「もしかしたらバグに接触したのかもしれませんね」

青葉はスマホを取り出しどこかと連絡を取ると

「確かに被害者の最終目撃地点はどこも大通りで私たちの向かっていた路地裏に入っていく様子が確認されてます」

「もしかしたらまたこの路地裏で何か起きるかもしれません」

「ここのカフェは路地裏にも近いですしここでしばらく待ってみましょうか」

そうしてしばらくしてあたりは少し日が落ち、外は夕焼けに染まっている。

端末からの反応を待ち続け、その間、僕はスマホで時間をつぶして、青葉は大量の飲み物を乗せたトレーを注文口から持ってきて、飲み干し、返却口にもっていく動作を繰り返していた。

もうこの店の飲み物は全種類飲んだのではないだろうか。

僕もそろそろやることが無くなってきた。

一度戻らないか、と青葉に聞いてみようとしたところで青葉が飲み物の入ったコップに左手をかざしているのが目に入った。

そういえば先ほどから何度かそのようなことをしていたような気もする。

何をしているのかと少し眺めているのに気が付いたのか青葉が答えてくれる。

「そういえば説明してませんでしたね」

「私は左手にfleeze()のバグを所持しています」

「今は能力を少しだけ使ってぬるくなってしまった飲み物を冷やしていました」

「ちなみに右手には浸水させるflood()のバグを所持しています」

「ですので前回氷を生成していたのは二つのバグを利用した技なのです」

青葉は2つの能力を使えるのか。すごいななんて思っていたら。

「きました」

先ほどまでと一転引き締まった表情で青葉が指をさすその先で端末上のマップに赤い点が表示されていた。

「いきましょう」

青葉は残っていたドリンクをズゾゾゾっと一気に吸い上げすべてを飲み干すと僕たちは店を出た。


僕たちは路地裏に入り赤い点の指すほうに向かって歩みを進めていた。

空は夕焼けで真っ赤に染まっていたが細い路地裏の根元までは光も届かず既に薄暗いく街灯もその間隔が広くすべてを照らすには不十分だ。

「暗いですね、足下に気を付けて進みましょう」

青葉は注意を促す。

路地から路地へ細い入り組んだ道をしばらく進み、端末の赤い点がもう見えるであろう所まで来た時、あたりの景色に違和感を覚えた。

先ほどまでの道はお世辞にもきれいな道という程ではないが特段散らかっているわけでもなかったのだが、この辺りは何かトラックか何かが突っ込んだかのように業務用のごみ箱がひしゃげ道の真ん中に転がっていて中に入っていたであろうゴミは辺りに散乱していた。

大型の車両がぶつかりでもしたのだろうかとあたりを見渡してもそれらしき車両は見当たらない。

青葉に声をかけようと姿を探すと、とあるビルの裏口をのぞき込んでいた。

裏口といったがドアは無くその中はいかに辺りが暗くてもありえないほどの闇に閉ざされている。

もしかしたら、散乱しているゴミに混ざった二つに裂かれた長方形だったであろう鉄板はここの扉だったのかもしれない。

「バグ反応はここからです。明かりをつけますので気を付けて進みましょう」

アタッシュケースから懐中電灯を取り出し明かりをつけると暗闇の中へ歩き出す。

それに遅れないように僕もついて歩きだした。

暗闇の中照らし出された空間は灰色のコンクリートそのままといった細長い通路になっていた。

その壁には細い配管が何本も通っており、そのいくつかは破れていたり折れていたりしていてよくわからない液体がほんの少しずつぴちょぴちょと滴っている。

床にはこれまたよくわからない鉄屑が通路の片脇に積み上げられていて、人が2人横に広がって歩くのは無理そうだ。

青葉の後ろについてしばらく進む。

静かな暗闇の中、水が滴る音だけが聞こえてきてすこし不気味だなと感じたが、そのまま歩みを進めビルの内部とは思えないほど歩いている気がした頃奥から薄明かりが差してきた。

逆に今まで歩いてきた方向からは光が届いていないのか、もうどこまで伸びているか判別ができない。

僕たちは薄明りを目指し暗闇を抜けるとその先は屋外であった。

薄暗い?

ビルを通り抜ける間に日が沈んでしまったのであろうか?

