第11話 Vオタなんて、やめちまえ。

 自慢じゃないが、俺はこかげに負けず劣らずコミュ障陰キャだ。

 基本自分から相手に話題を振ることはないので、相手も人見知りだと会話が詰む。今日はひなたと安男というコミュ強がいたおかげで、俺はたまに会話に参加する程度でうまくいっていたのだが、ついにそうともいかなくなった。


 陽キャが陽キャどうしで話を始めると、大抵声が大きくなる。どうでもいい話でバカみたいに盛り上がる。そして、彼らの周りには強固なフィールドのようなものが形成されて、俺たち陰キャは近寄ることすらできなくなる。

 しかし、陽キャフィールドは必ずしも陰キャとの物理的距離が離れている時に発動されるわけではない。今回のように、陽キャは陰キャの存在を無視して会話を始めることもある。

 そうなったらもう終わりだ。俺たちは楽しそうにくっちゃべる陽キャの横に座り、ただ時が過ぎるのを待つでくの坊と化すしかない。はっきり言って地獄だ。

 ソースは俺。大学1年の時に「とりあえずノリでなんとかなるだろ!」とか思って行ったテニサーの新歓でろくに会話に参加できず、ただ他の人の空いたグラスを店員に渡す男になっていた。


 だから俺は――妹にはそんな思いをしてほしくなかったのだ。


「あ~! あれっしょ? 『オワッタワ!』とか言ってるやつ」


 真っ先に食いついたのは、安男だった。


「あーあれ! 『強風オールバック』とかいう歌じゃなかったっけ?」


「おーん、ひなちゃんよく知ってんね! そういうの好きなん?」


「べ、別に! たまたま動画見てたら流れてきただけだから」


 え~ほんとに~? と、会話は続く。


 ……おかしいな。俺はこいつらに無駄話の種を与えたわけじゃないんだけどな。

 当のこかげは、何か言いたそうに口をもごもごさせているが、二人をチラチラと見るだけで、一向に口を開かない。


 しょうがない。ここはそろそろ酔いが回ってきて絶好調のお兄ちゃんが、陽キャフィールドをぶっ壊してやろう。

 すいません! ジンジャーレスのジンジャーエールください!

 しょうがないですねっ! 生姜だけに! ははっ!


「ヤスオ!!」


「うわ!」

「なに!」


 俺はその場で立ち上がり、安男に向かってピンと人差し指を立てていた。


「す……好きなVtuberを……教えてくだちゃい」


「お、おう……てゆうかいきなりどしたん?」


「人には誰だっていきなり叫びたくなる瞬間があるだろ。アイスクリーム! ってな! ハハハ! アイスたべたい」


「「「……?」」」


 ぽかんと口を開ける3人。


 いいぞ。完全に俺のペースだ。

 明日の朝になったら「何をやってたんだ俺は……」と頭を抱えそうな醜態しゅうたいを晒している気がしないでもないが、どうせこんな飲みサー入る気もないんだ。行けるとこまで行っちゃおうゼ! 生もう一丁!

 ……あ、でもそろそろ周りの視線が冷たくなってきたので座らせてもらいますね。

 起立! 礼! 着床!


「で、どうなんだねヤスオくん」


「俺……ヤスヒロなんだけど」


「まあまあちっちゃいことは気にするな。そんなんじゃ女子にモテないぞいっ!」


 ワカチコワカチコ!


「うわぁ、ウゼェ……さとっちゃんだけには言われたくねぇっしょ……」


「はっはっは! 俺もそう思うから安心しろ!」


「意味わかんねぇっしょ……」


 あれ? なんか今の俺めっちゃ会話できてね? そんでもって超おもろくね? 実は俺ってコミュ強だったんじゃね? マジ卍。


「てか、ヤスはVtuberなんて見ないでしょ?」


 俺の攻撃に怯んでいた安男を助けるように、ひなたが横やりを入れてくる。


「ん~まあしょーじき、俺そういうの興味ないんだよねー」


 まあ、でしょうな。そんな顔してるもん。


「てゆーか、ブイチューバーってなにしてるん?」


「おう、Vtuberっていうのはだな、バーチャルユーチューバーって言ってな、まあユーチューバーの一種なんだが……」


 そこまで言って、ふと疑問に思う。酔いで頭が回っていなかったというのもあったかもしれない。


「Vtuberって、なにしてるんだ?」


「えぇ!?」


 一番いいリアクションをしていたのは、こかげだった。

 だってしょうがないだろ? 俺は最近Vtuberをかじり始めたクソにわかなんだから。あまりにも情報源が少なすぎてVtuberを語る資格なんか俺にはない。

 それこそ俺には「やたら強風で髪型が崩れてオールバックになっている」みたいな変な歌を歌ってるヤツら、という印象くらいしかない。

 にしても、風だけでオールバックになるわけないだろ。その風にはワックスでも付いてんのかってハナシだ。風でいいなら髪のセットも扇風機だけでいいじゃねえか。ギャッツビーも大赤字だよ。オールバックなめんな。したことないけど。


「あー……さとっちゃんって、おもろいっしょ!」


「だろ?」


 あはははは、と笑う俺たち。

 これぞまさに飲みにケーション。みんな飲み会に行こう! 酒を飲めばキミも陽キャの仲間入りだ!


 一方こかげはそんな俺たちの様子を見てわなわな震え、


「……おもしろく、ない」


 ぽつりと呟いた。

 俺たちは自然と口を閉じ、こかげの次の言葉を待っていた。


さとりさん……前、Vtuberのこといろいろ教えてあげたよね?」


「……はい」


「その時『俺もVtuber見てみるわ』って言ったよね?」


 言ったっけ……? と思いつつ、


「……はい」


「ちゃんと見た?」


 ちゃんとというのは、どのくらいの時間見ていればそうなるのだろうか? 

