第20話 Vtuber四天王

 お盆が過ぎるとV研の活動頻度も増え、新人Vtuber「ほしみこめっと」デビューの準備が着々と進んでいた。

 俺はバイトもあるし、毎回参加してもたいしてやることがないので、週一くらいで109に行っていた。


 実際、俺抜きでも事は問題なく進んでいた。

 らいかによる立ち絵(キービジュアルともいうらしい)が完成し、ひなたが手伝っていたツイッターのアカウントもできて、あとは鶴居がモデリングをして絵を動くようにすればいいという段階だった。

 とはいえ、まだまだやらなければならないことはあるようだが、まあ順調といえば順調だろう。


 いやー、すごいですねV研のみなさん。ほんと、僕いらなかったんじゃないですかね。ええ。


 なんてヘラってみても誰もなぐさめてはくれないので、俺は大人しく「スーパーアドバイザー」らしく、一人寂しく市場調査をする。

 マーケティング、なんて言ってみるとかっこいいが、俺がやっていたのは他のVtuberの観察である。手軽に見られるハロライブの切り抜きを中心に、ハロライブ以外の人気Vtuberや、物珍しい設定のVtuberの配信などを漁っていたのですわ~。

 わたくし、お嬢様ではありませんのよ~――とか言ってる奴もいた。


 そうそう、珍しいといえばなんだが。鶴居が言っていた「四天王」についてもちゃんと調べたんだ。


「バーチャルユーチューバー」という言葉を世に広め、他のVtuberからは「親分」としたわれた自称スーパーAIの「きずなI」。

「バーチャル芸人」と呼ばれるほど体を張った企画が多く、下ネタ大好き金髪爆乳ツインテールの「あかり」。

 バ美肉という概念を確立した「世知辛いのじゃ~」が口癖の、バーチャルけもみみ社畜ロリっ子娘おじさんの「Rori Rori」。


 そして――「首絞めハム太郎」と呼ばれるキンキンの声で視聴者の鼓膜を破壊しまくったと言われている「月見かぐや」。

 ……まあ、鼓膜が破れるってのはさすがに盛ってるんだろうけど、この子マジでうるさいのよ。音量下げないとマジで耳痛くなるから見る時は気をつけた方がいいよほんと。

 ちなみに、彼女はそのキチガイっぷりから「歩く覚醒剤」とか「この世の終わり」とか呼ばれていたりする。

 とにかく色々ヤバいVtuberだ。


 で、この4人を合わせて「Vtuber四天王」と呼んでいるわけだ。

 Vtuber黎明れいめい期を支えた偉大なる4人衆ってところだろう。

 さすがの俺でもきずなIくらいは知っていた。


 それでだ。

 この頃のVtuber業界はまだハロライブができるかできないかくらいの時期で、そもそもハロライブのような「箱」という概念もない時代だった……らしい。

 Vtuberの形もまだ確立されていなくて、おのおの色々な活動をしていた……らしい。

 元はYouTuberから派生したということもあって、最初はゲーム実況やアプリを使った企画動画(例:齊藤さんしながら声で操作するゲーム「8分音符ちゃん」をクリアする!)とかを投稿する人が多かった……らしい。


 ネットで調べた情報だからな。どこまでが本当かはわからんが、とにかく5年くらい前まではそういう世界が広がっていたんだそうだ。

 だが今はなぜか、配信をメインとするVtuberが増えて、動画勢はほとんどいなくなった。

 それは……四天王も例外ではなかった。


 なぜそうなったかまではわからない。流行り廃りというものもあるのだろう。

 今天下を取っているハロライブだって、いつ人気が無くなるかはわからない。それどころか、Vtuberというコンテンツ自体、いつ時代遅れになるかはわからない。

 そんな世界に、俺の妹は足を突っ込もうとしているというわけだ……。


 世はVtuber戦国時代であり、登録者が百万を超えるようなVtuberの下には、何千何万もの名前も知らないVtuber……底辺Vtuberと呼ばれるようなⅤがうごめいている。

 その中には、夢を叶えようとVtuberになったものの、花開かずに死んでいってしまった者が数えきれないほどにいる。「卒業」、「引退」、「活動休止」。物は言いようだが、ネットの海には彼女らの訃報ふほうツイートがうようよ流れているのである……たぶん。