いや、どうやら違いそうだ。

空を見上げると太陽どころか月も星も見当たらず暗い暗い漆黒がひろがっていた。

そのくせ辺りの街灯は通電していないのか消灯していてこれと言って明かりがあるわけでもないのに辺りは薄明りに照らされている。

辺りを見渡すとさらに異常に気が付く。

目に見える範囲のすべてがなぜだかボロボロなのだ。

ビルのほとんどは外壁が崩れ落ち窓ガラスは割れ破片がその下に散乱している道路は幾つもの亀裂が入り凸凹している。

極めつけは1階部分が完全に崩壊したビルの色が反転し時間が止まったかのように宙に浮いていた。

青葉に現状を尋ねる。

「そうですね、間違いなく異常事態です」

「この景色、特にこの物理法則を無視して浮いているビルや漆黒の空を見るに別の世界に迷い込んだのかと思ってしまいますが……」

「これを見てください」

そういわれて差し出されたバグ検知の端末を見ると現在の地図が写っている。

端末の画面を眺める僕は違和感に気づく。

この画面はこれほど真っ赤だっただろうか?

確かに機器の故障かなにかで画面が赤みがかっていたはずだがここまで真っ赤ではなかったはずだ。

この赤は、そうか!

「そうです、この赤色はバグを検知したポイントを指す色と同じに見えます」

「そして、こうやってマップを縮小表示すると」

この街一帯に巨大な赤の印がついている!!

「どうやらこの街全域に巨大なバグが発生していたようです。」

「画面の故障だと思われていたのは故障ではなく拡大表示していて巨大なバグに気が付いていなかったっと言うことですね」

気づいてなかったか……でも、最初の赤色はもっと薄かったはずだ。

「おそらく、レイヤーが違ったのが原因だと思われます」

「この世界には意識しないだけで多くの時空が折り重なって出来ています」

「その一つ一つを私たちはレイヤーと呼んでいます」

「同じ街ですが本来の私たちが生活しているレイヤーと異なるレイヤーでバグが生じていた」

「もしくは、このレイヤー自体がバグで生じたものなのかもしれません」

「ともあれ、少し調査してみるしかありませんね」

歩き出した青葉について僕も歩く。

薄明りの中大通りから枝分かれした路地を目視で確認しながらしばらく歩いた時だ。薄暗い街のビルの一室に灯った明かりを発見した。

街灯すら灯っていない場所に明かりがあるということは他の人間がいるかもしれないということ。

もしかして、行方不明になった人だろうか?

いや、バグの原因になったWorldHackerかもしれない。

明かりの部屋から視認できないよう小さく物陰に隠れながらビルの下に到着した僕は辺りを確認しながらエントランスの割れたガラス扉をくぐろうとする。

「待ってください」

「貴方の分です、持っておいてください」

「もしかしたら必要になるかもしれないので」

と、朝方説明されたターゲットガンを手渡される。

もしかしたら……また敵と戦うかもしれない。

そう考えると緊張から体が強張る。

「大丈夫です危なかったら守りますので」

僕はそれにお願いしますと答えると先にエントランスに入った青葉に続いて扉をくぐった。

内部は外観通りボロボロで壁が剥がれ、観葉植物が植えられていたであろう鉢植えが砕けてその欠片や土が散乱している。

外から見えた明かりは確か4階だったはず、僕たちはゆっくりと静かに非常階段を上る。

ここには電気が通っているのかエレベーターの昇降ボタンは点灯していたが、上で何が待ち受けているかわからない以上こちらのほうが賢明だ。

やがて4階を示す表示がある所に到着した。

階段の扉を静かに開けるとそこにはカードキーをスキャンするであろう装置のついた幾分頑丈そうな扉があった。

ドアノブがついていない……キーをかざすと開くタイプの扉だろうか?

こういう時お約束ならこの建物を調べると見つかるはずだが。

などと考えていると青葉はドアにしゃがんで近づきポケットからAdmin施設の鍵を解除出来るカードキーを装置にかざす。

ガチャッ

扉が開いた?そんなことより中に敵は?

青葉が勢いよく中に入りターゲットガンを素早く左右と構える。

二、三歩進み机の影に構える。

また二、三歩進み辺りを見渡すと。

「大丈夫です入ってください」

と言われたのでおずおずと中に入る。

中は小さなオフィスくらいの大きさで、何個か並んだ机の上にはパソコンとそれから伸びたケーブルが接続された謎の装置が置いてあり、残りの机の上と脇には大量の書類と書物が積まれている。

壁にはホワイトボードが埋め込まれており、何やらプログラムのコードのようなものが書き記されているが、一部は擦れて消えており全貌の判別はできない。

先ほどから埃っぽいとは思っていたが、机や床には埃が薄っすら積もっておりしばらく人がいたということはなさそうに見える。

ホワイトボードの逆の壁際には大きなソファーが置いてありちょっとした休憩ならできるかもしれない。

ふぅ……敵は見当たらない。

緊張がゆるみ息が漏れる。

自然と視界が下を向くとターゲットガンが落ちていることに気が付く。

青葉を見るがその手にはしっかりターゲットガンが握られている。

これは?

