第13話 おたるたるの正体は。

「あーあ、せっかくおめかししてったのにねー」


 ひなたは勢いよくビールを口に流し込み、ドンッと机に叩きつける。

 将来はいい社畜になりそうですね。おつぼねとか似合いそう。


 しかしなるほど、確かにいい店だ。さっきのイタリアンみたいにオシャレな感じでもないし清潔感があるわけでもないが、別に汚いというわけでもない。

 壁に貼られている昭和っぽいポスターとか、椅子がひっくり返したビール瓶のコンテナな所とか、どことなく新橋感があってワクワクする。新橋行ったことないけど。

 さらにビールは1杯300円で、なんとサッポロクラシック。

 これはさとり的にポイント高い。ビール以外にもいろんな酒があるし、つまみも安くて普通にうまい。客もスーツ姿の人が多く、さっきみたいにバカ騒ぎするような連中がいなくて落ち着いた雰囲気だ。

 ……なにこれ案件動画? 

 そういえば最近「ステマ」って聞かなくなったよね。最近はステルスじゃなくて露骨になってきたよね。このままだとユーチューブもいつかは平日昼にやってる通販番組みたいになるんだろうね。あと脱毛の広告ウザすぎね。

 にしても、なんで女子大生がこんな店を知ってるんだろうな。

 すすきのの『パパ』にでも教えてもらったんでしょうか。

 ……パパっていうのはお父さんって意味だからね? 別に深い意味はないからね。

 そうだよ。そういうことにしておこう。


「ねえねえ、今日の木下超可愛くない?」


 気づくと、前に座っていたひなたが身を乗り出して迫ってきていた。

 ふわっと漂ってくる香水の香りがエロい。さしずめ女王蜂のフェロモンといったところだろうか。

 ところでハチってフェロモン出すんですかね。どうでもいいですね。


「……お、おう」


「でしょ? アタシが一緒に服屋とか行ってやったんだからさー、可愛いのは当たり前なんだけどぉ」


 酔っぱらったひなたはいつにもましてウザい女だった。こかげのファッションをダシにしてベラベラと自慢話を垂れてくる。


 しかし、そういうことだったのか。そりゃそうだよな。ついこないだまで堂々とキャラT着てたようなヤツが、なんにもなしでこんなに変わるわけないよな。

 これぞまさに劇的ビフォアアフター。

 正直、すごいと思った。こんなにも可愛くなれるこかげもそうだが、こんな風に人を変えてしまう大空ひなたという人物は、案外すごい女なのかもしれない。

 じらいちゃんしかり、女っていうのは恐ろしい生き物なのかもな。


「――結局ヤスとしか話せなかったしね……あんなのにしか褒められてもらえなかったし……ハァ」


 おい。本当に悔しそうな顔するなよお前。そんなこと言ったら安男がかわいそうだろ。安い男とか呼ばれてて既にかわいそうなんだから。

 今度からは高男って呼んであげよう。もう会うことはないと思うけどな。

 たかおくん……いや、たかおさん。高尾山?


「別に、いい、です」


 隣のこかげはすげなく答えるだけだった。

 なんだ……その、こっちまでむなしくなってくるな。


「アンタさぁ、そんなんだから男できないんだってぇ。せっかく素材はいいのにさぁ、なんでそうやる気の無さそうな――」


「可愛いよ」


 俺はひなたの説教を断ち切り、こかげに声をかけていた。


「……え?」


「今日のお前、すっごく可愛いよ。俺はこかげが中学の時のセーラー服も好きだったけど、今日みたいに垢抜けて大人っぽくて、でもほんのり子どもっぽいこかげも、めっちゃ可愛い。可愛すぎてお持ち帰りしたいくらいだ」


 ななな、なにを言ってるんだ俺は!!???

 という気持ちがなかったわけではないが、この時は酔っていたのだ。正常な判断ができるわけがない。

 ちなみにこかげはシラフだからな、俺の言葉を聞いて、


「ぷしゅー」


 とか言って顔を真っ赤に染め上げたよ。

 見てたらなんだか俺まで恥ずかしくなってきちまったぜ……!

 兄妹揃ってあせあせしていると、


「前から思ってたんだけどさぁ、アンタらどういう関係なワケ?」


 ひなたがいぶかしげな目つきで俺たちを見ていた。


「つーか田中、アンタ誰? いきなり入ってきて、合コン行きたいとか言い出すし」


 あれれ~おかしいぞ~? 飲み会行くって言い出したのはあなたの方じゃなかったでしたっけ~? 

 ……まあ、合コンには行ってみたいですけどね。あれってどうやったら参加できるんですかね? 特定の条件を満たさないと発生しないレアイベントなのか、超低確率で発生するランダムイベントなのか。どっちでもいいので今度連れっててくださいビッチさん。

 私をコンパに連れってって。なにそれ流行りそう。


「ちょっと! 無視してんじゃないわよ!」


 ぐに。机の下で足を踏まれる。ちょっと痛きもちいい。


「いや、なんと説明すればいいかと考えていただけでして」


 別に隠すことでもないのだが、コイツがこかげからその話を聞いていないということは、こかげも知られたくなかったのではないかと思ったのだ。

 いいのか? とこかげに確認してみると、こかげはアイコンタクトで「どうぞ」と促してきた。

 なので俺は、めんどくさい所は省いて、俺とこかげの関係を簡潔に説明することにした。


「俺、実は田中じゃなくて木下って名前なんだ」


「へぇ」


 それで? という顔をしながらうさぎのように塩キャベツをボリボリかじるひなた。

 なにそれうまそう後で俺にも分けて。


「俺とこかげは…………兄妹なんだよ」


 言ってしまった。

 少しだけ胸に詰まる物がある。


「ふーん」


 あれ? 驚かないんですか?