 ほんと、調べれば調べるほどに闇が深い世界だと思う。Vtuberってのは。


 だが、そんな中でも必死に活動を続けるVtuberもいっぱいいる。

 その中の一人が、おたるたる――V研が初めて世に送り出したVtuberだ。


「バッカじゃないの? マジでキモいんですけどなんでそんなの見てんの?」


 おたるたるの中で唯一1万回再生を超えているのが「おたるのツンデレインタビュー」という動画だ。

 その内容は、大学の中で歩いている人に話し掛け、好きなVtuberを聞いて、おたるたるの名前を引き出すまで終われないというものだ。

 ツンデレキャラを履き違えたおたるの刺々とげとげしい言動や、時々垣間見える「死にたい」と恥ずかしそうにする素の一面。そして、いつまで経ってもおたるを知っている人が現れなかったのにも関わらず、突然現れた「僕はおたるたるがだーいすきです」と棒読みで答えるイケメンが現れるというオチ。

 インタビューを受けてくれた人には引かれ、「これはそういうキャラなんです。ほんとごめんなさい」と必死に謝る姿も面白かった。


 こんな感じで、おたるの活動初期は、Vtuberとしては珍しい実写動画の投稿が多かった。

 その名前の通り、小樽でのツンデレ疑似デートなんてのもあった。見ているこっちまで恥ずかしくなってくるような仕上がりで、やっぱりツンデレは二次元にとどめておくべきだなと思わされた。


 声はほとんど出ていないが、きっとそのカメラを握っていたのは鶴居流依なのだろう。

 彼女の顔は映さずとも、その身振り手振りでうまく動画に臨場感を持たせていた。内容も編集もどこか安っぽい部分があったが、それも含めて面白い動画だと、少なくとも俺は思った。

 ほら、AVだって素人モノの方がいいって人もいるだろ? 素人には素人の良さがあるんだよ。

 ……て、変なこと言わせんなよ。誰かさんでヘンな想像しちゃうでしょまったく。ちなみに俺はマジックミラー号が好き。

 

 そんな彼女だが、登録者が千人を超えた頃から雑談やゲーム配信が増え始め、ここ最近は歌枠を頻繁に行うようになっていた。さらに配信頻度も増え、ほぼ週5で何かしらの配信をしていた。


 いくら夏休みとはいえ……。

 一体彼女をそこまで駆り立てるのは何なのだろうか? 

 一体どこのイケメンが原因なのだろうか? 

 恋する乙女って恐ろしいね。


 そんな努力のおかげか、おたるたるの登録者はもうすぐ二千人に到達しようとしていた。秒読み……とまではいかないが、このままいけば今月中には行けるんじゃないだろうか。


 て……なんかこんなこと言ってると、まるで俺がおたるたるのことを常に監視してるネットストーカーみたいに見えるけど、違うから。

 確かにできる限りおたるの配信は見るようにしてるし、おたるのツイートは逐一チェックしてるけど、違うから。

 いいねとかしたことないし、違うから。

 これもスーパーアドバイザーの仕事の一環だから。Vtuber観察だから。ほんとマジでキモいから。

 ヘンな勘違いしないでよねっ! プンプン!

 ……そういえば最近、激おこぷんぷん丸って聞かなくなったよね。あの時のJKは今。


 そんなことを思いつつ、今日も今日とておたるのおはようツイートをチェックする。


『おはよ~! 今日は配信お休みだけど、明日の準備がんばるよ! みんなもファイトだよ~!』


 添えられているのは、キラキラとしたフォントで「いってらっしゃい」と書かれ、こっちに手を振るおたるのイラストである。

 Vtuberには毎朝こういうツイートをするという習性があるらしい。

 既にリプ欄にはキモいオッサン(かどうかは知らんけど)の挨拶がちらほら。

 ほんと毎日大変ですね~(しみじみ)。


 ちなみに俺は今日も今日とてバイトだ。と言っても夕方からなので、久しぶりにV研に顔を出してから行くことにした。

 クーラー効いてるし案外居心地いいんだよね、あの部屋。決して若い女の子と会えるからとか思ってないからね? 勘違いしn


「いってきますー」


 スマホを閉じてポケットに突っ込み、玄関に出る前に冷蔵庫に張ってある蜜柑月みかづきみかんに挨拶をする。

 みかんは今日も笑顔で可愛い。ラブリーマイエンジェルみかんたん。


 …………あれ? なんか客観的に見たら今の俺ってVtuberオタクっぽくね? なんか沼に片足つっこんでね?

 ち、違うんだからっ! ただ仕事だからしょうがなく付き合ってあげてるだけで、あんたには微塵みじんも興味なんてないんだからね! 

 え……? 違う! 付き合ってるっていうのはそういう意味じゃなくて――!


 まったく、最近のおたるはツンデレというよりデレデレになってきてるんだよなまったく。なんてひとりごつ。


 以上、スーパーアドバイザー木下悟の出勤前モーニングルーティーンでした!

 

 って、誰得だよこれ!?

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