第18話 Vtuberコンテストに向けて
「なるほど。ほしみこめっとがおたるたるの妹……ね」
「ア、アタシはその方が人気出ると思うんですけど……」
鶴居のヤバい野望が暴露された後、なんやかんやあって話は新たなVtuber「ほしみこめっと」についてに移っていた。
ハロライブ信者のこかげは、未だに鶴居に対して天敵を睨むエゾリスのような目を向けている。
なにそれかわいい。
「んー、そうだね。でも妹というよりは、妹みたいな存在……後輩とかの方がいいかもね。名字は違うわけだし」
「ですよね! アタシもそう思います!」
うんうんと頷く鶴居信者。
いるよねーこういう女。お前は福島の赤べこかっての。
なんて思いながらそのやり取りを見守っていると、一瞬鶴居から視線を外したひなたが、こっちにキツネのような鋭い目つきを送ってきた。
ああはいはい。僕たちは心で繋がってるから言葉にしなくてもなんて言いたいのかわかっちゃいますヨネー。
『妹みたいな存在 後輩』
鶴居の発言をホワイトボードに転記していく。
「うん。そうなると他にも色々考えなきゃならないことはあるんだけど……その前に、とりあえず目標的なものを決めておきたいかな」
鶴居がそこで一度仕切り直した。
そうだよね。何の目標もなくダラダラやってもしょうがないもんね。まずは活動指針的なものを決めておかないとね。ドラッカーも言ってた。
「俺は、V研最後の活動として……学生生活最後のけじめととして、ほしみこめっとのデビューを成功させたいと思ってる。木下さんは、どう思う?」
鶴居の重い言葉に、えっ? と、こかげは意表を突かれたような顔をしていたが、真っ直ぐ鶴居の方を見ながら答える。
「わたしは……ちやほやされたい、です」
「……アンタねぇ」
横のひなたはため息をつくが、鶴居は気にせず話を続ける。
「それはそれでいいんだけど、もっと具体的な目標とかはないかな? ほら、デビューってだけなら別に誰でもできちゃうでしょ?」
「目標……」
こかげはあごに手をやり考え込む。
「夢、みたいな。Vtuberになってこういうことがしたい! とかない?」
「あ……! ハロライブに、入りたい」
「「ハロライブ!?」」
何度も言うが、ハロライブとはVtuberの超大手事務所だ。アイドル界で言ったらジョニーズとかAKBとかのレベルの存在だ。
そのハロライブに、地味でオタクでコミュ障でぼそぼそ声のこかげが入るなんて、想像もできなかった。
「アンタがハロライブなんて、無理に決まってるでしょ」
悔しいが、ここはひなたに同意せざるを得ない。
「そうだ。お前がハロライブ好きってのはわかるけどな、いくらなんでも自分が入ろうってのはな……」
あまりにも現実味が無さすぎる。と言ってしまっていいのかと迷っていると、
「いや、そう言い切ってしまうのはもったいないよ」
チッチッチとトゲピーのようにゆびをふる鶴居。
こいつがやるとイラッとしないから不思議だ。イケメンだからだろうか。
あとトゲピーの指ってどこにあるんだろうね。なんで指を振るだけでわざになるんだろうね。フシギダネ。
「おもしろいんじゃないのかな。ハロライブを目指すっていうのも」
「「「え?」」」
「でも、部長はハロライブ、嫌いなんじゃ……?」
こかげが恐る恐る尋ねる。
「そうだね。嫌いっちゃ嫌いだけど、面白いとは思う。Vtuber界の現状ではやっぱりハロライブが一番だし、エンタメとして学ぶべきところはいっぱいある」
なるほど。ノウハウを盗むとか言ってたしな。
素直にそのすごさを認めてはいるんだな。
「それに、君がいつかハロライブに入ってくれたらコネもできるし……」
「うわぁ……」
見た目によらずゲスいこと考えてんな、こいつ。
「や、やめてくれ! そんな目で見られるとまるで俺がヤバい奴みたいじゃないか!」
「ヤバいよ? 十分に」
あ、言っちゃったよらいかさん。
「なっ!?」
「ヤバくないです! 先輩はかっこいいです!」
この女……俺だったらヤバいだのキモいだのエモいだの言ってくるくせにな…………いやエモいってなんだよ。
「ありがとう……。と、とにかく! ほしみこめっとの目標はいつかハロライブに入ることに決定だね!」
部長が手を叩いたので、俺もその目標を書き書きする。
部長……? 今さらだが、Vtuber研究会なら「会長」じゃないのか?
