第29話 戦いの始まり
土曜の昼下がり。普段なら家族連れやカップルで賑わっているのだろう時間帯だが、今日は人影が全くと言っていいほどなかった。噴水も動いておらず、並々とした水面がただ打ちつけられている。
公園の中を進んでいくと、降りしきる雨の中、屋根の下のベンチに座っている一人の男が目に入った。その男は俺に気づくと立ち上がり、爽やかな笑顔を向けてくる。
「やあ」
「おう」
傘を閉じ、俺も屋根の下に入る。
今日の雨は夏の終わりを感じさせる冷たさで、鶴居も厚手のジャケットを羽織っていた。俺は上着を着てこなかったので、ちと寒い。
「どうしたんだい? こんなところで?」
「いや……バイト終わりでな。ちょっと散歩がしたくなって」
「へえ。こんな天気なのに?」
「いや……むしろあれだよ。こんな天気の方が人いなくていいんだよ。ほら俺、富士山とか人がゴミのような山とか登りたくないタイプだから」
ちなみに、富士山どころか登山なんてろくにしたことがない。
いやほら、人がいないとそれはそれで森のくまさんとか出ちゃうから。だから歩くなら人のいない平地なんだよ。
……何言ってるんだろうね俺は。
「ははは。変わってるね」
「はは……よく言われる」
ハロライブをぶっ壊すとか言ってる奴には言われたくないけどな。
今日は普通に無地の白Tだけど、普段はこかげみたいなキャラT着てるんだからな、こいつ。
まあ、この男の場合はそういうのを普通に着こなしちゃう所がまたうざいんだけど。
「………………」
会話が途切れ、沈黙が訪れる。木製の屋根に雨が打ち付ける音だけが響いている。
鶴居はベンチにも座らず、爽やかに微笑んだまま俺の様子をうかがっている。
気まずさを紛らわすため、俺はなるべく当たり障りのない所から話を切り出す。
「そういや、データ、無事だったんだな」
「ああ。とりあえず、ほしみこめっとのデータはうちのパソコンに移したから……モデリング自体は、もうすぐ終わると思う」
鶴居の話し方は、やけに引っ掛かるものがあった。
「あとは木下さんに動きを確認してもらって、設定を詰めて、一回テスト配信をやって……今月中にはデビューできるんじゃないかな」
その笑顔は、やはりどこか無理をしているように見える。
「そうか。じゃあ、V研の活動は……」
再開するのか? という意味を含ませたつもりだった。
しかし、鶴居は一瞬目を逸らし、深くため息をつく。
「それを相談したかったんだけどな……」
そしてまた、大きく息を吐く。
「なんでじらいちゃんじゃないんだ……」
その時俺は、初めてこの男にそんな鋭い視線を向けられたような気がした。
ぞっと、背筋に悪寒が走る。
「なぜ上地らいかは来ないんだ? どうして君がここにいる?」
「それは……」
鶴居の言葉には、約束を破ったらいかや突然現れた俺に対する怒りよりももっと、何か自分がどうにかしなければいけないという焦りがこもっているような気がした。
そこにはもう、いつもの心優しい鶴居流依の姿はなく――やるせない気持ちをどこにもぶつけられない……罪人のような顔があって。ただ俺を見つめていた。
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