第30話 愛を叫べ

「あの人は、お前と話したくないんだとよ。だから俺が代わりに来た。嫌われてるんじゃねえの、お前?」


「はは……そうかもね……」


 少しでも重苦しい空気を和らげようと茶化すように言ってみたが、だめだ。

 口では笑っていても全然目が笑っていない。

 この男、案外メンヘラなのか……?


 ちなみに俺はメンヘラとヤンデレの違いがいまいちわからないんだが、誰かうまく説明してほしい。ついでに今市の人は「今市っていまいちだよね~」とイジられるという栃木あるあるがあるんだが、そんなことはどうでもいい。


 俺が今すべきことは、この男から真実を聞き出すことだ。

 この男は確実に何かを知っている。どうすべきかを考えるのは、こいつの話を聞いてからだ。

 あいにく俺は傷心している男のことを気遣えるほど気の利く男じゃない。


「大空ひなたと、何かあったのか?」


 問うと、鶴居はビクッと肩を震わせて、目を丸くした。

 図星だ。やはりこいつはあのパソコンが壊された理由を知っている。


「頼む。教えてくれ」


 鶴居はしばらく口をつぐんでいたが、俺が頭を下げると観念したように語り出した。


「この前のおたるたるの配信は、見たかい?」


「ああ。1周年記念歌枠だろ?」


「どうだった? 感想は?」


「どうだったと言われても……」


 Vtuber好きでもない俺からしたらそこまで面白いものではなかったが、以前ここでこかげと一緒に見た歌枠よりは数段面白かったんじゃないだろうか。

 だが……鶴居が聞きたいのはたぶんそういうことではないだろう。


さとりくんはアニメとかよく見るんだよね? じゃあ、彼女の歌を聞いてどう思ったんだい?」


「ああ……懐かしいなとは思ったけどな。まあ決してうまくはないが」


「それだけかい?」


 鶴居は俺の瞳の奥を探るように、問うてきた。


「あとは特に……で、何が言いたいんだ?」


 俺が問い返すと、鶴居は「そうか」と肩を落としてまたため息をついた。


「君は……イラつかなかったかい?」


「はぁ? どういう意味だよ?」


「彼女は……ひなたはなんでアニソンなんかに手を出したと思う? 前はアニソンどころか歌枠すらやっていなかったんだ。別に歌が上手いわけでもないからね。でもなぜ? 最近になって急に?」


 確かに、おたるたるの歌枠が増え始めたのはここ1か月のことだった。

 その理由は本人に聞いてみないとわからないが、彼女の行動理由は単純で、わかりやすい。


「その方が数字が伸びるから?」


「そう。きっとその通りだよ」


 好きな先輩に振り向いてもらうため、いつも馬鹿にしているおじさんどもに媚びを売ってまで、数字を伸ばす。

 きっとそれが彼女の行動原理なのだろう。


「ひなたは数字のために、君みたいなオタクを利用したんだよ」


 その、人を嘲笑うかのような言い方に、俺も少し腹が立った。


「だから何が言いたいんだよ。回りくどい言い方してねぇでさっさと言えよ」


「そうだね……はっきり言うよ」


 鶴居は一度天井を見上げ、踏ん切りが付いたように顔を戻し、口を開いた。


「あの女は、アニメやオタクを人気を得るための道具としか思っていない。好きでもないアニメの歌を歌って、ネットでかじっただけの知識でアニメの話をして、オタクを喜ばせて、同接を稼いでいるんだ。なあ、君はそんな奴をどう思う? 許せないだろ?」


 答えを考えようにも、鶴居は間髪なく話し続けてくる。


「1回見たくらいではわからないだろうけど、あの女はキミの好きなようなオタクアニメをまともに見たことなんてないんだ。せいぜい話を合わせるために1話と最終回を見たくらいだろうね。……なあ、馬鹿にされているとは思わないかい?」


 確かに、あの女がアニメに興味があるとは思えない。

 俺なんかよりずっと長い付き合いのこいつが言うんだから、きっと間違ったことは言っていないのだろう。


「それくらいなら、まだ許せたんだよ。ただ、あの女は……っ!」


 鶴居はいつの間にか唇を噛み、両手で俺の肩を掴んでいた。

 そして、汚く唾を飛ばしながら怒号を浴びせる。


「アイツは、月見かぐやの曲さえ利用して……! 何が大好きだよ? 何が大切な曲だよ! ふざけるなっ! お前がかぐやちゃんの人気に寄生する権利がどこにあるんだ! ……クソッ! 馬鹿にしやがって!」