……まあいいか。なんとなく会長って感じでもないし。
そんなことより、
「ハロライブに入るっていうけど、どうやったら入れるんだ?」
「普通はオーディションかスカウトだね。ただ、オーディションはいつ行われるかわからないし、スカウトなんて今はやってるかどうかもわからない」
「ほお」
「ただ、もう1つ方法があって……」
「Vコン」
ぽつり。ひなたが呟く。
「そう。Vtuberコンテスト、略してVコン。これで優勝すれば、ハロライブでのデビューが確約されているんだ」
「へえ、なるほど」
そんなことまでやってるのか。さすがは天下のハロライブ。
倍率もさぞすごいんだろうな。
「そうだね……ほしみこめっとがVコンに出る……うん! いいんじゃないかな!」
鶴居はこかげに爽やかスマイルを送るが、
「え、ええ……でも……」
こかげはやけに渋っている。
「Vコンの締め切りって10月までですよね? さすがに今年は難しいんじゃ……」
ひなたはこかげの言いたいことを代弁してくれているようだった。
「まあ、それはそうなんだけどね……」
ふーん? いまいち状況が掴めんな。つまりはどういうことなんだ?
「Vコンの応募条件は登録者千人以上なんだー。だから、これからデビューして10月までに千人は厳しいんじゃないかなって話」
らいかがそっと耳打ちしてくれた。なるほど。
……にしても、いきなりそういうことするのはやめてほしい。色々勘違いしちゃうからほんと。
これぞリアルのASMR。
「俺は無理な目標じゃあないと思うけどね」
「そう、ですか……」
「私はできると思うよ。ほら、たるちゃんだって千人超えてるんだし」
「そうね。まあアタシの力でなんとかなるんじゃない」
らいかの言葉に乗せられたひなたは、フンと偉そうに腕組をする。
気づいてないかもしれないですけど、あなたさらっと馬鹿にされてますよ?
「いや、それは別に期待してない、です」
「な、なんですって!?」
先輩の前だからなのか、若干口調が崩壊しているひなた。
それじゃまるで悪役令嬢である。ですわ~。
「まあ、まだ二千人もいってないもんね……フフ」
「わ、笑ってんじゃないわよ! 地雷女のくせに!」
「まあまあ。それで、木下さんはいいのかな?」
「……はい」
ゆっくりと、しっかりと、こかげは頷いた。
「よし! じゃあ決まりだね! これからのV研の目標は――」
・ほしみこめっとのデビュー
・10月までにチャンネル登録者千人突破
・Vtuberコンテストでの優勝
「アタシも、今年はVコン出ますから!」
「そうか……」
急に張り切り始めたひなたの言葉とは対照的に、鶴居の返事はどこかそっぽを向いているような気もしたが、たぶん気のせいだろう。
ともかく――こうして、V研の活動は新たな局面を迎えたのだ。
なんて、新参者で部外者の俺が言えることではないのかもしれないが、とにかくほしみこめっとデビューに向けての日々が始まった。
それに伴い、部員……というかメンバー内での役割分担も行われた。
イラストはおたるたるも担当した上地らいか。
モデリング(絵を動かす設定などをすること)は同じくおたるたるも担当した鶴居部長。
SNS・YouTube大臣の大空ひなた。
そして、ほしみこめっと担当の木下こかげ。
俺はというと、北大生だしなんか頭良さそうだからということで「スーパーアドバイザー」の役目をもらった。
なんだよそれ頭悪そうな役職だな。イオンとかアークスとかに行ってアドバイスしてくればいいのかよ。
というか北大生の扱い雑すぎだろ。これぞ学歴社会。
そんなこんなで役割も決まり、その日は一旦解散ということになった。
とはいっても、こかげとひなたはツイッターの何かについてあれこれ話し合い、鶴居とらいかはデザインの何かを話しているようだった。俺もスマホでいろいろ調べてみようかとも思ったが、こういうことはしっかりと腰を据えてやりたい。家に帰ってからパソコンでやろう。
と、教室を後にしようとしたのだが――
「あ、さとりん帰っちゃうの?」
見ると、らいかがさみしそうなジト目で俺の方を見つめていた。
「あ、まあ」
「そっか。じゃあわたしも帰ろっかな」
え、ええ……なにそれ。
俺がいなくなるのが寂しいから一緒に帰りたいって?
マジかよこの女俺のこと好きすぎ――
「……いいんですか?」
「あ、いいのいいの。一人で描いた方が集中できるし」
らいかは薄いタブレットをカバンにしまいながら答えた。
「それに、キミと二人っきりで話したいこと、あるし」
だ、だからこっそり耳元でささやくのやめろって言ってるでしょうが!
あやうく好きになっちゃうんだから! 男って単純なんだから! 話したいことってなんだよ! 今後の二人の方向性ついてとかですか! 本屋寄ってゼクシィでも買っていきましょうか!
「あはは! 赤くなってやんのー」
「なっ! これはその……ちょっとコロナにかかって高熱が出ただけです!」
「……その冗談は、ご時勢的にやめておいた方がいいよ?」
わかってるよそんなこと! とっさに出てきたのがこれだったんだよ! せめてインフルにしとけばよかったですね!
……よくないですね!
くそう……からかい上手の上地さんめ……ケラケラ笑っている姿も可愛いぜ……。
――次回! 「ドキドキ! 気になるあの子と秘密だらけの路地裏帰り道」に続く!
いや、たぶんそんなおいしい展開にはならないけどね!
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