「でもあんま似てないよね、アンタたち」


「それは……あれだ。男と女だし。それに四つも離れてるし」


 男と女の顔が似てたら嫌だろ? 

 いやたまにいるけどさ。お兄ちゃんの顔そのままで髪だけ長くしたような妹とかさ。少なくとも俺は嫌だよ。

 ……あれ? それってなんか間接的に俺の顔がブスって言ってない? そんなことないよね? ね?

 ――などと思いつつ、可愛い妹の顔を眺めていると、


「四つ? アンタ今何歳なのよ?」


 あ……余計なこと言っちまったな。


「21歳!」(拳で!)


「……フザケてるとその目に枝豆突っ込むわよ?」


「2000年生まれの22歳です。ポケモンで言うとダイヤモンドパール世代です」


「ダイヤモンド……?」


 やべぇ! コイツダイパが通じねえよ! ダークライもらうために小学生ながら宇都宮の映画館まで一人でDS持ってった夏の思い出とか言っても絶対通じねえよ! 

 ちなみに正確に言えば俺が持ってたのはプラチナだけどな! ギラティナしか勝たん!

 いや、ひなたに通じないのは単にコイツがそういうルートを通っていないというだけで、俺の妹ならわかるはず……!


「こかげはわかるよな! シンオウ地方に憧れて北海道に来たんだよな!」


「しんおうちほう……?」


「Oh no……」


 サトリはめのまえがまっしろになった。

 ……ジェネレーションギャップ恐るべし。


「すいませーん。ビールくださーい」


 俺が真っ白に燃え尽きていると、いつの間にかひなたが店員を捕まえていた。


「あ、梅酒ロックで」


「……カルピス」(ちょっとえろい)


 俺はこかげの空いたグラスを店員に渡してやる。

 さりげない気遣いができる男っていいよね。絶賛彼女募集中です。


「で、言いたいことがあるんでしょ? なに?」


 ひなたはキャベツを食べる手を止め、今度はこかげに話しかける。

 こかげは口を開きにくそうにしていたが、「早くしろ」と言わんばかりの鋭い目つきを前に、ついに話を切り出した。


「そらさんは……なんでVtuber、やって、いるんです、か?」


「ちょ!? なに言ってんのアンタ!」


 …………?


「大丈夫、です。悟さんなら、心配ない、です」


「なんでよ!」


 ………………。


「だって、悟さんなら誰かに言いふらしたり、しない……そもそも言う相手がいない、です」


 こかげはたどたどしくも言葉を続けていた。


「ああ……それもそうね」


 しっかしなあ……マジでこんなのがVtuberやってるのか……? 

 そら「Vtuber研究会」にいたんだからおかしいことではないのかもしれんけど…………てか言う相手がいないってなんだよ。いるよそれくらい。バイト先の店長とか母親とか…………あれ? 二人しかいない……。


「マジですか?」


「マジです」


 妹よ、なんでそんなに嬉しそうなんだ。


「ちなみになんて名前?」


「悟さんも、前見た。おた――」


「ちょっと! そこまで言う必要ないでしょ!」


 ひなたは必死に割り入ってくる。

 ちょっと、今兄妹中なんで邪魔しないでください。


「悟さんにもたるちゃんの良さを知ってもらわなきゃ」


「いい! いい! いい!! こんなのに知られなくてもいい!」


 こんなの……だと? 言ってくれるじゃあねえか。


「こかげ、今すぐ検索するから名前教えろ」


「おたるたる」


 バンッ! 言葉の代わりにすねを蹴られた。

 これがほんとのスネアドラム。なんつって。


 俺はトルコアイスのおじさんよろしくひなたからの攻撃をかわしつつ、スマホでおたるたるの名前をググる。そして見つけたユーチューブの動画を押してみる。


『おたるここにきたる~ 北の大地のツンデレVtuber! おたるたるだよ~』


 どこかで聞いたことのある、ぶりっ子っぽい……小学生とオバさんを足して2で割ったような声だった。正直ちょっとキツい。


「ンニャアァァ!!!!!!」


「ああ。歌が中途半端にうまくて中途半端に面白くないアイツか」


 そう。今画面に映っているセーラー服姿の女子高生は、俺がこかげと再会したあの日、夜の公園で見たあのVtuberだった。


「そこがいいんじゃん」


 にへへと笑う妹。

 一方おたるたるの中の人は、


「返せぇ! 返せぇ!」


 りんごのように顔を赤くしながら暴れまわっていた。

 返せと言われれましても……これ、俺のスマホだからね?


「お、お客様!」


「なにっ!」


「梅酒です」


「……?」


「あ、それ俺の」


 店員が来たところでようやく冷静になったのか、ひなたは乱れた髪を払いながら椅子に座り直し、ジョッキに手を付ける。


「よくもやってくれたな……クソ兄妹!!」


 グビッとビールをあおり、プハァと息を漏らす。

 さすがっすね姐さん! どっかのラスボスみたいな飲みっぷりっす!


「それで、なんでそらさんはVtuberやってる、ですか?」


「……フン。いいわよ。アタシもアンタに言いたいことあるし、今日はとことん話してあげる」


 すすきのの夜は長い。俺たちの反省会は、まだまだ続いていく――。

 まあ、特に何も反省とかしてないんだけどね。反省会なんて大抵そんなもんだろ。

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