「どうやらAdminに通じた人物がここで何かをしていたようですね」

「入口のカードリーダーもAdminで使われているものでした」

「そのターゲットガンも見た感じこのターゲットガンと同じもののようです」

「しかしAdminにはこの場所にこのような施設があるという情報はなかったはずです」

「つまりAdminに秘密裏に何かを……」

「ホワイトボードの記述や書類、書物を見るにこの世界のバグに関する研究をしていたようですが」

そういいながらターゲットガンを構え部屋の奥のExitと表札のある扉を開く。

「ここが本来の出入り口なのですね」

奥の扉の先は狭い部屋になっていて部屋いっぱいに機器が占めている。

「Adminで一度使ったことがありますテレポーターです」

「これを起動するとおそらく元のレイヤーに戻れるはずです」

「だいぶ情報も手に入ったことですし、一旦これを使って戻りましょう」

そう言ってテレポーターを起動しようと青葉がボタンに手をかけたところで遠くから甲高い悲鳴が聞こえた。

青葉に聞こえたか尋ねる。

「ええ、走りましょう」

僕たちは音の方向へ急いで向かった。


悲鳴のする方向へ走ること3分程見えてきたのは想像すらしていなかったものだった。

小さな部屋ほどの大きさの巨大な肉塊から突き出した太い触手を束ねたような3本の腕。

足はなく強靭な腕で這うように移動している。

頭は見当たらないがしいて言えば巨大な肉塊部分にいくつかの目と一つの大きく裂けた口らしきものがついている。

一言で言うならおぞましい、まさにそれがぴったりの化け物だ。

その化け物の向かう先に女子学生が必死で逃げている。

一瞬、驚きの表情をしていた青葉だったがすぐに顔が引き締まり、ターゲットガンを化け物に向け一発発射した。

銃弾が化け物に触れた瞬間、命中か所からは白い煙とともに冷気が放たれ一帯は凍り付き尖った氷塊を生成する。

一部が凍り付いた化け物は此方を向こうと振り返るが凍り付いた部分が力に耐えきれず砕け散り低いうなり声をあげた。

しかし、砕けた部分はみるみるうちに肉が盛り上がり元の形を取り戻した。

再生力が強すぎる!!

化け物は再び大きなうなり声を発すると3本の腕をじたばたと動かして不器用ながら走るように想像以上の速さで突進してきた。

その巨体は見た目通りの重さと力なのだろう一歩進むごとに道路のアスファルトは砕け地面は揺れる。

青葉は化け物に向けて三発の弾丸を放つ。

胴体に二か所、腕に一か所生成された氷塊は無理やり動くことで再び砕け散る。

化け物は腕が一本砕けたことにより大きくよろけるも、胴体からすぐに新しい腕が再生されると構わず突進を続ける。

やばい、逃げなきゃ。

そう思うも足に力が入らず震え地面に立っている感覚も曖昧だ。

「受け身を取ってください」

そう横から聞こえたかと思うと思い切り突き飛ばされた。

いたた。

しかしそのおかげで化け物がぶつかる寸前で衝突を回避できたらしい。

青葉を見るとうまく受け身を取り既に立ち上がっている。

怪物は僕たちに突進した勢いのまま後ろのビルに突っ込むと壁にめり込んで動けなくなった。

崩れ落ちた壁の土煙の中を青葉は全速力で化け物に駆けていき近づくと左手をかざす、すると化け物はみるみるうちに冷気に包まれ全身が氷塊と化した。

「危なかったですがなんとかなりましたね」

よかったと胸をなでおろすと同時に何もできなかったことについて謝罪した。

「大丈夫です初めはそのようなものです」

許されてよかったのとそれでも申し訳ないので少し複雑な気持ちだ。

「先ほどの学生さんを探さないといけませんね」

そういって此方に近づこうとしたとき、突如化け物を覆っていた氷が激しく弾け飛んだ。

その氷の大人の拳大の欠片が一つ青葉の後頭部に激突し、青葉はその場で前のめりに倒れて動かなくなってしまった。

青葉が倒れたその後ろで身体の再生が終わった化け物は再び大きなうなり声を上げゆっくりと此方に近づいてくる。

このままじゃまずい!

