第24話 俺の妹は世界一可愛い

「違うから。ただのバイトの後輩だから」


「あ……そ。別に、どうでもいい、けど」


 特にこかげと話すこともなく、佐藤さんは「あ~、もう電車来ますね~。さようなら~」と帰ってしまった。

 本当にただの暇つぶしだったのだろうか。俺のことは遊びだったのだろうか。

 ……お兄さんちょっと悲しい。


「その……楽しかったか?」


「……まあ、ね」


 こかげはいち早くハロライブサマーの戦利品を渡すためにわざわざ俺のバイト先まで来てくれたという。なんていい妹なんだ。どうだ? 羨ましいだろう? 

 お兄ちゃん嬉しい。


 俺は妹からのプレゼント(きっちりお金は取られた)を受け取り、こかげを駅の出口まで送っていた。


「で、お前は何買ったんだ?」


「ん……」


 こかげは一度立ち止まり、バッグの中をがさごそと探り出す。

 ちなみに俺がもらったのは、ルビィ団長の1/10アクリルスタンドだ。無駄にデカいしエロいしこんなの部屋に飾れねぇよって代物だった。

 転売するわけにもいかないし……タンスの肥やしにするしかないな。


「全員のタペストリー、らーちゃんのクリアファイル、下敷き、みかちゃんのステッカーとアクキーと……アクスタ!」


 ででん! と楽しそうに取り出したのは、無駄にでか……とても存在感のある1/10蜜柑月みかづきみかんであった。ちなみに「らーちゃん」というのは星葛ほしくずきらりのことらしい。

 いや、にしても……


「そんなに買ってどうすんの? そんなに部屋広いのか?」


「別に、全部飾るわけじゃない、から。保存用もあるし……あ、でも」


 新たにVtuberグッズが増えた自分の部屋を想像しているのか、こかげはオタクのようにニヤついていたが、何かを思い出したように俺を見た。


「ちゃんとアクスタは飾ってね? わたしも机に飾るから」


「え……あ、はい」


 ただでさえ俺の家狭いんだけどな……そんな目で見られたら断れないよね!


「あと……これ」


「まだあったのか……」


 今度は何を取り出すのかと思っていると、こかげは手の中に何かを隠し、俺の眼前に突き出してきた。パッと開かれた彼女の手から現れたのは、オレンジビキニのみかん娘がプリントされた缶バッジだった。

 俺はもうちょっと大きい方が好みです。みかんじゃなくて桃くらい。


「出やがったな……蜜柑月みかん!」


「これ……あげる」


「……え? いいの?」


「被ったから」


 ああ……そういうことか。

 いやねぇ……妹からのプレゼントは嬉しいんだけど、これこそ飾ることもできないし、やっぱりタンスの肥やしになるしか…………て、え?


「ちょっとこかげちゃん? 何してるの?」


「動かないで…………できた!」


 こかげがこそこそいじっていた俺のリュックを下ろして確認してみると、ど真ん中にみかん娘のバッジが付けられていた。

 こかげは「やったぜ!」と一仕事終えたような顔をしている。


「ねえねえ。お兄ちゃんちょっと恥ずかしいんだけど。これじゃあ街も歩けないよ?」


「大丈夫! みかちゃん可愛いから! それにさとりさんのことなんて誰も見てないよ!」


「ぬぅっ……! だ、だが俺に付けさせるということは、お前もちゃんと付けるんだろうな?」


「うん! もちろん!」


 なんだ。それなら妹とおソロの缶バッジになっていいじゃないか。二人で歩いちゃったりしたらもう間違いなくカップルと


「いつかね! まずはカーテンに付けて展示期間を楽しまなくちゃ!」


「ほう! その手があったか! 確かにそれなら家でも飾れるな……て、そうじゃねえ! じゃあ俺はいつまでこのみかん女と一緒にいればいいんだよ! これじゃ完全にVtuberオタクじゃねえか! 大学のお友達に引かれちゃうよ! 友達なんていないけどね!」


「悟さん……!」


 こかげは急に赤い顔になって語気を強めた。


「……なに?」


「うるさい」


「あ……すまん」


 さっき電車が行ったところだったので通行人はまだまばらだったが、多少注目は浴びてしまったらしい。俺はいいが、こかげの知り合いにでも見られたら……俺の妹に限ってその心配はいらないか。

