第33話 三日月の夜に

「せっかくだし、飲みにでも行かないか?」


 新生ほしみこめっとへのアイデアを一通りぶつけ合った後、俺は勇気を振り絞ってそんな提案をしていた。


「飲みって……どうして?」


 近くにいた鶴居が反応する。


「いやほら、あれだよ……決起集会、的な」


「決起集会?」


「要するに……もっと仲良くなりたいなーって、思いまして……」


 言ってて超恥ずかしかった。別に悪いことじゃないんだけどね。

 ガラでもないというか……鶏ガラはおいしいのにね。


「なるほど。……でもなあ、今日いきなりってのはちょっと……」


「まあ、そうだよな……」


 …………(´・ω・`) ←こんな顔になっていた。


 さとり悲しみの極み。もう誘ってやらないんだから!


 他の連中の顔も見てみるも、皆行きたくなさそうな顔をしている。

 さすがはV研のみなさん。揃いも揃って陰キャですね! そんなんじゃ上司に好かれないよ! 飲みにケーション大事! 

 ……はあ。就職したくないよぉ……。


「ああでも! ご飯くらいならいいんじゃないかな! みんなどう? しばらく行ってなかったし」


 ルイルイ……! いいやつすぎるだろお前! こんな俺のために気を遣ってくれるなんて……。

 でも、この陰キャ連中はそう簡単に――


「いいね~、いこいこ~!」


「先輩が、行くなら……」


「……はい」


 これだから女ってヤツは! イケメンのいうことはホイホイ聞いちゃって! 

 まあいいんですけどね! 僕はどうせイケメンにくっつくコバンザメみたいな男ですよーだ!


 そんなわけで、俺たちは部室を後にし、駅の近くの定食屋に向かうことにした。

 にしても、理由もなく毎日のように飲み会してる大学生ってすごいよなぁ。断られたらどうしようとか思わないのかなぁ、あの人たちは。

 ほんとはたから見てると人生楽しそうなんだよねぇ、ああいう人って。だからって別に自分もああなりたいとは思わないけどね。

 まあとにかく……マジリスペクトっす! 頑張ってヤリまくってこの国の少子化を止めてくださいっす! 残念ながら僕は戦力になりそうにありません! 

 なんてね。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 店を決めるとき、こかげにはせっかくだから寿司とかスープカレーとかラーメンとか、北海道らしいものを食べさせてやりたいと思っていたのだが。


「ぎょうざ!」


 食べたいものを聞くと、返ってきたのは北海道らしさが微塵みじんもないようなものだった。

 まあ、この子生粋きっすいの宇都宮っ子だもんね。俺も久しぶりに食いたかったからいいけどさ。

 というわけで、俺たち一行は札幌ではわりと有名な餃子の店に入った。


「でっか……」


「だろ? ほんとはお酢だけで食うのがいいらしいけど、俺は醤油も付けた方が好きかな」


 テーブルに運ばれてきた大粒餃子を前に、こかげはじゅるりとよだれを垂らしている。

 お前……美味しいものの前ではこんな顔するんだな……。


「まずはそのまま…………んー!」


 幸せそうな顔だった。そんな顔を見ていると、もっと色々食わせたくなってくる。

 こかげが餃子を一つ平らげた所で、俺が頼んでいたものを皿に取ってやる。


「こかげ、これザンギ。食ったことあるか?」


「からあげ……?」


「違うんだなぁこれが。ザンギはザンギなんですよ」


「……?」


 こかげは頭に疑問符を浮かべながらも、キツネ色に光る揚げたてのザンギを箸でつんつんして、恐る恐る口に運んでいた。

 パリッ、ジュワー。もぐもぐ……ごっくん。


「……おいしい」


「だろ?」


「でも、やっぱり……からあげ」


 そうだろうそうだろう。内地の人間には唐揚げにしか見えないだろう。

 でもザンギなんですねぇ、これが。


「ですって。道民のみなさん、ザンギと唐揚げの違いを教えてください!」


「えー、そんなの考えたことなかったな……」


 と、鶴居くん。


「あれでしょ? ザンギは漬け込んでるんでしょ?」


 と、ひなたさん。


「でも唐揚げも普通に漬け込むからなぁ」


 と、さとりくん。


「ザンギッて感じ! するよね! ザンギの方が!」


 と、らいかさん。


 あなたいい年して何言ってるんですか? 

 ザンネンッ! って感じはしますけどね。ええ。


「ザンギ……おそるべし……」


 と言いながらも、ぱくっと口に入れるこかげ。

 おいしさには勝てないね!


 ちなみに、北海道にはザンギも唐揚げもどっちもある。道民いわく違うものらしいんだが、よそ者にはマジで違いがわからん。まあどうでもいいんだが。


 ――そんな他愛もない話をして、外に出る時には空はすっかり暗くなっていた。

 俺はこかげ、らいか、鶴居の3人と別れ、帰る方向が同じひなたと並んで歩いていた。

 ちなみに、俺もひなたも酔っている。ビールを3杯ほどたしなんだ。俺が無理やりひなたの分を頼んで、俺もそれに付き合った。

 フフ……計画通り。俺とコイツの帰り道が同じなのは前回の飲み会の時に把握済み。そしてコイツは酔いつぶれてしまえば甘えたがりの子猫ちゃ~んになってしまう。

 つまり、これからコイツをお持ち帰りィィィ!!!