ズチャドチャとゆっくりと重い足音で近づいてくるそれに僕は咄嗟にターゲットガンを構えようとするが焦ってしまった僕はターゲットガンを盛大に取り落としてしまった。

少し離れたとこに転がるターゲットガンを横目に化け物は全力で此方に走り出す。

やばい!僕は右手を強く握る。

すると化け物はその場でピクリとも動かなくなった。

今だ!!出来るだけ長く!!

右手に力を込めたまま急いで青葉のもとに駆けつける。

僕は青葉を肩に担ぐと右手の痛みを無視して全力でその場から離れた。


化け物との戦闘から離脱してからしばらくして僕たちは明かりの灯っていたビルの一室に戻ってきていた。

青葉をソファーに寝かせる。

よかった、息はしているみたいだ。

僕は一つだけあるオフィスチェアに腰を掛け右手を押さえる。

出来るだけ長くと時間を止めていたせいで右手には強い痛みが走っていたがしばらく休憩をとると痛みは少しづつ引いていった。

そうすると今度は水が飲みたいと身体が訴えていることに気が付く。

人一人を担いで全速力で逃げてきたので喉がカラカラなのは道理である。

ここには飲み物なんてないよな……なんて途方に暮れていたら朝、自動販売機で買ったお茶が鞄に入っているのを思い出した。

お茶を三分の二ほど一気に飲むと、はーっと大きく息を吐いた。

そうしているとふと目の前のパソコンの電源がつかないだろうかと気になり電源らしきスイッチをオンにしてみるが画面が付くだとかランプが点灯するだとか起動する予兆すら一切ない。

壊れている……か。

次に目についた書類を眺めてみる。

どこかで見た言語で書かれているが残念なことにこの言語に詳しくなく単語単位で少し読める程度だった。書物も同じか……。

はぁーっと溜息をもう一つ吐き足を伸ばすと何かが足に引っかかった。

机の下をのぞき込むと埃をかぶったアタッシュケースが目に入る。

先ほど蹴ったのはこれだろう。

僕はアタッシュケースの埃を払うと机の上に出して中身はなんだろうかと開けてみる。

中身は……ターゲットガンと弾倉か。

内心もっとすごいものが入ってるのではないかと期待していたので少し残念である。

ん?よく見ると弾倉に何か刻印がある。

De..l…ete?

ふむ?Delete?なぜDelete?

僕たちのターゲットガンも同じ刻印があるのだろうか?

気になった僕は青葉のターゲットガンを拝借すると手に持ち弾倉を外してみる。僕たちのには刻印がない。

Delete……削除…消却…うーむ

「うっ…ここは?」

青葉の意識が戻ったようだ。

僕は今までの出来事を説明する。

化け物が膨張して氷が爆発したこと。

その欠片が青葉の後頭部に当たって気絶したこと。

stop()のバグで処理を止めて青葉を担いで逃げてきたこと。

「そうでしたか、ありがとうございます。たすかりました」

「状況から推測するとあの化け物は体内の中心部がよほどの熱を持っているようです」

「先ほどは全身を凍らせても内部まで凍結しきらずそこから再生したのでしょう」

それじゃあもしかして倒せないのではないだろうか?

そう考えると顔が曇る。

それを察してか

「大丈夫です何か方法があるはずです」

と声をかけてくれる。

「大分体調も整いました」

「学生さんを探しに行きましょう」

再び顔が曇る。

またあれと戦うのか?

勝算もなく?

足が震える。

「そうですね……それでしたら草摩さんは先に元のレイヤーに戻っておいてください」

青葉がテレポーターを操作するとテレポーターの中に紫の歪が発生する。

「この歪に接触すると元のレイヤーに転送されるので」

「それでは行ってきますね」

そういってテーブルの上のターゲットガンを手に取ると弾倉を少し外し、残りの弾数を確認し再度装着、装填し部屋を出た。

それからしばらく僕はその場にへたり込んでしまった。

しばらくの放心ののち思考が少し戻る。

僕は何をしているんだ。

こうしてる間にも青葉は戦っているのに。

自分の不甲斐なさに、涙が頬を伝って2滴3滴と床に散らばる書類に跡を残す。

ふと見上げた先にホワイトボードの記述が目に入る。

Delete(

getBulletInfo().getHitInstance()

)

この部分は読み取れる。

deleteの記述が書いてあるようだが……

一番上の大きな記述は題名であろうか?DeleteGunと書いてある。

弾丸の情報?命中実体を取得してdeleteを起動している?