 周囲の視線から逃げるように歩き出すと、こかげが一言。


「悟さんって……なんか変だよね」


 お前にだけは言われたくねぇ……っ!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うわ……マジか」


 外に出ると、シトシトと中途半端な雨が降っていた。あいにく傘は持ってきていない。

 天気予報は曇りだったんだけどな……賭けに外れたか。


「傘、持ってるのか?」


「うん」


 こかげが広げたのはハロライブメンバーが大きく描かれた折り畳み傘。

 ……大丈夫。もうこれくらいのことではツッコまない。


「……ん?」


 いや待てよ? これはもしやラブコメ定番の相合傘の流れじゃないのか? その傘でやるのは少々恥ずかしいが、今はそんなことを言ってる場合じゃ


「じゃ」


 じゃ……?


「ちょ、ちょ待てよ!」


 そのまま帰ろうとする妹を前に、ついキムタク風に呼び止めてしまった。だが世代的にこかげには通じないから問題ない。

 あとよくよく考えたらそんな小さい傘じゃ二人とも肩が濡れるし、そもそも帰る方向が違うから無理だった。


「……?」


「あ、あのさ……今日、V研でほしみこめっとの挨拶を考えたんだけど……」


 こめっとのことならこかげも知りたいだろうと思い、俺は議事録代わりに使っていたホワイトボードの写真を見せた。


「おぉ……妹?」


 こかげは一度傘を閉じて軒下に戻り、食い入るようにスマホの画面を見つめていた。


「あ、それはあれだよ……鶴居のやつがな、やっぱり妹キャラも捨てがたいとか言ってたんだよ! ハハハ!」


「部長が……?」


「そ、そんなことより! お前はどんな挨拶がいいんだ? 教えてくれよ!」


「いきなり言われても……」


 俺が作り笑顔で強引に押し切ると、こかげはうーんと唸るように考え始めていた。

 悪いな鶴居。お前がイケメンすぎるのがいけないのだよ。

 なんて、鶴居の生まれの不幸を呪っていると……


 

『み・か・づ・き みかんずら~!』



 一瞬――本当に彼女がそこにいるかのように思えた。

 もちろん、そこにいるのはただのVtuberオタクの木下こかげである。


「今日も夜空に、スター・ダスト!」


 右手でピースを作り、可愛くポーズを決めるその姿は、いつも画面の向こうにいる彼女が、この場に顕現けんげんしたかのようだった。


「にゃんはろ~ 宝積盗賊団の宝積ルビィですぅ」


 そのねっとりとしたおばさんっぽい喋り方は、三十路間近のVtuberそのものだった。


「に、似てる……!」


「キミたちぃ、本当は団長のこと好きなんだろぉ? 正直に言ってみなさいよぉ。そしたら、イイコトし・て・あ・げ・る♡」


「そっくりだ! その妙にウザい喋り方も!」


「そうかな……えへへ」


 こかげにこんな才能があったとは……。

 決して声質が似ているというわけではないが、抑揚の取り方とか微妙な間の置き方とか……練習したんだろうな、きっと。


「すげえ!  すげえよお前! なんで今まで隠してたんだよ?」


「ちょっと、恥ずかしくて……」


 街灯に照らされた黒い髪をくしくしと撫でるこかげを見ながら、俺は思った。

 これは、行けるんじゃないのか? と。

 普段は内気なこかげでも、こうやって好きなVtuberになりきれば、俺とだって生き生きと喋ることができる。それに、おそらく「Vtuberモノマネ」というジャンルはまだ開拓されていない。

 それを武器に、あとはうまくキャラクターと設定を考えれば――!


 こかげと別れた帰り道。俺は溢れ出てくる想像力と期待感で高揚し、雨に濡れようが気にせず思考にふけりながら歩いていた。

 今度あいつらに会った日には、妹の特技を自慢して、俺が考えたスーパーアイデアを披露して――そして近いうちに、ほしみこめっとをバズらせる。

 いや、さすがにそれは都合が良すぎるか。でも、これならVコンにはきっと――。


 そんな、おめでたいことを考えていたのだが。

 雨が止むことはなく、星が見えることもなく、朝に光が差すこともなく……。


 そんな日が訪れることはなかった。

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