 普段の落ち着いた鶴居からは想像もつかない荒れ方だった。

 ここにはいない憎らしい女を思い出して、今にも人を殺してしまいそうな目つきをしていた。


 ……確かに、ひなたのやったことは許されることではないのかもしれない。

 俺や鶴居のようなオタクの心をもてあそんで、再生数稼ぎのために利用したのかもしれない。たとえ彼女に悪気が無かったとしても、俺は一オタクとして彼女を許せない。

 鶴居もきっと、月見かぐやのことが大好きだから、中途半端にけがされるのが許せなかったのだろう。


 ただ、彼女がそこまでして登録者を増やそうとしたのは――きっと。


「だから言ってやったのさ。『ファンを馬鹿にするVtuberなんて最低だ。そんなことをするなら辞めてくれ』ってね」


 …………俺は、鶴居の手を振りほどき、彼の瞳を見つめ直した。

 身長差があるので、自然と見下される形になる。

 正直、すごく怖い。

 ただ、それでも。


「それでも、あいつがそこまでしたのは……お前のためだったんじゃないのか? お前に振り向いてもらうために、あいつなりに頑張ったんじゃないのか?」


 震えそうな身体を抑えながらその目を離さずにいると、鶴居は呆れたように鼻を鳴らし、こう告げた。


「あいにく、俺はあんな女には微塵みじんも興味がないんだよね。はっきり言って、目障りだった」


 俺は、鶴居とひなたの間に何があったのかは知らない。

 こいつがどうやって彼女と出会ったのかも、どうして彼女を嫌いになっていったのかも知らない。

 そもそもどうしてVtuberが好きになったのかも知らない。どうして大空ひなたよりも月見かぐやのことを大切に思っているのかも……何もかもわからない。

 それでも俺は、ひなたを連れ戻さなくてはならない。

 たとえ鶴居がそれを望まないとしても、こかげがそれを望むなら……俺はひなたを、おたるたるを連れ戻す。


「もうわかっただろ? 俺にとっては、おたるたるなんかどうでもよくて、今はほしみこめっとを成功させることに集中したいんだ。そもそも、これはV研の問題であって、君にとやかく言われる筋合いはない」


 鶴居はまるで俺が言いたいことを察しているかのように、言葉を一つ一つ潰していく。


「じらいちゃんはどこにいるんだ?」


 その視線はもう俺を向いていなくて、俺を頼ってくれた女の子の方を向いていた。

 悪いな鶴居……今お前を彼女の元に行かせるわけにはいかないんだ。


「俺にとっちゃ、お前の意思なんてどうでもいいんだよ」


「……なんだい?」


「いいから大空ひなたと話してこい。そんでV研に連れ戻せ。それはお前にしかできない」


「なぜ……君にそんなことを言われなくてはならないんだ?」


 ヒィ……! このイケメン超怖いんですけど! 

 もう結婚前に彼女の実家に挨拶しに行ったらメッチャ親バカなお父さんに嫌われちゃったみたいな気分なんですけど!

 だが甘く見るなよ鶴居! 俺はいくらお前に嫌われようとも駆け落ちまでする覚悟だぜ!


「確かにV研にとって俺は部外者かもしれない。でもな、こかげは俺にとってかけがえのない妹なんだよ! たとえあいつがそう思ってなかったとしても、俺はこかげのおにいちゃんでありたいんだよ!」


「いきなり何を言ってるんだ……?」


 鶴居は俺の言葉に気圧けおされ、一歩後ずさりをした。そして、眼圧に耐え切れずに俺から目を逸らす。

 いいぞ! 言ってやれさとり



「俺はこかげが大好きなんだよ!! だからこかげの役に立ちたい!」



 雨音が消し飛ぶくらいに叫んでやった。

 鶴居は何も言わず、ただ遠くの方を見つめている。


「きっとこかげにとってひなたは大切な友達なんだよ。だから……! 頼む! この通りだ!」


 恥を捨てて深く頭を下げてみるも、返事は返ってこなかった。

 あれ? ただのしかばねになっちゃったのかしらん? と顔を上げてみると、「あ、あれ……」と鶴居は何かを指さしていた。

 おいおい大事な話なんだからちゃんと聞いとけよと思っていると、背後からチャプチャプと水を跳ねる音が近づいてくる。

 振り向くと、


「な、なに言ってるの……?」


 オレンジの傘を少し持ち上げて、ほんのり赤くなった顔を覗かせる――こかげの姿があった。


 なんか引かれてるような気がするんだけど、気のせいだよね! ねっ!

 ……ん? え? もしかして、さっきの聞かれてた……?

 …………………………死にたい。


 ――こうして俺は、無事返事のない屍と化したのであった。ザオリク。

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