第17話 残念なイケメン、V研に現る!

「へぇー、北大生なのか。わざわざこんな辺ぴな所までご足労様です」


「いえいえ」


 俺は爽やかイケメンに軽く自己紹介をし、これまでの経緯を説明した。大学院生というのは説明がめんどくさいので、他大の学生ということにしてある。

 俺はあくまで部外者だからな。ちゃんと説明しておかないと色々怪しまれちゃうんだよね。こんな所で女3人はべらせてナニしてたの? とかね。

 しかし……ついに俺のハーレム空間がおかされてしまったな……。


「それより、あなたは?」


「ああ! ごめんごめん。俺は鶴居つるい流衣るい。一応V研の代表をやっているんだ」


 空いていた俺の正面の椅子に座った鶴居は、ハキハキと自己紹介をしてくれた。

 感じのいいイケメンだ。


「て言っても、このサークルも去年作ったばかりなんだけどね。非公認だし」


 大学のサークルは公認サークルと非公認サークルに分けられる。

 俺もよくわからないが、公認サークルってのは活動にある程度社会的意義があって、世間のイメージ的にも問題ないサークルって感じだと思う。大学の予算がもらえたり、ホームページに載せてもらえたりするんじゃないだろうか。知らんけど。

 対する非公認は誰でも作れるサークルだ。別に大学の許可がいるわけでもないので、どんなサークルだって作れる。例えば俺が「一年で最も女性の下着が透けやすい日を真剣に考える会」という名前でSNSのアカウントをつくったりチラシを作ったりすれば、それはもう立派なサークルということになる。

 いや、作らないけどね。気温が高くてかつ雨の日とかは薄着が濡れてて透けそうだけどね。どうでもいいね。


 話を戻すが、こんなイケメンがこのサークルを作ったとは……意外だった。いかにもサッカーとかテニスとかやってそうな見た目してるのにな。


「あ、あの! 先輩! 就活はどうなったんですか?」


 俺が鶴居のイケてるボディをしげしげと眺めていると、まだ上ずったままのひなたの声が聞こえてきた。


「ああ。決まったよ」


 言葉とは裏腹に、鶴居は力なく答える。


「ほんとですか!?」

「ハロライブ……ですか?」


 こかげも話に食いつく。

 ……ハロライブ?


「いーや、ダメだった」


 ………………。


 さっきまでの明るさはどこへ行ってしまったのやら。どんよりと肩を落とす鶴居を前に、部屋の空気が一気に重くなる。

 ひなたを見てみると、あわあわと口を動かそうとしているだけで、なぐさめの言葉も出てこないようだった。これが俺だったら「ざまぁみそづけ」とかあおられてるんだろうけどな。

 ……それはないか。


「だから、普通のサラリーマンになることにしたよ。そっちの方が将来安泰だしね!」


 ハハハ! とはにかんでみせる鶴居。

 だが、相変わらず部屋の中には気まずい沈黙が流れている。


「鶴居くんはその……ハロライブに入りたかったのか?」


「まあ、そうだね」


 ということは、やはりこいつも無類のVtuber好きということか。人は見かけによらないもんだな。

 よし。ここらで場の雰囲気を和ませるジョークの1つでもかましてやろう。面白い男はモテるって言うからな。


「なるほど。君も美少女妹系Vtuberになりたかったのか。ふむふむ」


「そうなんだ。俺もVtuberに……いやなんでそうなるんだ!? というか美少女妹系Vtuberってなんだ!?」


 ノリツッコミありがとう。


「知ってるぞ。この世の中には『バ美肉』ってのがあるんだろ? Vtuberなら男でも声と見た目を女の子にできるんだろ?」


「いやできるけど! 俺もやろうと思ったことあるけど!」


 よしよし、盛り上がってきた。

 …………て、え? 今さらっとすごいことカミングアウトされなかった? 

 なにこいつネカマなの? きゃあキモい。


「バ美肉……」


 らいかは「うわぁ」という目つきで鶴居の方を見ていた。


「ち、違うんだ! 違くないけど違うんだ!」


 こかげは「ほぉー」と感心するような目で、ひなたはぽけーっと呆れたような顔になっていた。

 ……いや、違うな。あれは呆れてるんじゃない。受け流しているんだ。ムーディー勝山のごとく、右から左に。


「俺はその……マネージャーとかになりたかったんだ。Vtuberをサポートできるような」


「なるほど。つまりは人気Vtuberの中身とリアルで会って仲良くなってあわよくば付き合いたい、と」


「うわぁ……」


「違うって言ってるでしょうが! そりゃあ、宝積ほうしゃくルビィが本当に年増のオバサンなのかとかは気になるけど……けど! 断じて違う! 俺はそんなことのためにハロライブに入りたかったわけじゃない!」


 鶴居はその場で立ち上がり、力説する。


「そもそも俺はハロライブなんて好きじゃない。初期のハロライブならまだしも、今のハロライブはただ早いうちから人気が出たというだけで人を集められているだけの自惚うぬぼれ集団だ!」


 いきなり酷い言い様だな……。

 まあ、たぶんあれだろ。流行ってるらしいからこのアニメ見ようとか、行列ができてるからあのラーメン屋行ってみようとか、彼はそういうのが許せないんだろう。

 それなら俺も共感できる。


「最近はやれ強風オールバックだのパイナップルピザだのヤシの木だのスイカだの……みんな同じようなことばっかりやってるから、他のVtuberもそれを真似して、Vtuber界全体がつまらなくなっているんだ!」


(……そうかな……)


 ぼそっと、こかげがなにか呟いたような気がした。


「俺はやっぱり動画勢が活躍していたあの時代――Vtuber四天王が天下を取っていたあの時代が戻ってきてほしいんだ! かぐやしか勝たん!」


 四天王……? かぐや……?

 

 興奮した鶴居の口からは俺の知らない単語が次々と出てくるが、話の腰を折るのもなんだし、覚えていたら後でググっておこう。


「だから俺は決めたんだ。ハロライブに入ってVtuber運営のノウハウを盗み、いつか独立して自分でVtuberを育てて、そして――」


 鶴居は一度言葉を切り、改めてその場にいたV研メンバーの顔を一人一人見る。

 そして最後、正面の俺にニカッと白い歯を見せて、宣言する。



「俺はいつか――ハロライブを、ぶっ壊す!!!」



 握った右手を高く上げ、爽やかながらも熱意のある言葉だった。

 こいつはきっと、冗談でもなんでもなく、本気でハロライブを壊してやりたいと思っているのだろう。

 すげぇ……と、感心したくもなるが。


「どこぞの過激派議員だよお前。いろんなところから怒られそうだからやめておけよ。あとせっかくのイケメンが台無しだよ」


「……ぶっ壊す!」


 だめだこいつ。と、周りを見てみると、らいかは「ふひひひ」と腹を抱え、ひなたは呆気にとられたように宙をさまよい、こかげは静かに敵意のこもった視線を送っていた。


 ああ、だめだこりゃ。まともなやつ一人もいねえわ。

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