 と、思っていたのだが。

 ……いや、そんなことは思っていないが。


「よりによってなんでアンタなのよ……」


 ビール3杯では足りなかったらしい。普通に歩けていやがる……チッ。

 お持ち帰り失敗ですな。


「そりゃすみませんね」


 さぞ落ち込んでいるだろうと思って、俺なりに気を遣ってみたんだけどな。余計なお世話だっただろうか。

 ほんと……女の子ってわからないわ。


 ――そうしてしばらく何も話さないまま、ただのろのろと歩いていた。

 赤信号で立ち止まったところで、ひなたがぽつりと漏らす。


「アタシって、変なのかな」


「……変って、何が?」


「ほら、アタシ……先輩にあんなひどいことしたじゃない? それに、木下こかげにも……」


 その視線は、薄暗い横断歩道の白線を向いたままだった。


「変だろ。お前は十分変だ」


「…………」


「俺は正直……お、お前みたいにまっすぐ恋する乙女を見たことがない」


「……え?」


 思わず俺の方を向いたその瞳は、呆気あっけにとられたように丸かった。


「お前は鶴居が好きだから……好きすぎるから、あんなことをしちまったんだろ?」


「……うん」


 ひなたはそっとうなずく。


「だから、その……」


 どう続けようかと考えていると、幸か不幸か、信号が青に変わる。

 ひなたは少し遅れて、でもしっかりとついてくる。


 野津幌のっぽろ川に架かる橋に差し掛かった時、先に口を開いたのはひなただった。


「アタシ……いいかげん先輩のこと、諦めた方がいいのかな?」


「……それは、誰にとってだ?」


 俺は足も止めずに問い返した。


「お前にとってか? それとも鶴居にとって?」


「それは……」


「少なくとも、鶴居にとっちゃお前の好意は迷惑だろうな」


「…………」


 そこで、後ろから聞こえていた足音がぴたりと止まる。


「でもお前がそうしたいというんなら、別にいいんじゃないか?」


「でも……それじゃ先輩が……」


 遠くなってしまった声に足を止め、背後に向かってこう返した。


「先輩がなんだ? 確かにあいつには嫌がられるかもしれないけどな、それがどうした? 人間誰だって人に迷惑かけずには生きられないんだよ。一番大事なのは自分がどうしたいかだろ? それに、最初は本当に迷惑だったとしても、いつかそれがアイツのためになる日が来るかもしれない」


 そんな、どっかのアニメから引っ張ってきたような、キザな台詞を言ってみた。


「でも先輩は、アタシのこと嫌いで……! アタシは……」


 いつまでも続くうじうじした悩み声に、俺は嫌気が差していた。


「なあ、いつまでもそんなに強がらなくていいんじゃないか? 弱い自分を認めて、楽になって……もう一度最初からやり直せば、それでいいんじゃないのか?」


 返事はなく、代わりに風が吹き、川辺の木々が揺れる音がする。

 変なことを言ってしまったかと思い、ひなたの方を振り返ろうとした時だった。


「……ッ!?」


 カツカツと橋げたを叩く高い音が段々近づいてきて、ピタッと止まり――気づけば、俺の手が強く握られていた。


「アタシ……やっぱり諦めたくない!」


 見ると、俺の右手を握っていたのは、紛れもなく大空ひなたのそれだった。

 少しだけ震えて……それでも、強く、強く。


「やっぱり、好きだから……先輩が好きだから!」


 自分に向けられた好意ではないとしても、やはり女の子にこんなことを言われたらドキッとしてしまうものだ。


「そう、か」


「そう。だからこれは……予行練習! いつか、先輩とこんなふうに……手をつなぐの」


 そんなことを恥ずかしげもなく言ってしまうひなたの姿は、完全にただ純情に恋焦がれる一人の女の子だった。

 いつもの強がりは、きっと夜風にさらわれてしまったのだろう。


 こんなふうに女の子に手を握られれば、もちろん鼓動も早くなるわけで。


「で、でもな……それはわかったけどな……俺みたいな男で、そういうのはやらない方がいいと思うぞ? 勘違いしちゃうから、いろいろ」


 冷や汗かいて、タジタジして、みっともない姿だったと思う。

 そんな俺の顔をじっと見つめて、ひなたはフッと息を漏らす。


「ばーか」


 月明かりに照らされ、彼女のいたずらっぽい笑顔が、くっきりと映し出される。


「誰でもいいってわけじゃ、ないっての」


 ぽぅっと頬が赤くなって、ちょっと横目で、でも決して目を離さないで、少し口角が緩んでいて、とても……。

 とても、可愛くて、俺は――耐え切れなくなって、つい目を逸らしてしまった。


 川の向こうを見れば、俺やひなたの家がある住宅街の明かりが目に入る。この川を渡れば街の雰囲気がガラッと変わって、いわゆる新札幌っぽい都会的なビルはほとんどなくなる。

 こころなしか、辺りの電気も少なくなって、少し星空が見えるような気がする。


「月か……」


「ほんとだ……」


 今日は綺麗な三日月が出ていて、星はあまり見えなかった。

 ただ、一つだけ、大きく光る小さな星が目に入る。


 そんな星を見上げていると、俺はふと思い出す。


「なあ……もし、星が流れたとしたら、お前は何を願う?」


「え?」


「俺は――」


 あの日、俺にはまだ夢と呼べるものがなかった。願い事なんて思いつくこともなかった。

 でも、今なら言える。胸を張って、星に願うことができる。


 キミが、これからも――


『――誰かを救いに行く、ヒーローであれますように――』

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