第25話 上地らいかの正体は?
8月20日、日曜日。
おたるたるの1周年記念配信が行われた。タイトルは
『祝1周年! 懐かしの2000年代アニソン&雑談歌枠!』
ハルヒや鈴木このみにクラリス……タイトル通り、懐かしい歌ばかりだった。きっと俺のようなオタクやアニメ好きなおじさん世代を狙ったのだろう。有名どころの盛り上がる歌を何曲も歌っていた。
おたるの歌は相変わらず上手くも下手でもない中途半端なものだったが、いつにも増して懸命に歌っているというのは伝わってきた。きっとどれも練習してきたのだろう。確かにつたないが、やはりそれが味になっていた。
あまりアニメ自体の話はしていなかったが、曲と曲の間にはこれまでの思い出を語ったり、古参リスナーと互いをいじり合ったりして……楽しそうに見えた。
大空ひなたのことだ。それも配信を盛り上げるための演出にすぎなかったのかもしれない。それでもその……子どもの発表を見守る親戚一同みたいなほのぼのした雰囲気が、彼女の配信の良さなんだろうと思った。
とにかくその日の配信は盛り上がった。ご祝儀代わりのスパチャも飛び交っていた。配信中もチャンネル登録者は増え続け、ついに二千人を突破した。
そしておたるは「今年こそVコンに出るよ!」と宣言し、最後に「あたしの大切な曲」として月見かぐやの曲を歌い、配信を締めくくった。
ほしみこめっとがデビューし、おたるたるもVコンに出場する。
何もかもうまくいっているように見えた。暗礁に乗りかかっていたV研の物語が、やっと前に動き出したように思えた。
しかし、実際は……この日から何もかもが狂い始めていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
8月23日、午後1時前。この日は風が強かった。
北海道では珍しく、台風が接近しているらしい。夕方からは雨の予報だった。
その日、俺は地下鉄でたまたま居合わせた上地らいかとともに、109号室へと歩いていた。
この時、まだ雨は降っていなかった。
「今日はそっちの格好なんですね」
「……可愛い?」
「……へ?」
風が吹くと、綺麗にまとめられたハーフツインがふわりと浮かび、少し刺激的な香りが鼻腔をくすぐる。人間らしくないその赤い瞳は、ぽつんと添えられた涙ぼくろと相まって、見た者を釘付けにする美しさを持っていた。
「可愛い?」
「……ま、まあ」
「だよね! やっぱり地雷しか勝たん、だよねー」
彼女が歩き出すと、黒いフリフリのスカートがそよそよ揺れる。
……しかし、本当に不思議な人だ。
そのファッションセンスもそうだが、俺には彼女の思考回路が全く読めない。もうかれこれ十回以上は会っていると思うが、俺は未だにこの人がなぜV研にいるのかすらわからない。こかげのようにVtuberにお熱なわけでもないし、ひなたのように憧れの人のためにVtuberをやっているわけでもない。
一見何も考えずに行動しているようにも思えるが、その裏では何か考えているのではないかと勘ぐってしまうくらい、たまに真面目そうな顔をする。
いかにもほんわか優しそうな格好をしてくる時もあれば、今日のようにド派手な地雷系ファッションの時もある。
常識人のように見えて、きっとどこかのネジが外れているのだ。この人も。
「ところで、らいかさんはなんでV研に入ったんですか?」
B棟の自動ドアをくぐったところで、俺はらいかに素直に疑問をぶつけてみた。
らいかは風で
「そりゃあ、Vtuberが好きだからだよ」
「じゃあ、なんでVtuberが好きになったんですか?」
「なんで? うーん……」
頬に手を当て、どう答えるべきかと考えている様子だった。
「キミにはいっぱいヒントあげてると思うんだけどなー」
「ヒント……?」
「さとりんは鈍いね! ラノベ主人公?」
「あはは……そうなれたらよかったんですけどね……」
この人はどこでそんな言葉を覚えたのだろうか? やっぱり不思議だ。
「じゃあ、特大ヒントです! 私の名前は?」
「……上地らいか?」
「ブッブー! 正解は『じらいちゃん』なのでしたー」
じらいちゃんは指でバッテンを作り、不敵な笑顔を浮かべている。
「じらいちゃん……?」
それは、俺が初めてその地雷ファッションを見た時から心の中でこっそり呼んでいた、彼女のあだ名だった。それがどうしたというのだろうか?
「答え合わせは後でしてあげよう! それより今はこめっとちゃんの準備だぞい!」
「うへぇ!」
ペチン。優しく背中を叩かれた。
――『後』というのが今日のことを指していたのか、それとも来週のことを指していたのかはわからない。だがこの時、俺はようやく彼女の謎が1つ解けるのかもしれない、なんて期待してしまっていた。
しかし、俺がその答えを知ることになるのは、しばらく先のことになる。
彼女はドアノブに手を掛け、「おはよー」といつも通りの挨拶をしながら中に入っていった。
しかし、「え……?」と息を漏らし、部屋の入り口で止まってしまう。
どうかしたのだろうかと思いながら、俺も彼女に続いて部屋の中に足を踏み入れる。
すると、そこには何も言わずにらいかの方を振り向くこかげと鶴居が立っていて、らいかは机の上の何かをじっと見つめていた。
「なに……これ……」
その声は震えているようにも聞こえて、少し……嫌な予感がした。
それでも俺は、彼女の視線の先を覗き込むことしかできなくて…………。
そこには――無残にも液晶が毛細血管のように粉々にひび割れ、本来曲がってはいけない角度まで画面が倒れた――鶴居がよく使っていた、V研唯一の高性能ゲーミングPCの残骸があった。
周囲にはガラスの破片が飛び散り、外れたキーボードもいくつか落ちている。
その場にいた人間は誰も動けず、ただ眼前の光景を疑うことしかできなかった。
「なんだよ……これ……」
ふと地面に捨てられていた金属バットが目に入り、俺の心の中には……ふつふつとやるせない怒りが込み上げていた。
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