机の上の弾倉、Deleteの刻印、削除の弾丸?

もしかすると、僕は机の上のターゲットガンに弾倉を装着して装填、ホワイトボードに向け一発発射、弾丸がホワイトボードの中央に命中するとホワイトボードは光を放ちながら解けて消滅した。

間違いない!!これなら!

僕は部屋を飛び出すと青葉のもとへ向かって走り出した。


青葉のもとに向かうのに特に迷いはしなかった。

化け物と戦っている音だろう怪物のうなり声や地響きターゲットガンの発砲音が聞こえてくるためだ。

音を頼りに全速力で走ると、ちょうど巨大な化け物が見えた時だった。

こちらの方向に大きく青葉が吹き飛ばされてきた。

僕は咄嗟に青葉をキャッチしようとしたがなんとか受け止めたものの飛んできた力は想像以上で一緒にその場に転がることになった。

「草間さん?!」

青葉は驚きの顔を浮かべたもののすぐいつもの顔に戻る。

「助かりました。おかげで衝撃を緩和できました」

「いきましょう。サポートお願いします」

僕は手に持ったデリートガンを見せ、大丈夫ですこれでと伝えると化け物に一発ブチかました。

弾丸の命中した化け物は光になって消えて……行ってない?!

いや正しくは化け物は弾丸の命中か所を中心に一部が光を放ち抉れるように消滅したのだが全体が消滅することはなかった。

化け物はうなり声を発するとすぐに再生を始めてしまった。

「処理能力不足です」

「相手が大きすぎてそれに設定されている限界の範囲を超えてしまっているのです」

青葉が答える。

そんな、まさか大きさに上限があったなんて!

「きます!避けましょう!」

再生を終えた化け物は腕を伸ばし大きく反ると身体を一気に伸ばし大きく跳躍してくる。

僕たちは横に大きくダイブしてぺしゃんこになるのを避ける。

ドグチャッと重く鈍い音とブチャァと重さで肉が裂け飛び散る音が響く。

怪物は着地の衝撃で身体が何箇所か裂けているが気にも止めずに巨大な触手の腕を僕めがけて振り下ろしてきた。

ダイブで避けた僕はまだ体勢が整っていない。

避けられない!そう判断した僕は右手を握る。

動きが止まったところで体勢を整え、立ち上がるとすかさず触手の当たらない位置に移動して右手を開く。

動き出した触手はすぐさま先ほど僕がいたアスファルトに叩きつけられ叩きつけられたアスファルトには触手の形に穿たれ触手はそこにめり込んでいる。

当たったらただじゃすまない。

「先ほどの銃弾を!一気に全弾撃ち込んでみてください!」

「それならもしかしたら!」

同じく触手の攻撃を避けながら青葉が叫ぶ。

全弾を一気に!?

いや僕ならできる!

すーはー

深呼吸をすると右手に力を込め強く握る。

静止した時間の中左手で握るデリートガンの照準を化け物に合わせると握りしめた右手を左肘に添えトリガーを連続で弾く。

化け物の全身にくまなく銃弾を撃ち込む。

先ほど消滅した球を想像しながら念入りに隙間なく。

やがて弾丸が発射されなくなったことで全弾撃ち切ったことを知る。

頼む!!

右手を開くと化け物は今までにないほどの大きな光に変わり地面を震わす程の断末魔と共に解けるように消えていった。

やったか?

行った後で、フラグのような気がして少しの間身構えていたが。

「ええ、これだけ待って再生の気配がないなら大丈夫でしょう」

「お疲れさまでした」

と、青葉のお墨付きに大きく胸をなでおろした。

なぜこの銃の仕様がわかったのか青葉に聞いてみる。

「Adminで5年前くらいに使用されてた記憶があります」

「しかしこの銃はその簡易性と危険性から流出した際、一般人でも容易にDelete()が行使できるのはあまりにリスクが大きいとして今では製造使用されていないはずです」

「それがこのレイヤーには存在していた……」

「はたしてここが5年も昔から存在する場所なのか、それとも秘密裏に最近まで製造していたのか、可能性はいくつかありますがまた日を置いて調査が必要ですね」

話が終わった僕たちは女子学生をしばらくの間捜索し発見すると他の行栄不明者が居ないことを確認しレポーターで元のレイヤーに戻った。

僕たちは待っていた朝乗ってきた黒い車に乗り込むとAdminへ戻ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る