第22話 ざぁこざぁこ

『今日も夜空に、スター・ダスト! ここに輝く一番星! アイドルVtuberの星葛ほしくずきらりです!』


『み・か・づ・き みかんずら~ 富士の里からやってきたみかん娘! 蜜柑月みかんずら~』


『にゃんはろ~ 宝積ほうしゃく盗賊団の宝積ルビィですぅ』


 これらは挨拶の一例である。

 Vtuberという生き物は、「おはよう」「こんにちは」とか普通の挨拶はしない。

 みな何かしらのオリジナル挨拶を持っているのである。必死に個性を作り出そうとしているのである。30近いオバサンが「にゃんはろ~」はさすがにキツいが、それも個性である。決して笑ってはいけない。


 というわけで、俺たちは本人不在ながらほしみこめっとの挨拶を考えていた。


「うっわぁ、なに見てんの~? おじさんたち、今日も暇なんだね。ざぁこざぁこ」


 そしてなぜか、鶴居が女っぽい声で意味の分からないセリフを言っていた。

 ……うげぇ。


「なんだそれは……?」


「メスガキの挨拶だよ!」


「メスガキ……?」


「知らないかい? 小学生くらいのロリっ子がおじさんをバカにしまくるんだけど、たまーに逆にわからせられちゃうってキャラクターさ! 今メスガキがキてるんだよ!」


 「わからせ」って……


「なんだそのよくあるエロマンガみたいな設定は?」


「元はそこから来てるんだろうね!」


 爽やかな笑顔。きっと彼の汗はシトラスのような香りがするのだろう。


「俺の妹にそんな挨拶をさせるんじゃねえ!」


「ええ? そんなに変かな……? ひなたはどう思う?」


「いいと思います! メスガキ!」


 黙ってろクソガキ! 

 くそ……こうやって絶対王政ができあがっていくんだな……。


「ちょっと待て。メスガキは一旦置いといて、他のアイデアを考えよう」


「そうかい? じゃあ、さとりくんは何かあるのかい?」


 いきなり言われてもな……挨拶ね、あいさつ……。


「お、おはよーおにいちゃん! ……とか」


 毎朝画面の向こうから妹の挨拶……うむ。控えめに言って最高だな。


「いや……普通すぎるし、なんで『おにいちゃん』なのさ?」


 鶴居は引き気味に反応する。


「妹キャラが最高だから……じゃなくて、おたるたるの妹って設定なんだろ? いいじゃん妹キャラで」


「それはこの間なしってことになったじゃないか」


「あ……そういえば」


「実の妹に妹キャラのVtuberやらせるとか……キミもなかなかだね」


「お、お前だけには言われたくないっ!」


 くそ……穴があったら入りたい……!

 違うから! 俺はただ妹キャラの方が伸びるだろうなって思って言っただけで、挨拶と称してこかげに変なこと言わせようとか思ってないから!


「そうかい。ははは……。ひなたはどう思う?」


「…………カス」


 さっきまでの先輩への照れを隠しきれない可愛らしい様子はどこへ行ったのやら、ひなたはカスを見るような目で俺の方を向いていた。

 ……って、


「カスってなんだよ!」


「そのままの意味。このゴミカス、消しカス、揚げカス……!」


「メスガキは良くてなんで妹はダメなんだよ! っていうか揚げカスは美味しいからいいだろ!」


 うどん屋でいっぱい入ってたら嬉しくなるもんね。揚げカスバンザイ。


「はは! 君たち仲いいね」


「それはない!」

「違います!」


 声が被って、ひなたに睨まれた。

 どうやったって嫌われるんだろうねこの子には。


「そんなことないと思うけど……。まあいいか。次、ひなたの番だよ」


「え? アタシ……?」


 いきなり話を振られ、今度は小動物のように丸くなるひなた。

 ああ、そんなことしたら小さいお胸が余計小さく見えちゃいますよー。


「アタシは、その……」


「その?」


「先輩がいいと思うやつでいいと思います!」


 うわぁ……でた。しゅきぴの意見なら全肯定しちゃう奴だよこいつ。

 きめぇ……。


「そうか……そうだよね……はは……」


 威勢のいいひなたとは対照的に、鶴居はどこか諦めにも似たような表情に見えた。

 こんな奴にいいアイデアを期待しても無駄だと思うけどな。


「それより……そもそもほしみこめっとってどういうキャラなんだよ? なんかごちゃごちゃ書いてあるけどな、メインの……核となるような要素がわからん」


 ホワイトボードには「Vtuberオタク」「Vtuber談義」「Vtuber縛り歌枠」などのアイデアが書かれていたが、こんな曖昧あいまいなキャラ付けではそもそも個性のある挨拶なんて思いつかない。


「え、メスガキだけど」


「…………いまなんと?」


「メ・ス・ガ・キ。ほしみこめっとはメスガキキャラでいく!」


 堂々と……威風堂々と鶴居は言い放つ。


「木下さんもいいって言ってくれたよ?」


「……マジかよ。こかげ、仕事はちゃんと選びなさいよ!」


「そうか。となるとやっぱり『よわよわ』とかも入れた方が……」


「ちょっと待て! まずはそのメスガキキャラから考え直さないか?」


「ええ? そんな今さら言われてもなぁ……。ねぇ? ひなた?」


「はい! ……アンタいい加減黙りなさいよ!」


「ひえぇ!!」


 ――とまあ、この後もこんな感じで結局こめっとの挨拶は決まらなかった。

 俺はバイトもあるし、そのまま二人の時間を邪魔するのも申し訳なかったので、途中で抜け出した。


 去り際、ひなたはおたるたるのことを相談していたようだったが、鶴居はうんうんと受け流して、「それよりもこめっとちゃんなんだけど――」と、とかくほしみこめっとの話をしていた。

 ひなたにはかわいそうだが、彼はそれほどほしみこめっとにお熱ということなのだろう。

 こかげのためだ。今は我慢してくれ。俺はちゃんと見てやるから。

 ついでに、俺がせっかく気を遣って二人っきりになれる時間を演出してやったというのに、鶴居はどこか浮かない表情をしていた。

 そんなに俺がいなくなるのが寂しかったのだろうか。だとしたらちょっと可愛いが、そんなことではないのだろう。案外あの男もシャイボーイなのかもしれない。


 しっかし、Vtuberオタクってのはこかげの個性が活きてていいと思うんだがなぁ……それにクソガキを掛け合わせるってのは……ねえ? 無理矢理感があるというか。

 わかってる。妹キャラだって同じようなものだろう。たぶんもっといいキャラクターがあるはずなんだが……さっぱり思いつかん。うーむ……。

 まあ、バイト中にでも考えてみるか。と思っていたのだが――


「ええ~? せんぱいって北大生なんですか~? 頭いいんですね~! じゃあ就職はどうするんですか~? 北大生だからやっぱりいいところいくんですよね~?」


 最近入ってきたばかりの後輩に質問攻めにされてそれどころではなかった。

 一応仕事中は私語厳禁なんだけどね……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る