第12話 だから僕達は恋人ができない

 それからは、何も起きなかった。


 突然キレたこかげを前に、誰も何も話しかけることができなかった。

 ひなたと安男の二人はかろうじてこそこそ会話を続けていたが、それもすぐにやんでしまった。

 気まずかったのだろう。

 ひなたは時折俺の方をちらりと見てきたが、特に何も言ってはこなかった。

 しまいには安男がスマホをいじり出した。その時点で雰囲気は完全に終わっていた。


 俺は――何もできなかった。

 ただ黙々とテーブルの上に残っていた料理を口に運び、気まずい空気に耐えることしかできなかった。

 もう何をしても無駄だと思った。妹にかける言葉が思いつかなかった。これ以上状況を悪化させたくはないと思った。


 だから結局――こかげに男を作ってやることも、こかげを楽しませることもできなかった。

 ただこかげに自分の趣味を明かさせて、それを安男たちに否定されて、俺はそれを見ていただけ。


 …………最低な男だな。

 

 店を出ると、来た時よりも一層うるさくなった陽キャどもの鳴き声があたりに響いていた。

 テニサーの連中が「今度はカラオケ」だの「今すぐホテル」だの盛り上がっている後ろで、俺とこかげはぽつんと取り残されたかのようにたたずんでいた。


「じゃあ……帰るか」


 うん。と、こかげは力なく頷く。

 ここで下手に「先に帰ります」とでも言ったらこかげが引きとめられそうな気がしたので、何も言わずに立ち去ろうとした……その時だった。


「ちょっと!」


 烏合うごうの衆から抜け出してきたひなたが、俺たちのことを呼び止めていた。


「二次会、あるみたいだけど」


「悪いけど俺たち先帰ってるわ。サークルの人にはそう伝えといてくれ」


「そう……そうよね」


 路地裏のビル明かりに照らされたひなたの顔は、いつもより力のない目つきで、少し切なそうにも見えた。

 だが、そんな彼女のことを気にかけている余裕はない。


「じゃあな。今日は連れてきてくれてありがとう」


 ひなたの反応も確認せず、俺はこかげを連れて歩き出そうとする。


「二次会…………行くのよ!」


 夜の喧騒を切り裂くような声に振り向くと、ひなたはスッと俺たちの方に近づいてきていた。


「何言ってんだよ? 行かないって言っただろ」


「だめ! アタシが行くって言ったら行くの!」


「どこのお嬢様だよ……」


 いくらこの女が一緒に行きたいと言っても、俺が優先するのは妹の気持ちだ。

 こんな状況で二次会なんて行ったら、こかげはまた何も喋れず、地獄の時間を送ることになるのが目に見えている。

 ひなた……お前がどうしてそこまでするのかはわからんが、もういいんだよ。もう十分頑張った。人間時には諦めることだって必要だ。何もかも自分の思い通りに事が進むほど世の中は甘くないんだよ。

 こんな所にいるより、早く帰ってVtuberの配信でも見ていた方が、こかげはきっと幸せなんだよ。


 しばらく次の言葉を待っていると、ひなたはおもむろに呟く。


「3人で……飲み直すの……」


「……え?」


 こかげも驚いていただろう。

 さらにひなたは上目遣いで、


「だめ……?」


 …………っ!?


「だめではない……けど……」


 俺は耐え切れずにこかげの方に目を向けると、こかげはそっと口を開け、「いいよ」と一言だけ。


「本当にいいのか?」


「わたしも、そらさんとちゃんと話したい、し……」


「そうか」


 そしてひなたの方を向き直すと、彼女は一瞬顔を緩め、今度は頬を朱に染めて、


「は、反省会よ反省会! まったく、あんなじゃアンタたち一生オタクのまんまだし」


 照れ隠しなのかはわからないが、ひなたは偉そうに腕を組んでいつものように言葉をまくし立て……


「もちろんアンタのおごりね!」


 俺の顔面に指を差す。

 まるで俺には拒否権なんてないと言われているようだ。

 まあ、女の子に奢るのはやぶさかではないんだが。なんたって俺は、ベリージェントルマンだからね。


「しゃーねー」


「じゃあ決まりね! アタシ、いい店知ってるから」


 こうして、とんとん拍子で二次会(?)に行くことが決まってしまった。

 時刻は8時過ぎ。長い夜はまだ始まったばかりだ。

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