 だが少なくとも……


「ちょっとしか見てませんでした」


 むぅ! と頬を膨らませながら俺の目を睨むこかげ。

 可愛いけど、ちょっと怖い。

 やっぱ可愛いけど恥ずかし


「そこ! 目を逸らさない!」


「ヒィ!」


 この子は案外、鬼嫁の才能があるのかもしれないな。

 ……というか俺、なんで怒られてんの?


「よぉーし、こかげ様が改めてVtuberについて教えてしんぜよう!」


 ふふんと鼻を鳴らし、いつになくノリ気なこかげ。

 しかし安男はその豹変ひょうへんぶりに理解が追いついていないようで、


「あの~こかげちゃん?」


「ナンパ男は黙ってて、くださいっ!」


「な、ナンパ男……!?」


 しゃしゃり出たナンパ男は撃沈し、その場でうなだれる。

 ひなたは「やれやれ」といった感じでため息をついていた。

 でも僕はすごいと思いますよ。ナンパする勇気なんて僕にはありませんから。仮にデートに誘えたとしても、どこかで難破するのがオチですよ。ちなみに大阪にあるのはなんば、なんつって。


「Vtuberはいっぱいいて、みんないろんなことをやって、ます。なにをしてるって、一言で言えるものじゃない、です」


 こかげは俺と安男の方を向きながら、淡々と語り始めた。


「ゲーム実況とか、雑談配信とか、歌配信とか……強風オールバック、みたいな歌ってみただけじゃなくて、オリジナル曲を出してる人も、います!」


星葛ほしくずきらり、だったっけ? 紅白に出るかもしれねえんだよな?」


 俺は思い出した知識でなんとか会話に参加する。


「そう! 歌が上手いのはきらりちゃんだけじゃないけどね!」


 こかげは楽しそうに話を続ける。


「あとはね……配信が多い、かな。リスナーのコメントがあってのVtuber、だから。なんていうか……共に創り上げていくって感じ、なんです!」


 宝積ルビィのリスナーとのプロレスも、こかげの言う「共に創り上げられた」ものってことなんだろう。


「でも……みんなに共通してるのは、楽しんでるってこと、です。みんな楽しそうにしてるから、見てるこっちも楽しくなる」


「みんな……ね」


 笑顔でVtuberを語る横で、ひなたはなぜか苦いものを噛んだような表情をしていた。


「ん?」


「いや別に。で、アンタは結局なにが言いたいのよ?」


 そうだなぁ……とこかげは少し頭を捻るが、結論はすぐに出る。


「わたしはVtuberが好き。だから少しでもVtuberの良さがわかってもらえたら、わたしは嬉しい、です」


 こかげは子どもっぽく微笑んでいた。


「うぅ……」


 すると、横で戦闘不能になっていたナンパネックレスが復活し、こかげにこう返した。


「俺はブイチューバーのこととかよくわかんないけどさ、そういうの見てて、そんなに楽しいん? 普通にリアルのユーチューバーとかティックトックとかの方がおもろくない?」


「Vtuberは……他のユーチューバーとは違う良さがある、んです。リスナーとの距離が近くて、いっぱい色々話してくれて……」


 こかげは胸の中にあるVtuberへの想いを必死に口に出そうとして、少しずつ言葉を紡いでいるようだった。

 だが、そんなこかげに向かって安男は言う。


「だったら普通に友達とかと話せばよくね? 絶対その方が楽しいっしょ」


 その言葉に、こかげは口を開けたまま固まっていた。


 安男にきっと悪意はなかったのだろう。ただこかげの言っていることが理解できなくて、純粋に疑問に思ったことを口にしただけなのだろう。

 安男はさらにこう続ける。


「こかげちゃんもさぁ、そんなんばっか見てんじゃなくて、もっと俺たちみたいに学生生活をエンジョイしようぜ!」


 こういうことをサラッと言えてしまうから、リア充は嫌いなのだ。

 誰もがお前たちみたいに学生生活を『エンジョイ』できていたのなら、きっとオタクなんて生まれない。俺たちはリアルが上手くいかないから、二次元に逃げてきたのだ。そんな唯一の拠り所を否定される気持ちを、きっと彼らは一生理解できない。

 だから彼らはこうやって無意識に人を傷つける。何を言ったって彼らにはキモオタの言葉なんて届かない。


「でも……」


「そうそう! ヤスの言う通りよ!」


 ひなたは何かを言いかけたこかげの言葉を遮って、無情にも。


「アンタVの配信とか見るのにどんだけ時間使ってんのよ? いい加減あんなの見るのやめてさ、彼氏の一人でも作りなさいよ!」


 それな! じゃあ俺が彼氏になっちゃてもいいっしょ! 

 ――などと安男が言っていた。

 二人が勝手にはやし立てる横で、こかげは下を向いたまま、ぴくぴくと小さく震えていた。


「――ね? だからアンタもこのサークル入んなさいよ」


「……たるちゃんに……そんなこと言われたくなかった……」


「ちょアンタ!?」


 『たるちゃん』と呼ばれた彼女は、焦ったように目を泳がせる。

 こかげはそんな彼女を逃がすまいと、顔を上げてひなたの両目を強く睨む。



「そらさんなんか――早く、Vtuberやめちゃえばいいのに――」



 誰も、次の言葉が出てこなかった。

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